見出し画像

イクイノックスのこと.3

三つめになります。
前回の続きになりますので、よろしければお読みください。基本的には私の思い出語りになります。

以下、本文

 天皇賞・秋を観戦しにやってきたのですが、私はその前日に行われていたアルテミスステークスも観戦することにしました。日曜日のメインレースは混戦模様だったのですが、このレースは圧倒的な一強ムードとなっておりまして、一番人気に支持されていたのは、新馬戦をラスト三ハロン三十一・四というJRA史上最速タイムで勝利していたリバティアイランドでした。私はこの馬についてこの時点まで全くの無知だったので、むしろ私は疑いの目を向け、明日の本命馬と同じ父を持つラヴェルの方に注目しておりました。ただ、流石にこの支持であれば硬いと思ったので、馬券の購入は見送りました。結果、後悔することになるわけですが。
 天皇賞・秋当日の私は、普段と少し違っていました。皐月賞、日本ダービー、菊花賞と、イクイノックスができなかった牡馬クラシック皆勤を成し遂げていた私ですが、この天皇賞という舞台にして今までに味わったことのないような緊張感がありました。元々、私は朝が弱い方なのですが、前日寝付きが悪く、その日は東京競馬場に着いてからも、あまり気分がよくありませんでした。なのでその日の平場は、新馬戦を流し見してからというもの、どうしてもレースを見る気になれず、眠気も迫ってきたこともあって、私は席に座り顔を埋めるようにして時間が経つのを待っておりました。私は朧気な意識の中で、目を覚ましたらレースはすべて終わってしまっているのでは無いかとも思ったのですが、目が覚めたときは丁度九レースが始まるところで、少し身体が冷えてしまったので、陽が指しているスタンドの方に降りていき、家族と合流した後に東京競馬場のカクテルを購入しに行きました。もちろん、私は四枠のカクテルを購入しました。
 パドックは人が多すぎて見れないと思った上、体調以上に精神的な緊張がピークに差し掛かっていたので、私は一足先にメインレースの馬券を購入し、席に戻りました。このときの馬券の買い方なのですが、私はもうイクイノックスが勝つ以外の結果では馬券が的中しても嬉しくないと思っておりましたので、イクイノックスを一着に固定した三連単を購入しておりました。以後イクイノックスの出走するレースでは、例外なくすべてこの買い方をすることになります。それから、これはあまり関係ないのですが、この日の第十レースはダートの新星が産声を上げており、レモンポップが圧倒的な支持に応えて勝利しており、この週末の二日で、年度末表彰馬となる競走馬を3頭、G1未勝利のうちに見ていたことになります。
 本馬場入場が始まりました。Rは隣の席で見ておりました。Rは二〇二一年オクトーバーステークスからの折り紙付きのパンサラッサファンでしたので、第四コーナーを先頭で駆け抜けてくるパンサラッサが見られたら満足だ、と言っておりました。ただ、まさか掲示板に入るとは思っていなかったかと思います。私はというと、これまでに味わったことのない極度の緊張感に襲われておりました。イクイノックスの強さを信じてはいたのですが、過去様々な名馬たちが、善戦ホースとして生涯を終えてきたことを、もう私は知っていたからです。最も強い馬が勝つとは限らないのが競馬だと、知っているからです。運がなければ勝てないことを、思い知っていたからです。そんなことを考えていると、いつの間にかファンファーレが鳴っており、各馬がゲート入りを始めていました。
 スタートしました。イクイノックスはまずまずのスタートを切りました。スタート後はゴタゴタしておりましたが、パンサラッサがハナを取りきりました。イクイノックスは中団に構え、その後ろ、虎視眈々とダノンベルーガがつけています。ジャックドールはそこまで前にはいかず、シャフリヤールはドバイシーマクラシックと同じような位置取りで進めています。そのままゆったりとしたペースで進んでいきましたが、一頭、前が離れていきます。そんな馬、ただ一頭しかおりません。パンサラッサが十馬身以上の差を開けて逃げておりました。そして千メートルの通過タイムが出ると、会場がどよめきます。私はピンとこなかったのですが、隣の席でRがスズカだ!と言いました。ただ、まだ専門的ではない私でも、五十七秒四というタイムで逃げた馬が直線までにどうなるかというのは理解しておりましたから、その時点までは中団に位置づけたイクイノックスの状態を見ておりました。しかし、四コーナーを曲がりきってもなおパンサラッサの後ろに十五馬身ほどの差がありました。いや、現地で観戦していた私にはそれ以上の差に思えました。これはヤバいことが起こっている、と思いました。また勝てないのだと思いました。もう勝てないのだと思いました。一番人気の呪いだと思いました。すると外からようやく上がってくる水色の勝負服が見えました。力いっぱい叫びました。握っていた新聞を思い切り叩きました。後続の先頭をイクイノックスが、パンサラッサに届く勢いで上がっておりました。
 勝ちました。イクイノックスが勝ちました。絶望的な差をつけて逃げたパンサラッサを差し切りました。一番人気の呪いが破られ、二着の呪いも破られました。素晴らしいレースをRと称えました。きっと伝説のレースを見たのだと思いました。最高のレースを見れたことを感謝したほどでした。
 応援している馬が大レースを勝つ、というのは初めてのことでした。何しろ、私がイクイノックスを応援し始めたのは東京スポーツ杯2歳ステークスからでしたので、それ以降は二戦二敗だったのです。私はこのレースのことを一生忘れないでしょう。まあ、全てのレースが忘れられないのですけれど。

