【MLB】近年のクルーチーフ昇進に関する雑感

※公式ホームページやメディアから引用している箇所もありますが、概ね私見で構成された文章です。MLBの公式見解ではありませんのでご容赦ください。

 2011年の導入から10年以上が経過し、すっかりNPBでもお馴染みとなったクルーチーフ制度。旧稿「NPB審判員の役職②【クルーチーフ編】」において記したとおり、この制度は元来MLBにて導入されていた制度であり、NPBがそれを輸入した形です。今回はMLBにおける近年の昇進について、感じたところを記します。
ちなみに前提として、MLBの審判員には以下のような特徴があります。
・定年がない(2024シーズンでは満69歳の審判員が在籍)
・シーズンを通して4人1組のクルーで活動する
・クルーチーフは各クルーに一名、引退等で空きが出ないと補充されない

1.近年の昇進事例
 2017年以降の昇進事例はは以下の通りです。左から袖番号・氏名・昇格時の年次及び満年齢・(引退年)です。

2017
#34 Sam Holbrook 審判員 16.5年目52歳(2022)
#50 Paul Emmel 審判員 17.5年目49歳
#57 Mike Everitt 審判員 18年目53歳(2019)

2018
#14 Mark Wegner 審判員 19年目46歳

2019 なし

2020
#44 Kerwin Danley 審判員 27年目59歳(2021)
#58 Dan Iassogna 審判員 18年目51歳
#72 Alfonso Marquez 審判員 20.5年目48歳
#77 Jim Reynolds 審判員 20.5年目52歳(2022)

2021
#6   Mark Carlson 審判員 21.5年目52歳

2022
#3   Bill Welke 審判員 22.5年目55歳(2022)
#46 Ron Kulpa 審判員 23年目54歳
#51 Marvin Hudson 審判員 22.5年目58歳
#53 Greg Gibson 審判員 23年目54歳(2022)
#63 Laz Diaz 審判員 23年目59歳

2023
#2   Dan Bellino 審判員 13年目45歳
#13 Todd Tichenor 審判員 13年目47歳
#23 Lance Barksdale 審判員 19年目56歳
#64 Alan Porter 審判員 12年目46歳
#80 Adrian Johnson 審判員 15年目48歳
#92 James Hoye 審判員 15年目52歳
#98 Chris Conroy 審判員 11.5年目49歳

2024
#68 Chris Guccione 審判員 17年目50歳

 目を引くのは2023でしょうか。それまでは年次が20年、もしくは年齢が50歳前後の審判員が昇格していましたが、2023はBarksdale審判員を除いて年次の若い審判員が昇格しているのが分かります。前年度と比べると一目瞭然ですね。近年ではWegner審判員が46歳にして昇進しているのですが、それでもキャリアは19年を数えていました。それに対してBellino審判員などはWegnerさんより若く、さらに13年目での昇進です。2024のGuccione審判員も17年目と、これまでに比べるとやや早いか、というキャリア。昇進基準が変わったのか、とも思わせる人事の傾向ですが、そもそもMLBにおける昇進基準はどのようになっているのでしょうか。

2.チーフへの昇進基準
 NPBの場合、私のような部外者には昇進基準が全く開示されていないため、「もうそろそろ昇進かな?」というのは勘によるところしかありません。そして悲しいかな、大抵その勘は外れるものです。
 一方、MLBの場合は僅かながら昇進基準が公開されています。まずはこちらの記事。

これは2023にチーフへ昇進したPorter審判員、Johnson審判員に関する記事です。記事は2020年に昇進したDanley審判員に続いて黒人チーフになったお二人の歩みに主眼を当てたものですが、その中で以下のような記述がありました。

In order to become a crew chief, umpires must formally apply for the position. League officials will then review their body of work, factoring in leadership, communication, ability to handle contentious on-field disputes and game management.

