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忍殺TRPG小説風リプレイ【オーバークラウド・オーバーヒート(その6)】

アイサツ

ドーモ、海中劣と申します。こちらの記事はニンジャスレイヤーTRPGの小説風リプレイとなっております。ニンジャスレイヤーTRPGについては下記の記事をご覧ください。

なお本記事はニンジャスレイヤーの二次創作小説でありニンジャスレイヤー本編及び実在の人物・団体とは関係ございません。

こちらの記事は前回の続きとなっております。よろしければそちらから見てやってください。

※注意事項

本シナリオ及び本記事のリプレイ小説はダイハードテイルズ・KADOKAWAから発刊されている【スズメバチの黄色】を元にしており、当該作品のネタバレが存在します。【スズメバチの黄色】については下記の記事をご覧ください。

ではやっていきたいと思います!

本編

◆ヘルガの店

「フー……そろそろ寝るとするかね」

 店内の清掃を終えたヘルガは腰をとん、とんと叩き、大きく伸びをしてから戸締りの確認をした。

 店の軒先に掛けてある「OP開EN」の札は「CLO閉SED」の札に取り替えられており、鍵もしっかりかけてある。ガスの元栓も閉めたし、仏壇の供え物も下げた。ヘルガは小さく息を吐き、照明を落とそうとする。

◆ヘルガ (種別:モータル)	
カラテ    1  体力   1
ニューロン  3  精神力  3
ワザマエ   2  脚力   2
ジツ     –  万札   1

攻撃/射撃/機先/電脳  1/2/3/3

◇装備や特記事項
 ショットガン: 銃器、連射1、ダメージ2
 カルマ:善

 その時である。ドンドンドン!ドンドンドン!入口を乱暴に叩く音が聞こえ、ヘルガは咄嗟にテーブル下のソードオフ・ショットガンをその手に掴み、銃口と目線を扉の外へ向けた。脅しのためではない。頭のおかしいサイコパス野郎がいれば、彼女は容赦なく引き金を引く。ネオサイタマで長生きするために重要なことの一つだ。

『待って! 撃たないで! お願いだから話を聞いて!』

 扉を叩いていたのは扇情的なチャイナドレスを纏った若い女であった。ヘルガの視力が寄る年波で衰えていなければ、それがオイランドロイドであることを理解できただろう。ブラインドの操作する木人一號である。

◆オイランドロイド「木人一號」 (種別:戦闘兵器)
カラテ    4  体力   6
ニューロン  12 精神力  –
ワザマエ   5  脚力   3
ジツ     –  万札   0

攻撃/射撃/機先/電脳  4/5/12/12

◇装備や特記事項
 ハンドガン: 銃器、連射1、ダメージ1
 機械の体:  近接武器、ダメージ1

『◉絞殺攻撃』:
  殺人オイランドロイドは無表情や笑顔で攻撃対象に近づき、押し倒し、馬乗りになって首を締め上げる。
  もしくは両手で首を掴み、ネック・ハンギング・ツリーの要領で高く掲げる。
  このオイランドロイドは『拘束攻撃(脱出:HARD)』ルールを持つ。
  次の自分の手番まで拘束状態を維持できていた場合、
  自分の手番開始フェイズにその敵に回避不能の1ダメージを自動で与える。

『ブラインドの操作』:【ニューロン】【ワザマエ】の値が変化する。

『扉を開けてお婆さん! 私は怪しい者……ではあるけど悪い奴……でもあるけど危ないことをしに来た訳じゃ………それもあるけど、とにかく中に入れて!』

 BLAM!ヘルガは引き金を引いた。


◇◇◇


「…………やれやれ、今日は仏滅だねえ」

『あー、なんかごめんね?』

 その後、時間こそかかったもののブラインドはヘルガに事情を説明し、どうにか一定の信用を得ることに成功していた。幸い、ヘルガの銃撃では木人一號のボディに傷一つ付くことは無かった。代わりに入口のガラスや床は修繕が必要になるだろうが。

 今、二人は店内でテーブルを挟むようにして席に座っている。もてなしの烏龍茶やマンゴーは無い。オイランドロイドは食事を必要としないからだ。ヘルガはどっと疲れが出たような顔で会話を続けた。

「それでブラインド=サンだったかい? 妙な名前だねえ。このフロッピーを狙ってくる奴がいるんだって?」

 ヘルガはテーブルの上に置かれたフロッピーを指差して言った。よくここに茶を飲みに来るジャンク屋が忘れ物をしていることに気付き、次に来店した時に渡そうと思って保管しておいたのだ。

