SONO-KOI!
★はじめに諸注意
脚本使用の際は必ず許可を取ること。無断使用に対しては厳しく対応します。
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SONO-KOI!
(そのこい!)
海部守
時:現代
所:日本。主に事務所内。雰囲気としては寂れたビルの中にある小さな一室といった感じ。
□登場人物
一太郎 :辰巳一太郎(たつみいちたろう)。お金持ちには見えないお金持ち。
園子 :新井園子(あらいそのこ)。事務員。呼び方で時間経過を表す。
六戸 :六戸勇(ろくのへゆう)。一太郎の用心棒。
マサコ :益子マサコ(ますこまさこ)。同僚に恋する女。
士郎 :士郎三郎(しろうさぶろう)。コンカフェ嬢にハマったヲタ。
ヨウコ :早桜ヨウコ(ささようこ)。ホストにハマった女子大生。
ミラクル:美楽流(みらくる)。ホスト。
橋本 :橋本元哉(はしもともとや)。
○第一場
事務所内での面接。小さな事務所。
一太郎と園子が向かい合って座っている。最初、面接官と面接者が始終逆転して見えると面白いかもしれない。
園子 :人の恋バナを聞いてお金を貸すとか変な会社ですよね。
一太郎 :よくそう言われます。
園子 :なんでそんな会社にしようと思ったんですか?
一太郎 :なぜって、それは……。愛ってなんですか?
園子 :はい?
一太郎 :ハイじゃなくてアイです。L.O.V.Eラヴです。
園子 :ラヴですか。
一太郎 :はい。ラヴです。
園子 :やっぱり変ですよ。人の恋バナにお金を貸すなんて。
一太郎 :まぁ、そうなんですけどね。
園子 :うちの先生も変な会社だからやめておけって言うんですよ。絶対まともな会社じゃないからって。でも、お給料が良いじゃないですか。でも、募集条件がこれまた変なんですよね。
一太郎 :ええ。でも、あなたはやって来た。
園子 :はい。
一太郎 :ですから、愛ってなんですか?
園子 :知りません。
一太郎 :はい?
園子 :ハイじゃなくてアイです。L.O.V.Eラヴです。
一太郎 :それ私が言ったんですよ。
園子 :誰だって言いますよ。愛って言うのは見えないもんだからみんな見たいとか知りたいって思うんですよ。幽霊と同じです。
一太郎 :幽霊を見たいんですか?
園子 :見たいわけ無いじゃないですか。
一太郎 :(一瞬考え悩むがふと気がつく)なるほど。
園子 :なるほど?
一太郎 :愛も見たくない側面があるということですね。確かにキレイなところばかりじゃない。相手の悪いところも受け入れていかなければいけないと。なるほど。なかなか奥が深い答えだ。あなたスゴイですね。
園子 :どうも。そういう意味で言ったんじゃないんですけどね。
一太郎 :いいでしょう。あなたを採用します。これ以上の答えは期待できないかもしれない。今までで一番納得できる回答でした。
園子 :いやぁ、どうしようかなぁ。ちょっと考えさせてもらってもいいですか?
暗転。
○第二場
事務所のソファーに六戸がどっかりと座っている。
園子がやってくる。時間的に厳しければ上着を脱ぐまたは替える程度で良いかも。
園子 :わぁ、びっくりした。六戸さん来てるなら来てるって言ってくださいよ。泥棒かと思っちゃった。
六戸 :誰が泥棒だ。泥棒がのんきにソファーに座ってるか。俺はなぁ、あいつのボディガードなんだからいつでも出入り自由なんだよ。
園子 :えーでも、それおかしくないですか?
六戸 :なにが?
園子 :ボディーガードならずっと辰巳さんのことを見てなきゃダメでしょ。
六戸 :俺は変態じゃないからな。ワンタのトイレや風呂は覗かん。
園子 :それどういうことですか?
六戸 :悪いことをしそうなやつは大体分かるんだよ。ビビビっとね。
園子 :QとAそれであってると思ってます?
