友情の対価

プリチャン2nd seasonから登場する虹ノ咲だいあちゃんってキャラがいるんですが、プリティーシリーズにおいてかなり異質な存在なんですよね。
どういう風に異質かというと、今までのプリティーシリーズ(プリリズ・プリパラ)では友達はいつのまにかなっているもの、友情は無条件に与えられるもの(み〜んなトモダチ)であり、過去友達に裏切られたことがあってもう友達とかいらんモードのキャラも確かにいるんですけど、少なくとも友達になることに条件や資格なんてなかったんです。でもだいあちゃんは違います。本当は友達が欲しくて欲しくてたまらないんですけど、話しかける勇気がない、友達認定するハードルが異様に高い、何をもって友達と呼べるのか?私はあの子と友達になる資格なんてあるのかとか、ぐるぐるしちゃってるキャラなんですよね。
つまるところガチ陰キャのコミュ障で、ちょっとこんなキャラ今までのシリーズにいなかったもんだから、大きなお友達界隈が「俺たちじゃねぇか」と盛り上がってるわけです。

そんなだいあちゃん、本当はプリチャンアイドルになって自分も輝きたい、友達たくさんつくりたいと思ってるんですが、そんな大層なことド陰の彼女にできるはずもなく、なんやかんや25話かけてやっとバーチャルプリチャンアイドル(Vtuberみたいなもん)の中の人としてプリチャンデビューします。
そのだいあちゃんの曲もなかなか物議を醸してるんです。

(1番サビ)
ハートとハートで結ばれたらほんとの友だちになったと思っていいの?
あなたが欲しいもの全部あげるよ
最後に教えてほしいの みんなの心開くパスワード

私のようにまともな人間関係を構築してきていない人間はよくわかるんですが、友情って対価が必要だと思っちゃうんですよね。例えば人からご飯に誘われたり、遊びに誘われた時、この人は私になんらかのメリットがあると期待して誘ってくれているんだから、期待に応えなきゃと構えてしまう。構えてしまうからこそ空回って、期待に応えられなかったと落ち込む。そういう人って(私ですが)自分から誘うこともできないんですよね、期待に応える自信がないから。

等価交換というのがありますが、だいあちゃんにとって友情の等価は「欲しいものぜんぶ」なわけです。それほどに友情は得難いし、ぜんぶを尽くしてでも手に入れたいものなんですね。

そしてたまらないのが、「最後に教えてほしいの みんなの心を開くパスワード」ですよね…
本当はそんなショートカットで友情が手に入るはずもないんですけど、てかそんなのはもちろんだいあも百も承知の上なんでしょうけど、みんながただ普通に生きてるだけで普通に友達ができているのが、なんだか自分だけが知らないパスワードを知っているかのように見える時があるんですよね。私にもそのパスワードをおせーてよと。私が友達できないのはパスワード知らないだけだしと。
みんなが普通にできていることが自分にはできない悲しみを歌ってるんですよね、わかるわかるよ虹ノ咲…

ところでリアルに描かれてる作品を「これはリアルだ!」と評価する風潮があるかと思いますが、私はリアルであること、それ自体は重要ではないと考えていて、要はただしょうもないリアルをしょうもないまま表現するだけなら誰でもできるじゃないかと。ファンタジーを描いて現実に迫ることもあるし、逆にリアルに描いたことがファンタジーだったりするじゃないですか。例えば、プリパラの話そのものはファンタジーだし「み〜んなトモダチ、み〜んなアイドル」は理想でしかないんですが、クソみたいなリアルがあるからこその理想であって、プリパラを見たら現実を生き抜くために大切なことに気づいたり、世界が美しく見えたりしますよね。(するんです)
つまりリアルに描くことでしか表現できない何かとか、伝えられない何かとかがないと、リアルであること自体はあんまり意味がないんじゃないかなあと思います。

ファンタジーを見せ続けてくれたプリティーシリーズにおいて(補足するとプリリズはドロドロしすぎてて逆にファンタジー)、リアルに近いという意味で異質なだいあちゃんですが、彼女を通してプリチャンはどんなテーゼをみせてくれるのか、今のところみらいちゃんのストーカーとえもちゃん(陽キャ)への嫌がらせしかしてないんですけど、これからどうエンディングへ向かうのか!?本当に大丈夫だよな!?期待してるぞ!!というところで終わりにします。

来週のプリパラ・プリチャンライブ楽しみだな〜友達いないから1人で行くけどね〜