『そうそう、大体そんな感じ。頭のおかしいサイコパス野郎がね』

 木人一號は機械的な笑顔を浮かべながら言った。その瞳には四枚の翼を広げる天使の意匠が刻印されている。ヘルガは身震いした。

「恐ろしい世の中になったもんだよまったく。このストリートだって、人情に溢れてるって訳じゃあないけれど、人の道を踏み外すようなことをする奴は居なかった」

『昔は良かった?』

「まさか。昔からずっと仏滅さ……だからこそ、祈りを忘れちゃいけないんだよ」

『お婆さんの話が今日一番面白いよ。マジで』

「そう言ってくれる子は今時少ないね。さ、お喋りはこのへんでおしまいだ。《老頭》の名前が出た以上あんたにこのフロッピーを渡すのが筋なんだろうね。いいよ、持っておいき」

『ありがとー、お婆さん』

 ヘルガがテーブルの上を滑らせたフロッピーを木人一號がキャッチする。

※ブラインド(木人一號)が『オナタカミ社のフロッピー』をゲット

「それじゃ、アタシはジャンク屋に念仏を唱えてやってから寝ることにするよ。あんたもご苦労だったね」

『私はこの後フロッピーをチバ君に送ったらマッサージに行くから大丈夫。扉の代金は~…………《老頭》に請求しといて。蟲毒=サンって人。私の名前を出せば多分イケる筈。私は恐ろしいヤクザだからね』

「はいはい、気持ちだけ受け取っておくよ」

『本当なのに……』

 木人一號は拗ねたように口を尖らせた。ヘルガは薄く笑い、仏壇の方へ向かう。

「それじゃあもうお行き。誤解してすまなかったね。だが忘れるんじゃないよ。今日のアンタは……」

 仏滅だからね。ヘルガがいつもの様にそう言おうとした……その時!


「イヤーーッ!」KRAAAASH!

「アイエエッ……!?」『ンンー?』

 甲高いカラテ・シャウトの声と共に入口のガラス戸が店の内側へと吹き飛び、舞い散る破片を纏った人影が店内にエントリーした。ヘルガが腰を抜かしてその場にへたり込み、木人一號は椅子に座ったまま首の関節だけを回して侵入者を見た。そこに居たのは。


「ヘルガ! 無事だったか!」

「大丈夫ですか! 敵は何処!?」

『あの、二人共、まだ例の赤いリンカーンはここに来てないから……』

 何事かを伝えようとする大熊猫の操作する宅配ドローン。それを脇に抱えた火蛇。そしてカラテを構えるドラゴンチックの三人が立て続けに捲し立て、夜の茶葉屋は昼間以上に騒がしくなった。

「立てるかヘルガ! 何があった!?」

「ああ、ああ、何があったはこっちの台詞だよ火蛇。こりゃ一体どうしたことだい?」

 火蛇はヘルガに手を貸し、老婆の小さな身体を起き上がらせてやる。火蛇はヘルガの両肩を軽く叩き、怪我が無いことを確認して胸をなでおろした。彼はそのままテーブルの席に座ったままの見慣れない人物へと剣呑な視線をぶつけた。

「……なあアンタ、ヘルガが新しく雇ったこの店の従業員、ってワケじゃなさそうだな。こんな遅い時間に何しに来たんだ? ………答えろコラ」

『…………………エッ? それ私に言ってる?』

 木人一號はたっぷり20秒経ってからようやく動き出し、自分の鼻を指差した。

「他に誰が居るってんだ……! それにその手に持ってるフロッピー。ジャンク屋を殺ったのはテメエか……!」

 火蛇は木人一號が持つフロッピーを指差した。

『ヤバイ。話が拗れていく音が聞こえる』

 木人一號は口調こそ切羽詰まったように聞こえるが、あくまで惚けた態度を崩さない。火蛇はこめかみに血管を浮かべ、チャカガンに手を伸ばす。しかし。

「お待ちよ火蛇。このお嬢ちゃんは《老頭》の使いだって言うんだよ。アンタんとこの組織だろう。何か勘違いしてるんじゃないかい?」

「……待って、火蛇=サン。この人多分犯人じゃない…………っていうかオイランドロイドだ」

「エッ?」

 そこにヘルガとドラゴンチックが待ったをかけた。火蛇は金縛りにあったようにぴたりと動きを止め、木人一號を上から下まで流し見る。慌てていて気付かなかったが、確かにオイランドロイドである。会話が可能だったところを見ると、大熊猫のドローンの様に誰かが操作しているのだろうか。