MLBサイト「Johnson, Porter make umpiring history as crew chiefs」 January 20th, 2023より

簡単に和訳すると、次のようになるでしょうか。「クルーチーフになるためには、審判員は公式に昇進希望の意思を伝えなければならない。リーグ側はその後、リーダーシップ、コミュニケーション能力、問題対処能力やゲームマネジメント能力を考慮して,それぞれの仕事ぶりを評価する。」

重要なのは一文目、審判員からの表明によって事が動き出すということです。当然のことですが、昇進を希望しない者を昇進させる組織は正常な状態ではないでしょう。これはMLBだけではなく、NPB、ひいては私の勤め先でも同じです。むしろMLBの場合、45歳でキャリア15年未満の審判員が昇進を希望し、それが受け入れられたという点で、新陳代謝が活発で、若手や中堅にもチャンスがある組織だという評価が可能だと思われます。

 また、もう一つ資料をご紹介します。2022年にMLBからメディア向けに提供された、審判員に関する情報をまとめた資料です。審判員のプロフィールや各種記録、リプレイ検証に関する詳細な記述があり、非常に読み応えのある資料となっています。その中で、チーフに関して以下のような記述がありました。

https://pressbox.athletics.com/Publications/MLB%20Media%20Guides/MLB%20Publications/2022%20Umpire%20Media%20Guide.pdf


Appointment of Crew Chiefs
On or before January 15th of each year, the Office of the Commissioner shall appoint an umpire to act as the Crew Chief for each of the crews formed for the championship season. While the Office of the Commissioner may consider seniority along with other factors that it may deem appropriate when exercising its appointment discretion, seniority shall not control in the Office of the Commissioner’s choice of Crew Chiefs.

MLB発行「The 2022 Umpire Media Guide」P22より

こちらも簡単に和訳します。
「クルーチーフの任命
毎年1月15日までに、コミッショナー事務局はシーズン中のクルーにおいてクルーチーフを務める審判員を任命する。事務局はチーフの任命権を行使するにあたり、他の考慮にあたって適切な指標と同様に年功序列を考慮に入れるが、年功序列は事務局にとって優先されるべき指標ではない。」

ある程度、昇進において年功序列が重視されているように感じるNPBと異なり、MLBにおいて年功は他の要素と同じ重みづけしかされていません。もっとも、それぞれの組織によって評価軸は違って当然ですので、そこの是非を問うつもりはありません。しかし、そうしたMLBの昇進に関する考え方を踏まえると、2023年の昇進人事には頷けるところがあります。Umpire Scorecardsなどを参照しても、2022のBellino、Barksdale、Porterの各審判員はバックアップチーフ(クルーの次席)の中でAccuracyトップ3。2023シーズンのGuccione審判員も、バックアップチーフの中では最も高いAccuracyを誇っていました。

 こうしたことから、2023~24の昇進については
①バックアップチーフの中でもパフォーマンスが優れていた審判員が昇進を希望していた
②機構としても、年功ではなくパフォーマンスの優れた審判員を優先した
という2点が組み合わさった結果だと考えられるのではないでしょうか。

 なお、米国においては球審のパフォーマンスについて詳細な研究がなされており、結果として若い審判員の方がより正確な判定を行うとの結果が出ています。

https://www.bu.edu/articles/2021/bad-umpiring-hurt-baseball-in-2021-especially-playoffs-time-for-change/

一方、チーフに求められるゲームコントロール能力を養うには、やはりある程度の経験や年数が必要になると思われます。そのような相反する性質を併せ持たなければならないチーフの任命において、個人的には2023-24の人事は理にかなっていると考えます。

3.現在のチーフと今後のチーフ昇進について
 2024シーズンでは、AからSまで19のクルーが編成されています。言い換えれば、チーフは19名。冒頭で記したとおり、MLBはNPBのように定年がありませんので、本人が現役続行を希望すればその意思が優先されます。また、チーフは各クルーに一名と決まっており、クルー数の増減もほぼありませんので、退職するチーフがいない限り新しいチーフは任命されません。昇進を目指す審判員にとっては厳しい条件かなと思いますが、まずは現役チーフを列挙してみます。