一太郎が入ってくる。
園子 :おはようございます。
六戸 :よう、ワンタ。
一太郎 :あれ? 今日はどうしたの?
園子 :ボディーガードじゃないんですか?
一太郎 :今日は出かけないよ。もう少ししたらお客さんが来るから準備しようか。
園子 :えー! 本当ですか? こんなところにお金を借りに来る人なんていないと思ってました。
一太郎 :こんなところって。園ちゃん、人間はね、言葉選びが大切なんだよ。
六戸 :客が来るなら俺は行くかな。ワンタ、あいつらそろそろ動き出しそうだわ。注意だけはしとけよ。
一太郎 :そっか。わかった。ありがとう。
六戸 :おう。
六戸、事務所から出ていく。
園子 :辰巳さんってなんでワンタって呼ばれているんですか?
一太郎 :一太郎だから。一はワンでしょ?
園子 :それならワンたろうじゃないんですか?
一太郎 :同じでしょ?
園子 :まぁ。そうか。
ベルが鳴る。
園子 :来ました! お客さん来ました! 来ましたよ!
一太郎 :落ち着いて、まずは落ち着いて。お茶の用意を。
園子 :え? なんで? お茶なんか飲んでる場合じゃないですよ。
一太郎 :お客さんに出すお茶。
園子 :ああああ、ですよね。知ってます。知ってます。
ベルが鳴る。
園子 :はいはい! ちょっと待ってください! どどどどうしたら良いですかね。
一太郎 :とりあえずそこに座って待ってて。
園子 :はい!
園子、ソファーに座る。
一太郎、入口まで行ってマサコを案内する。
マサコ :あ、他の人がいるなら外で待ちます。
一太郎 :あれは従業員です。
マサコ :え?
一太郎 :えーと、お客様を不安がらせないように隣でサポートする役です。
マサコ :あぁ、なるほど。
一太郎 :新井くん、お客様にご挨拶をして。
園子 :(すっと立ち上がりキリッと)新井です。よろしくお願いします。
一太郎 :じゃあ、そちらにお座りください。
マサコ、首を傾げながらも園子の隣に座る。園子も座る。
向かい側に一太郎が座る。
一太郎 :辰巳と申します。よろしくお願いします。
マサコ :益子マサコです。今日はよろしくお願いします。
一太郎 :早速ですが、希望金額はおいくらでしょうか?
マサコ :300万円でお願いします。
一太郎 :失礼ですが、あなたの恋が300万円に相当するのかそれを判断しなければなりません。
マサコ :はい。少し恥ずかしいけど大丈夫です。
一太郎 :では、お聞かせください。
マサコ :はい。私には好きな人がいるんです。だけど、その人、可愛い子が好きで。男の人ってやっぱり可愛い子のほうが好きですよね。私あんまりパッとしないんで、お金を使って今よりももっともっとキレイになりたいんです。300万円あればもっとお洒落ができてエステとか痩身とかなんかそういうのも出来て、そしたらキレイになってその人が私に興味を持ってくれるんじゃないかって思うんです。
事務所内、一瞬で真っ暗になり立ち上がった園子だけにライトが当たる。
園子 :そんなん自分の金でやれやぁ!
園子が座り明かりが戻ると何事もなくマサコの話は進む。
マサコ :でも、こんな理由じゃどこもお金を貸してくれなくて。
園子 :そりゃそうですよね。
一太郎 :もう少し具体的なエピソードはないんですか?
マサコ :え?
一太郎 :相手の人がどういう人とか、どんな会話をしたとか。
マサコ :やだ。そんな恥ずかしいこと言えませんよ。
一太郎 :何しにここに来たんですか?