「確か蟲毒の名前も出してたよ。話を聞いてみたらどうだい?」

「エッ? 蟲毒が? ………っつうことは……蟲毒の雇ったハッカーか何かか?」

 恐ろしい上司の名前を聞かされ、火蛇はいよいよ顔色を青褪めさせた。そもそも事件に関する調査を行う事は蟲毒から止められているのだ。


「……ご、ごめん火蛇=サン。あたしがお店から火薬の臭いがするなんて言ったせいで……」

「ああ、いや。それを言うなら店に飛び込むよう頼んだ俺にも責任がある。あんたが気に病むことじゃあねえさ」

『二人ともゴメン。僕がもう少しちゃんと説明してれば……』

 火蛇、大熊猫、ドラゴンチックの三人はそれぞれ謝罪の言葉を交わしあった。若き彼らはヘルガの身に危険が迫っている可能性を前にして平静を保てなかったのだ。

『なあんだ、蟲毒=サンの知り合いなの? それじゃあちょっとだけ待っててね』

 だが、そんな彼らの事情を知らない木人一號は話が複雑になる前に事態を収めようと、ある人物に連絡を取り始める。それがこの場に居る全員にとって予期せぬケオスを招くとも知らずに。

 TLLLLL。TLLLLL。

 そして、火蛇のジャケットのポケットからコール音が鳴り響いた。何かの終焉と始まりを知らせるかのように。

「げっ……」

 火蛇は携帯IRC端末に表示された名前を見て慌てた顔を作り、即座に通話ボタンを押した。表示された相手の名前は蟲毒。今一番見たくない名前であった。火蛇は観念して端末の通話ボタンをプッシュする。5コール以内に出ないと蟲毒は本気でブチキレる。

「……エー、ドーモ。蟲毒=サン。火蛇です」

 僅か十数文字の言葉を口から極力ゆっくり吐き出しながら、火蛇は必死に言い訳を考えた。しかし。

『火蛇テメッコラーッ! ふざけてんじゃねえぞゴラーッ!』

「いっ!?」

 火蛇の予想に反して……いや、予想を上回るほどに蟲毒は分かりやすくキレていた。受話口から飛び出るドスの効いた声が火蛇の鼓膜に突き刺さり、火蛇は思わず端末を顔から離した。

 それにしてもこの怒りよう、まさか命令違反がもうバレたのだろうか? だとしたら最悪だ。果たして指一本や二本のケジメで済まされるだろうか。火蛇のニューロンに拷問器具を突き付けてくる蟲毒の鬼の形相が浮かぶ。

 ……だが、続く蟲毒の言葉は、火蛇にとってもまったくの想定外であった。当然、彼の隣に居るドラゴンチックにとっても。

『そのドロイド操って例の殺しの解決に協力して下さってんのがどなただと思ってんだエエッ!? 恐れ多くも《総会屋》の先生だコラーッ! とっとと土下座して詫び入れねえとぶっ殺すぞ火蛇テメッコラオラーッ!』

「エッ? ソウカイ? ………ソ、《総会屋》ァ!?」

 その名前の意味するところを理解した火蛇はほとんど反射的に膝をつき、その場に土下座した。

「す、スンマセンっしたァ! そんなに偉い先生だとは知らずにとんだご無礼を! ケジメでも何でもしますんで俺一人の処罰で許してくれませんか!」

 火蛇は額を床に叩き付けるようにして懇願した。《総会屋》の名前は《老頭》の末端構成員である火蛇でも知っている。決して怒らせてはいけない相手だということも。

「《総会屋》……!?」

 その名前を聞いたドラゴンチックの顔面が硬く強張り、鼻から上に暗い影がさした。火蛇も大熊猫もヘルガも、木人一號ですらパンダ型のパーカーに隠された彼女のその表情を見ることは出来ない。

『火蛇テメエ、後で覚えとけよ。ケジメすっからなケジメ。それで済まねえかもしれねえがな』

「ま、マジっスか……」

 IRC端末から怒りに満ちた蟲毒の声が響く。それと同時に火蛇の額から滝のような冷や汗が流れた。命令無視に《総会屋》エージェントへの無礼。火蛇の仕出かしたことを考えれば蟲毒の発言は決してただの脅しではない。

