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モトカレ

ちょっとしたきっかけで、5年以上会っていなかったモトカレに会うことになった。

好き、だけでは表せられない、純粋でまっすぐで若かった私が、殺してしまいたいくらい愛していた男だ。

私は今までモトカレというものに別れてから会ったことがない。生産性がないでしょ。

でも彼だけは違った。憎いほど愛した男だ。私から乗り換えた女と家庭を作り、子供も作っていたから。
ただ会って自分が、あの頃のかわいそうな自分とお別れしたかったのだ。少しは後悔させてやりたい気持ちもあった。



数年ぶりに待ち合わせをした時、なんとも言えない不思議な気持ちだった。
あんなに好きだった男の輝きは失せていて、お互いに歳を重ねた事を肌で感じた。
冷静な自分と、あの頃の自分と。

あちらからしたら、ただやりたいだけなのだろう。あれから経験を重ねた私はさすがにそれなりのことはわかる。心の中の私は苦笑いしている。
歳をとった女は1度は家庭のある男が魅力的に見えた事があるだろう。大部分がそうじゃなくても、淋しい女なら。(そう思いたいだけかな…)

でも今の私は、他の女が洗濯して、同じ柔軟剤の香りをさせている男に吐き気がする。

30代になって、親からは結婚しろとうるさく言われ、マッチングアプリをしてみてもただただ疲れるだけで、虚しくなって家路につく。まわりの結婚出産のSNSが痛い。かと言って心の底から結婚したいのかと言われればそうでもない。


家に帰って1人になりホッとしてしまう。
若い頃のように淋しくて適当な男の家に泊まるより、いつものバスソルトを入れた湯船に浸かりたい。いつもの化粧品しかつけたくない。いつものヘアオイルをつけて髪を乾かしたい。家のベッドで好きなときに眠りたい。


1人に慣れてしまっているのだ。

そういう淋しい女は私だけじゃないはずだ。

私には何にもない。
片田舎で事務の仕事。趣味だってない。
これで良いんだと何度も自分に言い聞かす事が増えた。
周りは結婚しているから友達と会う機会も減り、孤独は増すばかりだ。
私なんかに構っていられないよな、家族がいるんだもん。



モトカレと食事をしたあと、絶対にお店の人にご馳走様を言うところ、好きだったんだよなとふと思った。




昔私が好きだと言った香水の香りがして、車のドアポケットのボトルに気づく。古いからやめた方が良いよと心の中でつぶやいてなにも言わなかった。
他人だから。

私たちは他人になったんだよ。

帰ってから昔の私を抱きしめてあげたくなった。あの頃の私は世界で1番幸せで、世界で1番淋しい女だったから。
別れた日の冬の星空や1人で降りた階段を、私は忘れないだろう。

ただこうやって少しずつ色褪せていくことは確かだ。

あの頃の私、大丈夫だよ。
きっと、大丈夫。

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