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ラブレターというにはあまりにもまとまらない文を


結婚しよう、順番とか、逆になっちゃったけど、これから大変なこと沢山だと思うけど、2人でやっていこう、って、息を切らして帰ってきた彼の目が潤んで見えて、余計に泣いてしまった。
ぼんやりと思い描いていたプロポーズとはまた違うものになったけれど、ずっとずっと幸せな記憶として残しておきたいと思う。

彼と一緒にいると、人生がより良くなるような気がしてくる。
季節が移り変わっていく景色はより美しく思うし、食べること、寝ること、当たり前の日々に彼が当たり前に存在しているから、疲れきった日を何とか過ごせることもある。

愛する、ってなんて壮大なことなんだろう。
仲間への愛、恋人への愛、子どもへの愛、他にも沢山の種類の愛がある。
そしてそれは全て違う色をしている。
お金か愛か、どちらが大切かというよくあるような質問に、昔ならお金だと即答していたしそれもきっと間違いじゃないのだけれど、それでも愛は誰かの、何かの、気力になる。
そう思うから、一概に必ずお金さえあれば、の考えには同意しかねるようになった。

話は戻るけれど、結婚前は相手を両目で、結婚したら片目で見なさい、なんて言葉がある。
これからの日常を一緒に過ごす相手で、確かに毎回毎回何かある度に全て気にしていたらキリが無くなるから、多少のこと(もちろんこれされたらNG、はしっかり持っておくべきだけど)は「まあ、いいか」で流すこと、2人の為にも自分自身の為にも大事なんだろう。

あとはいかにお互いがご機嫌に過ごせるか、これに尽きる気がする(毎日毎時間毎秒は無理でも)。
片目で見る、なんて言葉があるのも、きっとそれが根底にあるからなんだと思っている。
どうしても、不機嫌の空気は伝染するから。
ついつい私もどうだっていいようなことでイライラしてしまったり、訳もなく泣いてしまったりしてしまうけれど、お仕事をしているのも、疲れているのも"お互い様"、そのことを忘れないようにしたい。

これまで、家族と言えば父と母だった。
だけど、今は少し違う。
父と母は変わらず家族だけれど、私は今苗字がそもそも違うし、去年の冬には会ってもいなかった彼の奥さんになり、そしてお腹の子の母でもある。
こんなに怒涛の1年になるとは思っていなかった。
でも、今までに感じたことの無い幸せがまだあったのを知った。

夏の終わりには子どもが生まれて、夫婦になったばかりの私達が、更に新形態になる。
すくすくお腹の中で大きくなる我が子。
我が子っていう表現すらもくすぐったいくらいだけど、早く会いたいし、もう既にかわいくて、ワクワクが強いけど、二人の時間はあっという間に取りにくくなるだろうから、素敵な思い出は沢山持っていった方がいいな。

全くまとまらないけど、いつか、この文をまとめて言葉で伝えられたらと思う。

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