『マジっスかじゃねえんだよテメエ。マジだよ。良かったな。これでお前もヤクザとして箔が付くだろ。生きてればな』

 その会話をヘルガ、大熊猫、ドラゴンチックは好意的とは程遠い感情で聞いていた。彼女達にはヤクザの流儀というものが分からないからだ。

 故に、この場で火蛇に助け舟を出したのは同じヤクザであった。

『別にいいじゃん蟲毒=サン。許してあげなよ。私は全然気にしてないし。えーと、火蛇君だっけ? 立っていいよ』

 木人一號はあっけらかんと言った。その場に居る人物たちの視線が彼女に集中する。

『せ、先生!? こいつは《老頭》の中での話で……』

『その《老頭》の手に負えない事件だから《総会屋》に依頼したんじゃんか。それで私が別にいいって言ってるんだからいいんだよ。ね!』

 木人一號はニカッと笑ってサムズアップした。端末の奥で蟲毒はそれならまあ、ともごもご口にしてから咳払いした。

『……オイ、そういうことだ火蛇。先生に感謝しやがれよガキが』

「ス、スンマセン! アザッス! 先生!」

 火蛇はもう一度額を床に叩き付けて深く土下座し、勢いよく立ち上がって何度も頭を下げた。ヘルガと大熊猫は安堵の息を漏らす。ドラゴンチックの表情は硬いままだ。

『んんー、若い子に先生って呼ばれるとちょっといい気分』

(なんかイメージと違えな……そもそも何で《総会屋》のヤクザがオイランドロイドの操縦してんだ?)

 相変わらずへらへらとした態度の木人一號に火蛇は内心首を傾げていた。だがそれも無理はない。彼が脳内で漠然とイメージしていた《総会屋》のヤクザと木人一號の姿はあまりにもかけ離れている。

 だが、そんな一般的なヤクザ像からかけ離れたソウカイ・ヤクザの存在を知る人物がここに居る。先程から難しい顔で何かを考えているドラゴンチックである。彼女の記憶に刻まれたとある人物と目の前のオイランドロイドの所作がオーバーラップし、不吉な予感が確信へと変わっていく。

(《総会屋》……それに今の間の抜けた喋り方……まさか)

 ドラゴンチックが答えに気付きかけた、まさにその時である。


『あ、ヤバイ。来ちゃった』

『……! まずい! 火蛇! 敵が来た!』

 木人一號、大熊猫がほとんど同じタイミングで言った。店にいる全員の視線が扉の吹き飛んだ入口へと集まり、道路に停まった赤いターボ・リンカーンから降りてくる2人の人物の姿を捉えた。割れたガラス片を遠慮なしに踏み砕きながら入口の前に立ち、2人は順に名乗りを上げた。


「こんにちは、私の名前はニューロサージ(脳外科医)と言うんです」

「ドーモ、ブラックメイル(脅迫)です」

◆ニューロサージ (種別:ニンジャ)
カラテ    4  体力   8
ニューロン  9  精神力  9
ワザマエ   6  脚力   3/N
ジツ     5  万札   10

攻撃/射撃/機先/電脳  5/7/9/9
回避/精密/側転/発動  9/7/6/15

◇装備や特記事項
 『●マルチターゲット』、『●時間差』、
 『◉ニンジャソウルの闇』、『◉邪悪なサディスト』、
 『★◉痛覚遮断』(体力+3、急所破壊による【精神力】ダメージ1軽減)、
 『☆アナトミ・ジツLV3』、『★攻性ボトク・ジツ』、『★ニューロンハック』、『★◉肉人形の作成』
◆ブラックメイル  (種別:ニンジャ)
カラテ    4  体力   6
ニューロン  4  精神力  4
ワザマエ   7  脚力   4/N
ジツ     4  万札   10

攻撃/射撃/機先/電脳  4/4/5/6
回避/精密/側転/発動  7/7/7/8

◇装備や特記事項
 ▶︎生体LAN端子LV1、▷ファイアウォールx1、アサシンダガー
 『◉頑強なる肉体』、『◉滅多斬り』、『◉ツジギリ』、『◉疾駆』、
 『☆◉バリケード化』、『☆◉瞬時の解除』、
 『☆ムテキ・アティチュードLV1-3』、『★ムテキ・メイル』

 

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「テメエらは……!?」

 得体の知れない感覚に突き動かされたように、気が付けば火蛇はチャカの銃口をニューロサージ達に向けていた。この感覚はドラゴンチックの燃える瞳を覗き込んだ時の感覚と似ているが、纏わりつくような不快感と底知れない恐怖はまるで違う。

