「人並み」の仕事について考えてみる

#オーマイボス恋は別冊で 1話を見ました。
ドラマ中盤で、主人公と編集長のこんなやりとりがありました。

「私は人並みの仕事がしたいだけなんです」
「雑用もできないくせに、普通や人並みなんておこがましいんじゃない」

スパルタ編集長が、仕事に不満を持つ主人公(雑用係)をズバッと斬り捨てる。
印象的なシーンだったのですが、私は見ていてちょっと違和感を持ちました。

これ「人並み」の意味についてアンジャッシュ※が起きてねえか?

※アンジャッシュとは……お笑いコンビ。すれ違いコントの代名詞とされる。最近なんか色々あった。

「人並み」とは

ひと‐なみ【人並(み)】
[名・形動]世間一般の人と同じ程度であること。また、そのさま。世間並み。「人並みな(の)暮らし」
(デジタル大辞泉より)

辞書的には、世間一般の人と同程度であることを「人並み」という。

では、主人公と編集長の言った「人並み」とは、何をさしているのか。

主人公の思う「人並み」

おそらく主人公の思う「人並みの仕事」とは、以下の条件を満たすものだ。これはドラマの流れから推測した。

・わけもわからず大量の指令に振り回されない(仕事内容や意図を説明してくれる)
・人格を否定されない
・上司のプライベートのお世話に駆り出されない

では次に、厚労省のサイトをご覧いただきたい。

ハラスメントの類型と種類

「人格を否定する」は②精神的な攻撃に、「仕事内容を十分説明せずに大量の指令を与える」と「業務とは関係のない私用な雑用に駆り出す」は④過大な要求に当てはめることができる。

言い換えると、主人公はパワハラを受けない仕事がしたいと望んでいるのだ。

主人公にとっての「人並み」とは、おそらくまともな労働条件の仕事、極端なマイナス面のない仕事、大変だったり面倒だったりはしても人間的な仕事……そういったものだと思われる。

いわば世間の多くが享受している(厳密に言えば、当然享受すべき)という意味での「人並み」だ。

編集長の思う「人並み」

対して、編集長の考える「人並み」の意味は単純明快、平均値だ。
「人並みというのは平均以上の人が言えること」との発言もあったので、これはほぼ確実だと思う。

だから、平均値未満の能力しか持たない人間が、平均値の仕事を欲しがるのはおこがましいという発想になるのだろう。

ふたりの「人並み」がズレている

世間の多くの人が持つ(べき)値と、世間の平均値では、全く意味が変わってしまう。
話を分かりやすくするため、賃金に置き換えた上で「人並み」のニュアンスを明示してみた

「私は法律で規定された最低賃金が欲しいだけなんです」
「雑用もできないくせに、日本の賃金の平均値(平均給与)が欲しいなんておこがましいんじゃない」

ひたすらにエグい。
論点をずらして「お前にそんな価値があると思うか?」に持っていく手さばきは鮮やかだ。現代の日本では謙虚が美徳とされているから、「当然私にはその価値がある!」と反射的に言い返せる人は少数ではないか。

ちなみに平均給与は476万円/年。最低賃金でフルタイム週5労働した場合の年収より、ずっと高い。

平均給与|国税庁

「人並み」のニュアンスを隠し、ドラマの台詞に近づけてみると、以下になる。

「私は人並みのお給料が欲しいんです」
「雑用もできないくせに、人並みの給料が欲しいなんておこがましいんじゃない」

無給で授業準備させられるアルバイト塾講師とか、こういうレトリックで丸め込まれてそう。

本当に見事なレトリックの用いかただ。認識のズレを活用して、強烈で説得的な台詞を生み出す優れたテクニック。
このやりとりを書いた人は、非常に頭が切れる人に違いない。

フィクションの世界だから「すごいやりとりだ!」と思ったけど、現実でこういうレトリックを使いこなす人(たいてい権力者だしカリスマ性がある)には気をつけたいなと思います。

レトリックに絡めとられないために

これ、主人公の言い方にも論破された一因がある。「人並み」という、非常にニュアンスがあいまいで、いかようにも定義できるワードを使ったことだ。

どうとでも取れる言葉を使ってしまうと、定義を決められるのはいつでも権力を持つ側、味方が多い側、頭が回る側だ。

いち労働者として、何かに歯向かうときは「人並みの」といったふんわりしたワードだけでなく、

・労働基準法で規定された最低限の
・基本的人権として保障される範囲の
・健康で文化的な最低限度の

といった、明確に定義されたワードも使いこなしていきたい。

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