0615 感想


「金継ぎ 修復と蘇生のアンソロジー」を拝読しました。


新書サイズ114ページ、700円。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9506318

5月の文学フリマにて購入。フォローしている猿川さんが参加されていて、何度かRTされていたのが気になって求めさせていただきました。

さて、冊子の序文から引用させていただきます。

金継ぎ(きんつぎ)とは、うつわの直し方のひとつです。うつわの割れや欠けを漆で接着し、継いだところを金粉などで飾ってつくろいます。修理後の継ぎ目を「景色」とよび、新たな価値を見出します。破壊を歴史として受け入れることともいえるでしょう。(5p)

この序文、ひらがなの開き方と語り口が好きです。冊子全体の醸し出す雰囲気と非常に合っていると感じました。

本題、寡聞にしてこの言葉を知らなかったので興味深く読みました。うつわって直せるんだ、と思ったのが素直な感想です。直せて、しかも金粉を使う。修復によって劣化ではなく寧ろさらに価値のあるものになる。
「金継ぎ」をテーマに据えた主宰さんの発想や選択に何だか羨ましいような気分を味わいました。

それでは以下、作品を拝読して思ったことを思ったままに。

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ターンアラウンド/石川月洛さん
この、不思議な流れの文章が、聞き手を待たないひとり言のような話がかえって心地よかった。いきなり球根、犬?と戸惑いはしたけれど。最後、ペットボトルを置き直す場面がとても美しい視覚だと思った。
金色のラインの入ったペットボトル、ヒビのあるグラス。金継ぎが容易に想像されるのが冊子の一番最初に置かれた文章として、良いなあと。アルバムの冒頭、美しいインストを聞いているよう。

グロッタ/猿川西瓜さん
猿川さんの小説は、いつも、読み終えた時にすぐ別の作品へ移ることを躊躇わせるような、勿体ないと思わせるような力があるなと思う。普段自分が主に読むある種テンプレートのような流れの物語たちと違って、静かな衝撃があり、けれどそれはけして不快なものではなくて、その事実にまた驚かされたりする。ガシャン!と物が落とされ割れた時のどきっとする感じではなくて、ふと見れば机上のカップが割れているのを発見したような、そしてそれをすぐには捨てられないような、そんな感じ。
風俗で女装した男性に相手をしてもらうという「彼」の行動はその彼女や母親に伝えたら驚愕され、もしかしたら引かれるかもしれず。それがはたして「破壊」だったのか分からないけれど、誰しもが奥底に秘めているという願望を叶えた彼が達成感や中毒性や期待外れ感を表立って特別語らずに、彼女との同棲(そしてその先まで?)へ気持ちを向けていくところから言葉にできない読後感を得た。

ヤドリギの葬式/森瀬ユウさん
地の文、作品全体がものすごく心地よかった。紬と雅継、二人の「ディナーシェア」が、変に甘い雰囲気だったり過剰な気遣いだったりがなく気が楽なもので、だからこそそれが継続できなくなった時にもひたすら悲嘆に暮れるのでなく、学校での交流にするりと切り替わっていったのが好ましかった。新学期の紬にとって桜も陽光も歓迎すべきものではなくて、「イライラしてる」ことの多い状態。その彼女、また雅継の変化に寄り添えたことが何だか嬉しかった。「ヤドリギの葬式」というタイトル、直接的な表現が作中になかったように思うのでもう一度読み返したい。
それから、あとがきにあった「捨てるという行為」、意識したことがなかったけれど私もわりと好きだなあと。

つづく道を/石川月洛さん
「君は」と語る、二人称視点の趣の2ページ。先の「ターンアラウンド」でもうこの方の世界観にぐっと心を掴まれているのを感じる。読点に満たされた短かな文章に、まさしく自分がそこにいるような感覚がした。猫を溶かして存在を取り戻す。先は犬、今度は猫なのが何だか少し楽しい。

バイ・ミー/オカワダアキナさん
背中がざわざわ、ふわふわした。突然展開される、「あなた」への語りのような、かと言って聞く相手を必要としていないような敬体と常体の入り混じった文章。こちらがその文体に慣れたかと思ったら振り回してくるような感覚。主体や「あなた」に共感する、という読み方ではなくて、ああこういう人物がどこかに実在しているかもしれない、と思うようなノンフィクションを感じさせる読書だった。物語そのものがパワーを、提示される細かなエピソードがリアリティを持っていた。
乾燥機から布団を出す場面が一番印象的でほっこり。それから、この方はコインランドリーで洗濯が終わるのを待ち、残った布団を取り出すまで(=洗濯機から出るまで)の流れを通して「金継ぎ」を描くのだなあ、としみじみ感嘆と面白さを覚えた。

赤毛のおおかみ/石川月洛さん
赤毛で、背に金色の背びれが現れる、泳げるおおかみ? それは果たして私の知る狼なのだろうか。読後不思議な感覚に捕らわれた。「僕」が泥を洗い流し、話しかけた瞬間に「こいつ」は「そいつ」へと、背びれのある不思議な存在へ変貌する。そうして「それ」がまた瞬時に「僕」へと同化していく。あるいは乗っ取ったようなものなのか。このおおかみは果たしてどんな生きもので、どうして埋まっていて、どうして「僕」はそうなったのか。わずか2ページ、それでも物語の奥行きがとても深いなと感じた。