「はて、ジャンク屋の記憶だと婆さん一人が経営している店ということでしたが……」

「貴様の杜撰な行動のせいで地元のモータル共が警戒したのだろう。そもそもパブのマスターも殺す必要は無かった筈だ、愚か者が」

「あの時は別に注意しなかったじゃないですか。今更文句言わないで下さいよ」

「貴様が招いた事態だろう。このことは上に報告するからそのつもりでいろ」

「ハァ……分かりましたよ」

「おい! 訳分からねえことくっちゃべってるんじゃねえぞコラ!」

 こちらにまったく関心を向けずに会話をする2人に対し、火蛇は声を張り上げた。

「テメエらがマスターを……ジャンク屋の親父を殺しやがったのか! 答えやがれコラー!」

「? だからそう言ってるじゃないですか。そっちこそ人の話聞いてます?」

「ニューロサージ=サン、取るに足らんゴミと下らん会話をするな。時間の無駄だ」

 その瞬間、火蛇の頭の中で何かが切れた。火蛇は一切の躊躇なく銃の引き金を引く。銃口から弾丸が飛び出した。ニューロサージに2発、ブラックメイルに1発。ヘルガは既に距離を取っている。弾は螺旋を描きながら正確な軌道で眉間と心臓へ向けて突き進んでいく。そこから先に起きたことを視認できたのは木人一號とドラゴンチックの2人のみ。


「「イヤーッ!」」


「な……!?」

 火蛇は目を見開いた。ニューロサージは上半身を後ろに倒し、両手を地面につけて弾の軌道から逃れていた。音速の弾丸を、発射されるのを見てから避けたのである。なんという常人では考えられぬ運動神経、そして反射神経。

 だが、ブラックメイルの方は更に異常であった。ブラックメイルはまったく回避行動を取らず、そのまま眉間に弾丸が直撃した。そして弾丸はひしゃげて地面に虚しく落ちた。ブラックメイルは何の痛痒も感じていないようだった。

「なんで……!? サイバネ頭蓋か!?」

 火蛇は心の底から湧いてくる恐怖に溺れるように呼吸を荒げた。弾丸が直撃しても傷一つ付かないなど、サイバネ以外には考えられない。もしそれ以外にあるとすればそれは……火蛇は無意識の内に、その可能性を否定したがっていた。


『まあまあ、下がってなよ火蛇君。後はお姉さんに任せなさい』

 しかし、火蛇が動揺を抑えるより早く、木人一號が一歩前に出て彼を下がらせた。

『欲しいのはこれでしょ? お二人さん』

「おや……」

「! 貴様……何者だ」

 彼女は胸を張りながら手に持ったフロッピーをひらひらと見せつける。それを見たニューロサージとブラックメイルの顔色が変わった。木人一號は両手ピースを作り、「本当の」名前を名乗る。

『ドーモ、初めまして。《総会屋》のブラインドでーす。今日は殺人事件の調査に来ましたー』

「「「!!」」」

 ニューロサージとブラックメイルは《総会屋》の名前に、ドラゴンチックはブラインドという名前に反応して瞬間的に殺意を極限まで膨らませた。人間ではない得体の知れない「何か」の放つ威圧感にヘルガは訳も分からず失禁しかけた。

「こりゃあ参りましたね。《総会屋》が出張ってきましたか」

「貴様がモタモタしているせいだぞ、ニューロサージ=サン」

「あーはいはい……じゃあ、手短に済ませますか」

「ふん」

 2人の刺客はそれぞれカラテの構えを取り、慎重な足運びでブラインドとの間合いを測る。ブラインドはレッグホルスターから銃を引き抜き、初めて文明の利器に触れた猿のような仕草で撃鉄や引き金を眺めた後、個人的にイケてると思うポーズで構えた。場がしんと静まり返り、居合の達人同士の果し合い、あるいは西部劇のガンマン同士の早撃ちめいて時の刻みが停止した。

 しかし、止まった時を再び動かしたのはカラテシャウトでも木枯らしでもダンブルウィードでもなく、一人の少女であった。

「お嬢ちゃん! 危ないよ! 下がってな!」

 ブラインドとニューロサージ達の間に割って入るように前に出たドラゴンチックをヘルガが下がらせようとした。しかし、ドラゴンチックは毅然とした態度を崩さず、着ていたパーカーに手をかけ勢いよく脱ぎ捨てた。