マサコ :お金を借りに恋バナをしに来ました。
一太郎 :今のままだと千円にもなりませんよ。
マサコ、意を決して話し始める。
マサコ :あの相田さんは同じ会社の人で、よくみんなで遊びに行くんですけど、まだ二人きりででかけたことがなくて、相田さんはなんか別に好きな人がいるのかなって思ったりして、あの、すごく頼りになる人だし優しい人なんです。初めて会ったのはある日お昼ごはんを外に食べに行った後で、あっその時に私スマホを職場に置いてきてしまっていて職場に戻る前に自動販売機で飲み物を買って行きたかったのですけど、一緒に来てた子たちはみんな先に上がってしまって、あぁ、一度戻ってからもう一回来ないとって思っていたら、横からすっと来て「何飲むの? これでいい?」って私にコーヒー買ってくれたんですけど、私がコーヒーは飲めないんですって言うと「あ、ごめん」って相田さんはちっとも悪くないのに謝ってくれて別のものをまた買ってくれたんです。それからよく見かけるようになって話もするようになって、友だちのアキコにそんな話をしたら一緒に遊びに行くグループを作ってくれたんです。アキコってすごいんですよ。そのグループの中でし っかり自分の結婚相手を作っちゃって、私はなんかなかなか進めなくてずっと足踏みしてばかりなんです。そんな自分を変えたいんです。
一太郎 :なるほど。
マサコ :ダメでしょうか?
一太郎 :いいでしょう。熱意は伝わりましたから。お貸しします。
園子 :マジで!
マサコ :本当ですか! 良かったぁ。
一太郎 :返済期限は5年。ただし、その恋が成就した場合は返済は結構です。ですから頑張ってくださいね。
マサコ :はい。頑張ります。
一太郎 :頑張ってください。
園子 :失恋したらしんどいですね。
マサコ :う……。そうならないように頑張ります!
一太郎 :じゃあ、契約書にサインをしてもらいますね。
一太郎、契約書とお金を取りに行く。
園子 :その相田さんって人には彼女はいるんですか? 結婚していたりしませんか?
マサコ :結婚はしてないです。アキコが聞いてくれました。
園子 :フリーなんだ。それで遊びに行くグループがあると。
マサコ :はい。よく皆で一緒にキャンプとかドライブとかでかけたりもするんですけど、二人だけっていうのはまだなくて。他の人たちはくっついているのに私たちだけ距離が縮まらなくて。彼からなにか一言でももらえたら勇気が出ると思うんです。
園子 :勇気ですか。
マサコ :はい。相手が言ってくれないならこっちから攻めようかなって。でも、私だいぶ地味なんですぐダメかなって思っちゃって。なにか変われるきっかけが欲しいんです。
園子 :300万円もあれば変れますよ。
一太郎が300万円が入った分厚い封筒と契約書2枚とペンを持ってくる。
一太郎 :じゃあ、金額と契約書の内容を確認してください。理解と納得いただけたら2枚ともサインをお願いします。一枚は益子さんがお持ちください。もう一枚はこちらで保管します。
マサコ :はい。
マサコ、契約書にサインする。
一太郎 :では、300万円も確認してくださいね。
マサコ、封筒の中のお金を見て落ち着かなくなる。
マサコ :これ、数えたほうが良いですか?
一太郎 :できればそうした方がいいですよ。
マサコ :そうですか。あの、時間がかかっても大丈夫ですか?
園子 :ちょっと手伝いましょうか。
園子立ち上がり、手を上げる。
周囲が暗くなり園子だけに明かり。咳払いをして座ると元通り。
マサコ :確かに300万円ありました。
マサコ、封筒をしまう。
マサコが立ち上がると、園子も慌てて立ち上がる。
一太郎と園子、マサコを見送りに行く。
マサコ :ありがとうございました。
園子 :バッチリおしゃれしてくださいね!
マサコ :はい! 自信を手に入れて彼に猛アピールしてきます!
そして二人は戻ってくる。
一太郎 :やっぱり園ちゃんを雇って良かったと思うよ。
園子 :お札数えるの大変ですもんね。
一太郎 :ん? お客さんの緊張をほぐしてくれたからだよ。
園子 :しかし、あれで300万円借りられるって良いですよね。私も借りていいですか?
一太郎 :どんな恋の話ですか?