こどもたちのたそがれ、おとなたちのかはたれ/磯崎愛さん
ニンゲンによく似た、コドモタチ。彼らがだんだんと弱い者として搾取され人間に利用され、それでも曖昧に微笑んでいるのをじわじわ悲しく見た。散りばめられた一文がリアルでコドモタチの来日も「ありそう」だなあと思え、私もまた利用する側の人間に属しているのだよなと思う。
後半、ごく個人的な話に終始しているようで、コドモタチの一人(不思議な表現だけれど)と関わっていた女性の話。ああ前半は彼女によるものだったのか、と思うと不思議な気分になった。初恋の指環があるのは今も左手の薬指、それでも彼女はそのコドモタチに連れて行ってもらうことはできなくて、あたたかいヨシヒコの手に包まれている。国は沈みつつあっても、人間のエゴイズムと、反面眠れないところに寄り添えるあたたかさは変わらないのだろうなと。
あとがきの「コドモタチには伴侶を伴って帰ってもらいました」を読んで、どこかほっとした。

夜明け/まりたつきほさん
まず、これはおそらく主催さんによるものだろうけれど、前に来る「こどもたちのたそがれ、おとなたちのかはたれ」の最後の一文「夜明けまで四時間四十二分、飽きることはなさそうだ。」からこの作品「夜明け」に繋がるのが良いなと。
夜明け、午前4時過ぎ。化粧をする「私」の姿が描かれている。それは仕事のためなのか、誰かに会うのか、自分のためなのか。なぜ化粧をしているのか、それもこんなに早い時間に、というその部分は明かされない。化粧の描写は丁寧で、一つ一つ道具を手に取って、使って、顔が完成に近づいていく過程が面白かった。同時にそれがこんなにも丁寧に描かれていることは珍しいような気がして、美容室かどこかで他人のプライベートをまじまじと見つめてしまっているような気分に陥る。
あとがきの「昨日こわれた顔を朝に継ぎます」という文を読んで、ああそういうことか、と思った。私も毎日顔を作っている。引き継ぐというより、作るという感じで。あれは金粉で継いでいるのだろうか? この発想がすごく好きだった。
それから、作者さんご本人は意図していないかなと思うのだけど、冊子冒頭の「グロッタ」が男の話、ラストに近いこの作品が女の話なのは対の要素があるように感じられて、そういう関連を勝手に想像するのがやはりアンソロは楽しい。

欠片の形/石川月洛さん
「僕」に希望のような翼を与え(たかに思え)、飛べない翼を焼け落とす「そいつ」。「僕」はうろたえるけれど、それは絶望ではない。取り残されるのは「また」のことであり、ならば「僕」は「また」咳によって出会えば(生み出せば?)良いのだから。「赤毛のおおかみ」もまたそうした生きものだったのだろうか。他の作品との関連を、繰り返しを想像してしまう。

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読後、偶然ツイッター上で主催の方の製作された宣材画像(POP)を見かける機会がありました。
段ボールに手書きで、

「傷のことを語ろうとすると性の話になっちゃうのはなんでだ?」

これ、本当に私の読後感をぴたりと言い表していて驚くと同時にさすが製作者さんだなあと思いました。
「金継ぎ」という言葉に馴染みがなかった自分ですが、割れたうつわを繕い、そしてそれに価値を見出すというものがこんなにも性に触れる作品集になるのだなと…生を描こうとするとそうなるのだろうか。
事前情報なしに読んだので全体的にびっくりしたところはあります。

こちらの作品集に参加された皆さんが、どのように集い、どこまでコンセプトやテーマを共有された上で制作されたかは存じ上げないのだけれど、モチーフや取り上げられる言葉たち、作品の雰囲気に通ずるところがちらほらあって、それがまさしく次の作品へ次の作品へと継いでいく行為のようで読み進めるのが面白かったです。編集後記の言葉を頷きながら読みました。

それから、冊子の装丁がとても好きです。
表紙の写真、硬すぎず柔らかすぎないフォントと表紙用紙の選択。
背表紙のターコイズブルーと補色のスピン、おちついた雰囲気の表1/4に反して表2/3の目を惹くグリーン。
目次等に繰り返し現れるモチーフの直線。破損と継ぎ目を想起させます。
本当に、羨ましいくらいハイセンスだなあと思いました。統一感、世界観がすごい。
同人誌はわりとジャケ買いをするのですが、これは会場で完全に初見でもきっと買っただろうなと思います。

私が言うのも何様なのかという感じですが、洗練されていて、沢山の方の目に触れてほしい作品集だなと感じました。
軽くコンパクトで持ち運びしやすい厚みでありながら、中身は十二分に満足しうるボリューム。
手に取る機会のある方にはぜひ、おすすめです。

面白かったです。
ありがとうございました。

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