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空宙にそっと言葉を置いていくような訥々とした会話劇

毎年お盆になれば先祖の霊が家に帰ってきてくれるから、迎え火を焚いて家族は顔を揃えて待つんだよね。お盆の時期じゃなくても恐山のイタコに頼めば霊を降ろしてもらって、たとえば死んだ爺ちゃんと昔話に花を咲かせることだってできちゃう。肉体から遊離した魂はあの世で遊んでいらっしゃるのだろう。そういう言い伝えが古来から日本にはあるよ。ボクたちは意識せずとも死者のまなざしを感じながら暮らしているんだね。
諏訪敦彦監督の新作[風の電話]は、岩手県大槌町に実在する、死者と会話をするための白い電話ボックスを題材にしている。大槌町は東日本大震災の津波被害が大きかった。
主人公の高校三年生ハル(モトーラ世理奈)は大槌町で生まれ育った。被災して家族を亡くし広島の叔母に引き取られて暮らしている。
ある日ハルは歩き始める。広島を出発する。埼玉、福島、そして故郷の岩手県大槌町まで、ヒッチハイクで旅をする。
車に乗せてくれた親切な人たちもそれぞれに事情を抱えているんだ。ケバブの店で知り合ったクルド人の家にも招かれる。
悲しみを背負った普通の人たちとの偶然の出会い、そして名残惜しい別れを繰り返しながら、ハルはザラザラとした生きる肌触りを実感していく。
くねくねした道行きが人生の比喩となる、これはやっぱり風と呼ぶべきロードムービーだ。さざ波が揺れる静かなストーリーの断章が丁寧に大事に割れやすい玉子を手渡しするように運ばれていく。
諏訪監督の真骨頂である即興演出が芝居とは思えない自然態の劇空間を成立させた。触ってみたくなるような、体温と息づかいを感じる純朴なドラマが画期的に成立している。
空宙にそっと言葉を置いていくような訥々とした会話劇がこの希有な映画の特性だと思う。主演女優モトーラ世理奈の永遠なるハニカミは深く印象に残る。
映画とは現実でも幻想でもない境界(あわい)を描くものなんだと思えたよ。

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