・Crew A:Paul Emmel 23.5年目56歳
 昨年レギュラーシーズン出場数:37 一昨年:110

・Crew B:Dan Bellino 14年目46歳
昨年レギュラーシーズン出場数:121 一昨年:117

・Crew C:Bill Miller 25年目57歳
昨年レギュラーシーズン出場数:116 一昨年:115

・Crew D:Alan Porter 13年目47歳
昨年レギュラーシーズン出場数:123 一昨年:117

・Crew E:Todd Tichenor 14年目48歳
昨年レギュラーシーズン出場数:117 一昨年:106

・Crew F:Adrian Johnson 16年目49歳
昨年レギュラーシーズン出場数:123 一昨年:114

・Crew G:Alfonso Marquez 24.5年目52歳
昨年レギュラーシーズン出場数:114 一昨年:116

・Crew H:Laz Diaz 25年目61歳
昨年レギュラーシーズン出場数:82 一昨年:115

・Crew I:Marvin Hudson 24.5年目60歳
昨年レギュラーシーズン出場数:113 一昨年:106

・Crew J:Mark Wegner 25年目52歳
昨年レギュラーシーズン出場数:98 一昨年:85

・Crew K:Ron Kulpa 25年目57歳
昨年レギュラーシーズン出場数:104 一昨年:81

・Crew L:Jerry Layne 35年目66歳
昨年レギュラーシーズン出場数:58 一昨年:80

・Crew M:Larry Vanover 31年目69歳
昨年レギュラーシーズン出場数:46 一昨年:105

・Crew N:Chris Conroy 12.5年目50歳
昨年レギュラーシーズン出場数:3 一昨年:120

・Crew O:Dan Iassogna 22年目55歳
昨年レギュラーシーズン出場数:117 一昨年:112

・Crew P:Mark Carlson 24.5年目55歳
昨年レギュラーシーズン出場数:106 一昨年:116

・Crew Q:Lance Barksdale 20年目57歳
昨年レギュラーシーズン出場数:114 一昨年:108

・Crew R:James Hoye 16年目53歳
昨年レギュラーシーズン出場数:123 一昨年:122

・Crew S:Chris Guccione 17年目50歳
昨年レギュラーシーズン出場数:123 一昨年:108

こうしてみると、やはり65歳を超えているLayne,Vanoverの両審判員は出場数が少なくなっています。また、Emmel,Diaz,Wegnerの各審判員も昨シーズンは100試合を割り込んでおり、この傾向が続くと不安なところ。必ずしも出場が少ない審判員は引退が近いということではありませんが、年齢と出場数は今後の人事を考える上である程度の指標になり得ます。なお、Conroy審判員は昨年度出場がわずか3試合でしたが、AAAでの調整を経て5/10に今季初球審を務められました。

 続いて、チーフ予備軍であるバックアップチーフを見てみましょう。年齢によってグループ分けをしました(カッコ内は00年以降でバックアップチーフに割り当てられていることが確認できた年)。
①60歳超え
・Crew B:Phil Cuzzi 25年目69歳(12,14~ 20は欠場)
・Crew N:Brian O’Nora 27年目61歳(09~ 20は欠場)
・Crew O:CB Bucknor 25年目62歳(20∼)
・Crew Q:Angel Hernandez 31年目63歳(00,02~ 20は代理CC)
②55~59歳
・Crew A:Andy Fletcher 24.5年目58歳(20~)
・Crew C:Doug Eddings 25年目56歳(14,15,18~)
・Crew D:Jim Wolf 22年目55歳(20,23~)
・Crew R:Rob Drake 16年目55歳(23~)
③50~54歳
・Crew I:Hunter Wendelstedt 25年目53歳(14~)
・Crew J:Bruce Dreckman 24.5年目54歳(14,18,19,23 20は欠場)
・Crew K:Chad Fairchild 16年目54歳(20,23,24 20はクルー再編成に伴い担当)
・Crew S:Brian Knight 15年目50歳(20,23,24 20はクルー再編成に伴い担当)
④40代
・Crew E:Cory Blaser 12年目43歳(23~)
・Crew G:Lance Barrett 11.5年目40歳(24)
・Crew H:Tripp Gibson 10.5年目43歳(24)
・Crew L:Vic Carapazza 13年目45歳(23~)
・Crew M:David Rackley 11年目43歳(24)
・Crew P:Jordan Baker 11.5年目43歳(23~)
⑤30代
・Crew F:Quinn Wolcott 10.5年目38年目(24)