園子 :そろそろ牛肉が恋しいなって。カルビにタン塩、ホルモンも素敵だわぁ。
一太郎 :残念ですが不成立で。
園子 :でしょうね。そうだと思いました。
暗転。
○第三場
事務所内。
一太郎と士郎がソファーに向かい合って座っている。
難しい顔をして考え込む一太郎。
士郎 :ダメですか?
一太郎 :100万円までなら出せます。
士郎 :どうしても1千万円必要なんですよ。
一太郎 :コンカフェ嬢の独立を支援したいっていうのがあなたの話ですよね。
士郎 :違います。推し愛の話なんです。杏にゃんには本当に才能があるんです。俺だけがそれに気がついているんです。その才能を十分に引き出すにはお金がいるんです。そして、傍で支えてあげないと杏にゃんは倒れちゃうんです。体が弱いし、先天性うんたらかんたらって病気も持っていて、今のお店だと仕事がきつすぎるし、杏にゃんのことを知らないやつが無茶ばかり要求してくるって杏にゃんが泣いて俺に助けを求めてくるんです。だから、杏にゃんのために場所を作ってあげたいんです。
園子が事務所の奥でその話を聞いていてボソリ。
園子 :そんなもの自分の金でやれよなぁ。こっちは貸してばっかりでちっとも返してくれるやつがいないんだからさぁ。大体、何が恋が成就したら返済免除だよ。みんな成就しましたって言うに決まってるだろ。
士郎 :俺は杏にゃんを独り占めしたいわけじゃないんです。俺は杏にゃんの養分で良いんです。それが俺の愛なんです。杏にゃんのためになら1000万円の借金なんてちっとも怖くないし、たとえ何年かかってでも返してみせますよ!
園子 :100万円にしときなよ。それでも感謝してくれるよ。
一太郎 :わかりました。ただ、少々見通しが甘いようですね。
園子 :甘いどころか大甘。
一太郎 :2千万円お貸しします。
園子 :えぇ! なんでそうなるの?
士郎 :え? でも、
一太郎 :独立したら終わりって話ではないでしょう? 独立するにしても周囲と円満にやれた方がいいでしょうし、病気があるなら支えも必要でしょう。時間だって必要だ。そういうことであれば必要なお金は予定よりも多いはずです。お金で済むならそれに越したことはない。
士郎 :たしかにそうなんですけど……。
一太郎 :私があなたにお金を貸すのは生涯で一度きりです。次はありません。だから一生懸命頑張ってください。
士郎 :ありがとうございます。絶対に杏にゃんを幸せにしてみせます!
一太郎 :じゃあ、契約書にサインをしてもらいますね。
一太郎、契約書を取りに行く。
園子、立ち上がる。園子の周囲だけが明るくなる。
園子が喋っている間に契約書を書いたりお金を確認したりする作業が終わる。
園子 :さっぱりわからない。絶対に回収不可能だと思うのになんであんなにお金を貸してしまうのだろうか。このままだと私のお給料だって危ないんじゃないのか。だってそうでしょ? お金は貸すけど貸したお金が戻ってこない。そうしたらマイナス。マイナスが続けば蓄えもゼロになる。蓄えがゼロになったらここは終わりだ。そもそもこんな商売が成立するはずがないんだ。絶対おかしい。辰巳ワンたろーは頭がおかしい。
全体が明るくなる。
士郎 :俺、やりますよ。絶対。
一太郎 :はい。
一太郎、士郎を見送っていく。
園子帳簿を持ってソファーに向かう。客席にお尻を向けて仁王立ち。
一太郎が戻ってくる。
一太郎 :あれ? 園ちゃん怒ってるの?
園子 :辰巳さん。貸すばっかりでちっともお金が戻ってきていないのは知ってます? 利子だって取らないし、一括返済ばかりで一円も戻ってきてない。
一太郎 :それは悪いことなの?
園子 :悪いことですよ。ちっとも儲からないじゃないですか。
一太郎 :そりゃそうだよ。儲けるためにやってないからね。
園子 :あぁ、ちょっと何を言っているのかわからないです。ここ会社ですよね?