 晴れてG1馬の仲間入りをしたイクイノックスですが、次走が有馬記念であることが発表されました。凱旋門賞を走ったドウデュースがジャパンカップ出走を表明していたので、そこでリベンジを果たしてほしいという思いもあったのですが、ドウデュースがジャパンカップを回避することが決定し、私は四年ぶりに有馬記念を観戦することになりました。この有馬記念なのですが、私はあまり知識のない時分より、このレースが好きでした。オルフェーヴル然り、ディープインパクト然り、やはりスターホースたるもの、有馬記念を勝つことが望ましいと思うのは私だけではないと思います。
 さて、有馬記念の日の私は、天皇賞・秋の時ほどではありませんが緊張しておりました。私は、天皇賞・秋については、緊張はしているものの、イクイノックスが最有力であるということに疑いはありませんでしたし、実力を出し切ったとき、イクイノックスよりも強い馬はいないだろうと思っておりました。しかし、有馬記念はそこまでの自信がありませんでした。まず、現役最強馬であるタイトルホルダーがおりましたし、相対的に中山競馬場が得意というイメージも湧かなかったというのが主な理由です。ついでに、ジェラルディーナや、復活を来すあのエフフォーリアもおりましたから、緊張はしていましたが、お祭り気分というか、興奮のほうが勝っていたという部分もありました。
 そういったこともあり、有馬記念は気づくと始まっていました。タイトルホルダーは春ほどのペースは刻まず、イクイノックスはやはり中団につけていました。有馬記念は中距離のレースとして扱われますが、国内G1では三番目に長いレースですし、タフな流れになることもあって、実際に見ると思ったより長く感じます。この年はスローペースだったこともあり、三コーナーに入るまで特に動きはありませんでしたから、余計に長く感じた部分はあります。そして三コーナーから四コーナーに向かっていく中で、イクイノックスは持ったまま、唸るような手応えで楽々と交わし切り、他馬を全く相手にしない完勝劇を見せました。だったのですが、私は皐月賞の苦い思い出がありましたので、直線で二番手から追走してきていた福永祐一騎手の馬が最後の百メートルで交わしてしまうんじゃないかと感じていました。終わってみれば、かつてのナリタブライアン、ディープインパクトを彷彿とさせる圧勝。現役最強馬を証明し、年度代表馬の座を確たるものにしたのです。

 私がイクイノックスに求めたのは、G1を勝てる馬だから、どうか勝って欲しいというものでした。それを天皇賞・秋で達成したので、今度は、ターフィーショップで販売している、アイドルホースぬいぐるみになって欲しいという願いが芽生えましたので、その基準と言われているG1二勝を望みました。そして、イクイノックスはそれをいとも簡単に達成し、年度代表馬というおまけまで付いてきたのです。正直、はじめの希望からすればもう過分と言っていいのですが、ここまで来るとこれ以上を求めてしまうもので、私の中の史上最強馬には、みんなの世界最強馬になってほしいという夢が芽生えてくるのでした。


少し時間がかかってしまいました。
新鮮な情熱の吐露を目標としていたのですが、少し私の記憶も曖昧になってまいりました。
急ごうと思います。


 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?