 その瞬間、ドラゴンチックの身体が松明めいて激しく燃え上がった。一秒後、そこに居たのは瓦めいた色のミニチャイナドレス装束と面頬を纏った小さなニンジャであった。ニンジャはそのまま両手を合わせ、堂々たる挨拶を行った。

「ドーモ……ドラゴンチックです!」

 彼女の名乗りに合わせてその瞳に灼熱の炎が走り、ショートの黒髪と装束が溶鉱炉めいて赤熱した。

◆戦闘パート

1ターン目

イニシアチブ
木人一號(ブラインド)→サルーテ→ニューロサージ→ドラゴンチック→
オカモチ・ドローン(大熊猫)→ブラックメイル→火蛇→ヘルガ​
※1ターン目終了時にサルーテが到着する。
※3ターン目終了時に総会屋の増援が到着する。
※特殊ルールとして場に居るキャラクターは「その他の行動」として「かばう」を選択できる。

「ど、ドラゴンチック=サン……!? なんだよその格好……!? いったい何が起きてるってんだ……!?」

『ドラゴンチック……はて、何処かで聞いたような?』

 火蛇は目まぐるしく変化する場の状況とドラゴンチックの突然の行動に頭の回転が追いつかず狼狽した。一方ブラインドはこめかみに指を当て、記憶の海の底の汚泥に沈んだドラゴンチックの名前をすくい上げようとする。

『ドラゴンチック……ドラゴン……あー! 思い出した! 《龍道場》のドラゴンチック=サン!』

 どうにかブラインドは記憶のサルベージに成功し、左の掌に右手の拳をぽんと乗せた。忘れかけていた記憶をちゃんと思い出せたことに喜び、屈託の無い笑顔を浮かべるブラインドをドラゴンチックは激しく睨みつけた。

『ってあれ? ということはもしかして、なんかすごく面倒くさいことになっちゃった? えー、生きてるとは聞いてたけど何で龍256に居るのー? この後マッサージだったのに行けなくなっちゃったよもう』

 ブラインドはそこまでぶつくさと文句を言うと、機械的な動きでハンドガンを構え、ドラゴンチック目掛け撃った。

「オイ……!」

 火蛇はドラゴンチックを助けようと手を伸ばしたが当然間に合わない。だが、彼の目に信じられない光景が飛び込んできた。

「イヤーッ!」

 ドラゴンチックの四肢に超自然の炎が走り、装束と同じ色のロンググローブとニーハイブーツが生成される。そしてドラゴンチックは中指と人差し指を立てた手を前にかざし、2本の指で弾丸を摘まんで止めて見せた。ドラゴンチックが弾丸を手の中に握りしめると、赤熱するロンググローブはそのまま弾丸を液状に溶かしてしまった。

『んんー、やっぱりこんな銃じゃ無理か』ブラインドは極めて残念そうに肩を竦めて首を振った。

 

「なんで……ドラゴンチック=サン……お前は一体……?」

『な、何が起きてるの火蛇……? どうして《総会屋》がドラゴンチック=サンを……?』

「それは……火蛇=サン、大熊猫=サン、あたしは……」

 もはやパニック寸前となった火蛇と大熊猫に対し、ドラゴンチックは上手い言葉が見つからずに口ごもった。別に隠していた訳では無い。ただ、わざわざ言う必要が無いと思って黙っていたことが最悪の形で露見してしまったのだ。

『あれ? もしかして火蛇君はドラゴンチック=サンのことを知らない感じ?』

「……! やめて……!」

 そこへブラインドが口出しした。ドラゴンチックは彼女を止めようとしたが、ブラインドは構わず全てをぶちまけた。


『その女の子、ニンジャなんだよね。私とおんなじで。ついでにそこにいるニューロサージ=サンとブラックメイル=サンもニンジャだよ」


「…………は?」

 火蛇はいよいよ自分が夢を見ているのだと思い始めた。ニンジャ? ニンジャだと? ニンジャはおとぎ話だけの存在だったはずでは? だが、ドラゴンチックが見せた身体能力と超自然の力、あれも彼女がニンジャであるというならば説明がつく。まさか、本当に?