日本的な考えをするならば、①グループの昇進は可能性が低いでしょう。また近年の昇進状況を踏まえると、②もそこまで可能性が高いとは思いません。加えて、⑤のWolcottさんは少し年齢が若過ぎるように思われます。
 
 一方、③グループはバックアップチーフと3番手を行ったり来たりしているDreckman審判員を除き、年齢や年次、経歴のバランスがとれています。また④グループは比較的年次が浅めの中堅審判員で、ここ2年程度のうちにバックアップチーフを務めるようになった審判員が揃っています。過去の昇格の例を見ていると、バックアップチーフを務めた期間はそこまで昇格に関係ないようですので、近年の昇進状況も鑑みて可能性は大いにあります。

 こうしたことから、私はDreckman審判員を除く③グループの審判員、もしくは④グループ内で経験のあるCarapazza審判員や、投球判定の精度がここ数年にわたって高いレベルで安定しているGibson審判員等が次の候補になり得るのではと考えています。むろん、③④以外から選出されるかも分かりませんし、そもそも次の昇格がいつなのかは不透明です。ここはシーズン終わりのリリースに注目したいところです。

4.おわりに
 本稿は5月頭から書き始めたのですが、5/28にHernandez審判員がシーズン途中での引退を表明しました。正規チーフを務めることはありませんでしたが、30年を超えるキャリアでポストシーズンも含めるとのべ3,900試合以上に出場。色々報道も多かった同審判員ではありますが、30年以上も審判員を務められたことに敬意を表します。
 そんなHernandez審判員がMLB機構を訴えてまで望んだクルーチーフというポジション。世界最高峰のリーグにおいて、チーフが背負う責任の大きさや重圧たるや、遠い日本から試合を見ているだけの私ですら想像するだに難くありません。ましてや、NPBに比べてデータ解析がより進み、一ファンが審判員に関する様々なデータを入手できるMLBにおいて、クルーチーフを務める審判員に対しては一般審判員よりも厳しい視線が注がれていると思われます。私は審判員ファンの端くれとして、日々厳しい環境で仕事をこなすクルーチーフ、もしくはクルーチーフを目指す各審判員を応援し、その上で今後の動向を注視していきたいと考えています。

 本稿もお付き合いいただき、ありがとうございました。MLB審判についてはNPBよりも分からないことが多く、この記事内でも正確性を欠いた記載があるかもしれません。何かお気づきの点がありましたら、お教えいただけますと幸いです。

【以下、余談】
 私はMLB審判員の中でもHunter Wendelstedt審判員を特に応援しています。理由は「なんかMLBの審判員っぽいから」。ガタイが良くブレザーが似合うところや、クレームをつけた監督や選手に対して毅然と対処し、また言い返す姿など、私がMLBの審判員に抱いているイメージへぴったり合致するのです。後者は最近某日本人選手への判定で少し話題になり、日刊ゲンダイなんかには「高圧的で悪名高い」「まさに審判の権威を傘に着るタイプ」とありがたくない評価をいただいていますが、そんな論説は意に介さずこれまでのスタイルを貫いてほしいところです(ご本人がこの報道を知っているとは露ほども思いませんが)。
 そんなWendelstedt審判員、バックアップチーフを14年から務めており、ファンとしてはそろそろチーフに上がってほしいなと期待しているところです。一方で同審判員は審判界ではおなじみの「ハリー・ウェンデルステット審判学校」を主宰されており、そちらの方により注力されているのかなと思うことも。勝手な希望を言えばチーフに上がって審判学校を主宰いただけると一番うれしいのですが、前述したようにチーフへの昇格は本人の意思表示が第一歩ですので、こればかりはご本人の決断によるところです。Hernandez審判員の引退を受けて、審判員ファンである私も「推しは推せる時に推せ」という格言の重みをひしひしと感じているところ。今後もWendelstedt審判員を引き続き応援するなかで、チーフ昇進の喜びを味わえたなら嬉しいですね。

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