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重ねる重なる

五十年前のことなんか判るわけない
想像と妄想とかすかな疑わしい記憶だけ
普段は あまり考えたりしない
だって重要じゃないから

死後五十年とは 結構な年月
生まれ変わると云うより
何処か別の此処と似た次元で生きてるかも知れない
其処では 同じように私のお父さんなのかも知れない…
あるいは 知り合いかも知れない…
そんな風にこじつけてみる

お母さんは 其の思い出を自分の心の中にだけあって
口にすることじゃないって云う
なのに...
「本当は4時...に亡くなったのに
荼毘にする都合上 書類上の死亡時刻は2時...なのよ
亡くなる2時間前に死んじゃったのよ...」
こんなことを今さら呟く

危篤状態でも生きていたのに
早く死んだことにさせた
諸事情によって...

人間って生物のカラダの寿命など
宇宙生命のスケールで考えれば点にも満たない
いつも そう思う…

この世からいなくなるのは 未練かも知れない
だけど あの世の時間の方が格段に長い

それでも…お父さん…
やはり その温もりが記憶に有ると無いとでは
ずいぶん違うものですよね

フィルターを通して写ったものを重ねる
それが今のキモチ…


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