 しかし、現実は火蛇に考える時間を与えない。ブラインドは立て続けに言葉の刃を火蛇の精神に突き立てる。

「それでドラゴンチック=サンは《総会屋》の賞金首なんだよね。それも高級オイランドロイドでハーレム作ってお釣りが出ちゃうくらいやばい金額の。こうなってくると『総会六門』の誰かかダークニンジャ君に来てもらわないとダメかなー』

「な……」

 賞金首? 《総会屋》の? 「総会六門」や「ダークニンジャ」という単語の意味は分からぬが、ニュアンスからドラゴンチックが《総会屋》にとって決して看過できぬ敵であるということは分かる。

「嘘だろ……? ドラゴンチック=サン……」

「火蛇=サン。あたしは……」

 すべてブラインドの言う通りであった。ドラゴンチックは神話に語られる伝説の存在、恐るべき力を持ったニンジャであった。彼女は余計な混乱を火蛇たちに与えないように正体をごまかしていたが、それが裏目に出てしまった。ドラゴンチックにとってもネオサイタマの片隅である龍256に《総会屋》が出張ってくることは予想外だったのだ。

 そして、今のこの状況でなおも本当の力を隠して黙っているという選択肢は無かった。ヘルガや火蛇をニンジャの暴虐から守るためにはニンジャの力を振るわねばならぬ。そして、ニンジャは名前を名乗らず正体を隠したままでは戦えぬのだ。


「イヤーッ!」

『アイエッ』

 その時、今まで場の流れを黙って見ていたニューロサージが手術刀めいたチョップで木人一號のボディを斬り裂いた。

「なんだか複雑な事情がおありのようですが、私には関係ありませんから。仕事を優先させてもらいますね」

『むむむ、空気読んでよもう』

「イヤーッ!」

 更にブラックメイルの追撃の膝蹴りが木人一號に叩き込まれる。最高級オイランドロイドは人間よりも遥かに頑丈な造りをしているとはいえ、ニンジャの攻撃をいつまでも受け続けられるほどではない。

『援軍来るまで持つかなー、この体』ブラインドは呑気に言った。


だが次の瞬間。

「イヤーッ!」

「!? イヤーッ!」

 ドラゴンチックの燃えるチョップがニューロサージへと振り下ろされる。ニューロサージはブラインドへの追撃を諦め、バックステップで距離を取り、苦虫を噛み潰したような顔でドラゴンチックを見た。

「ちょっと、あなたは《総会屋》の敵じゃないの? 少なくとも私は敵対する理由が無いんだけど?」

「理由は自分の胸に聞いてみろ……!」

 ドラゴンチックはニューロサージへ警戒を向けたままちらりと火蛇の方を見た。

「火蛇=サン、黙っててごめん。理由は後で説明する。今はこいつらをどうにかする方が先だよ」

「あ……ああ! 分かったぜ!」

 火蛇は深く考えることをやめ、ワイヤーウィップとチャカを構えた。ニューロサージは内心で舌打ちする。 

(なによ、このガキのカラテ。ただの野良ニンジャの実力じゃない。なんだってこんなケチな任務で《総会屋》と何処の馬の骨とも知れない野良ニンジャの相手をしなくちゃいけないのよ)

 ニューロサージは必死に無表情を取り繕い、平静を装った。いざとなれば撤退も視野に入れるべきだが、ブラックメイルがそれを許すか? いっそ、ブラックメイルを囮に使うか。彼女は己が生き残る道を模索する。


『おい火蛇ァ!聞こえてんだろコラーッ!』

「うげ……」

 その時、通話状態のままだった火蛇のIRC端末から蟲毒の怒号が響いた。

『その女ァ撃ち殺せ! 《総会屋》の賞金首を始末すりゃあ大金星だぞ火蛇ァ! 』

「……!」

『か、火蛇……』

 通話を聞いたドラゴンチックの目が僅かに見開く。大熊猫は不安そうな声で親友の名前を呼んだ。

「…………」そして、火蛇は。



「…………分かりましたよ蟲毒=サン! 安心してくださいよ! 責任もってあの白衣の女はブッ殺しますんで!」

 火蛇は『白衣の』という部分を強調して言った。

『アッコラー!? 脳味噌腐ってんのかオラー! 俺が言ってんのはドラゴンチックとかいうガキの方で』ガシャン。

 蟲毒が余計なことを口にする前に火蛇は通信端末を踏み砕いた。更に体に埋め込んだサイバネ装置からEMPノイズを放ち、オイランドロイドとサイバネアイの映像データを送受信不能にした。これでひとまず火蛇と大熊猫が何をしようと蟲毒にバレる恐れはない。

 ドラゴンチックと火蛇は互いに目を合わせ、小さく頷いた。

「大熊猫! 聞こえてたな! 蟲毒=サン直々の命令だぜ! 白衣の女をやるぞ!」

『わ、分かったよ火蛇!』

 無論、こんな稚拙な言い訳が蟲毒や《老頭》の上層部に通じる筈は無い。しかし、火蛇はもう迷わなかった。

 《総会屋》も、ドラゴンチックがニンジャであることも、もはやどうでもよい。重要なのは、ドラゴンチックが信じられるかどうか、という一点のみ。そして、火蛇は己のソンケイに懸けて、ドラゴンチックを信じることに決めたのだ。

「蜂の巣にしてやるぜサイコパス野郎!」

 火蛇は俊敏なパルクール移動でテーブルや柱を蹴り渡り、ニューロサージ目掛けLAN直結銃による射撃を行った。更に大熊猫の操作する宅配ドローンも強盗撃退用のショックガンで火蛇を援護する。

「鬱陶しい……!」

 しかし銃撃はニューロサージの残像を虚しく撃ち抜いただけだった。

「畜生め! マジでテメエもニンジャかよ!」火蛇は悔しさに叫んだ。


「……ブラックメイル=サン、救援要請を。オナタカミが近くにあるからすぐ来れる筈でしょ」

 最終的にニューロサージが取った選択は組織の力を頼る事であった。任務達成時の評価は下がるだろうし、これからより一層監視の目が厳しくなるかもしれないが、命には代えられない。

「私に指図するな……フン。だがこの状況ならば仕方あるまい」

 ブラックメイルは素早く手持ちのIRC端末を操作し、救援メッセージを送信する。

『要請を認証。ただちに増援としてニンジャ一名を送る』返信はすぐに送られてきた。ニューロサージはほくそ笑んだ。

「これでよし。後はそこのオイランドロイドを破壊してフロッピーを回収するだけだ。急ぐぞ」

「はいよろこんで、っと……!」


 それぞれの思惑が複雑に絡み合い、ケオスの坩堝となった『健康系列食品公司』はますますその戦の熱を上昇させていく。だがしかし、今の混沌ですら通過点に過ぎないことを予測できたものは、彼らの中には存在しなかった。

◇◇◇

 ヴォルルルルルルン!『健康系列食品公司』前のストリートに野獣の咆哮めいたエンジン音が響き渡った。音の主は排気量1100ccを誇る違法改造モーターサイクル『黒駒』。タンク部分にあった『武田騎馬隊』の誇らしき漢字ペイントは黒く塗りつぶされてしまっている。黒駒に跨っていた男はバイクを乗り捨て、二丁の直結銃を構えながら火蛇たちのいる店に向けて駆け出した。

 今、新たな火が戦の場へと投じられた。5人目のニンジャである、サルーテという火が。

木人一號射撃→ドラゴンチック:5d6>=4 = (1,6,3,4,5 :成功数:3) = 3
ドラゴンチック回避:3d6>=4 = (5,4,3 :成功数:2) = 2

ニューロサージ連続側転:6d6>=4 = (4,3,3,2,6,4 :成功数:3) = 3
ニューロサージ攻撃→木人一號:5d6>=5 = (3,5,3,5,3 :成功数:2) = 2
木人一號体力5

ドラゴンチックカトン・ドレスアップ:12d6>=4 = (2,5,6,6,6,5,2,5,1,1,4,6 :成功数:8) = 8
ドラゴンチック精神力9
ドラゴンチック連続側転:9d6>=4 = (4,3,4,2,1,6,6,4,1 :成功数:5) = 5
ドラゴンチックトライアングルリープ→ニューロサージ:6d6>=4+5d6>=4 
= (4,1,6,1,2,2 :成功数:2) + (4,5,2,2,5 :成功数:3) = 5
ニューロサージ回避:3d6>=4+3d6>=4 = (5,3,5 :成功数:2) + (6,5,4 :成功数:3) = 5

オカモチ・ドローンショックガン→ニューロサージ:3d6>=4 = (1,3,1 :成功数:0) = 0

ブラックメイル攻撃→木人一號:4d6>=4 = (3,5,1,4 :成功数:2) = 2
木人一號体力4

火蛇連続側転:4d6>=5 = (2,2,6,2 :成功数:1) = 1
火蛇射撃→ニューロサージ:3d6>=5+2d6>=5 = (5,2,3 :成功数:1) + (6,2 :成功数:1) = 2
ニューロサージ回避:3d6>=4 = (4,4,5 :成功数:3) = 3


アマクダリ陣営救援到着ターン数:1d3 = (1) = 1
※2ターン目終了時にアマクダリの増援が到着する。

オーバークラウド・オーバーヒート(その7)へ続く