一太郎 :そうだよ。
園子 :儲けないってどういうことですか? 儲けがなかったら会社がやっていけないんじゃないですか? やりがいだって無いし。
一太郎 :やりがい、ないかな?
園子 :だって、お金が稼げてないじゃないですか。
一太郎 :やりがいってお金を稼ぐことなのかな?
園子 :そりゃそうですよ。あ、いや、そうじゃないかもしれませんけどわかりやすいじゃないですか。
一太郎 :他人の恋を応援することってやりがいを感じない? 僕らのメインの仕事ってお金の回収じゃないんだよ。
園子 :あ。
一太郎 :面接の時に聞いたけど、愛ってなんだと思う?
園子 :お金を貸すことが愛なんですか?
一太郎 :そうかも知れないし、そうじゃないかもしれない。僕は愛が何なのかわからないからね。でも、みんなわずかばかりのお金のために苦しい思いをしているのは変だと思ったんだ。
六戸が事務所に入ってくる。
園子 :それなら、お金を貸す相手は誰でも良いじゃないですか。
一太郎 :お金が無いから恋愛をやめちゃうのってなんか悲しくない?
園子 :それは、その、まぁ。でも大丈夫なんですか? 貸してばっかりで。このままじゃここだってやっていけなくなっちゃいますよ。
六戸 :お前の給料なら間違いなく大丈夫だぜ。ワンタは金持ちだからな。
一太郎 :ユウちゃん。
六戸 :まぁ、説明ぐらいしとかなきゃダメだろ。あのな。こいつの爺さんなすごく偏屈だったけど、ものすごい遺産をこいつに残したんだ。金を残したんじゃなくて金を生み出すものを残したってわけだ。
園子 :特許かなんかですか?
六戸 :ちょっと違うな。世界には何かと困ってるやつって言うのがいるもんで、昔、とある産油国で水がなくなったことがあったらしい。こいつの爺さんはなんか不思議な方法で飲料水の問題を解決したそうだ。なんでも動物が休んでいるところを掘ってオアシスを作り出したとかそんなようなことをしたって話だ。そうしたらその国の王様に気に入られて、油田の権利の一部を貰ったそうだ。そこで生み出される利益の一部を辰巳一族が受け取り続けるって話よ。
園子 :えー、そんな設定ありですか?
六戸 :そうでもなけりゃこんなバカげた金貸しなんて続けられるわけがないだろ。
園子 :そりゃそうですけど。
六戸 :おかげでこいつは親族から嫌われて一人ぼっちってわけだ。
一太郎 :別に嫌われてないよ。配当所得を得られるのは一族の中で直系の僕だけだし、叔父がそれを受け取れなかったのは血縁関係がないからだからね。向こうがそう決めてるからだし管理してるのは弁護士だから別に僕が嫌われているわけじゃない。
六戸 :命を狙われるのは、嫌われてるからだろ?
園子 :命を狙われている?
一太郎 :叔父さんがやったって証拠がまだない。
六戸 :まだな。怪しくても証拠がないなら話にならないわな。でも、気をつけておけよ。
一太郎 :わかってるさ。それにユウちゃんが守ってくれるだろ。勇者なんだから。
六戸 :俺はただの用心棒さ。
園子 :んー。
六戸 :どうした?
園子 :どう見ても金持ちには見えないんだよなぁ。
一太郎 :よく言われる。
園子 :そうだ。社長、麦茶でも入れましょうか? 肩凝ってます?
一太郎 :急に優しくしてもボーナスは出ないよ。
園子 :なんだよ、チェッ。
暗転。
○第四場
事務所の中。
ヨウコがソファーに座っている。
一太郎はずっと考え込んでいるので園子が代わりに応対する。
園子 :1千万、ですか……。
ヨウコ :ダメ、だよね? ダメじゃない?
園子 :ダメっていうか、あの、相手の人って、
ヨウコ :ホスト。ミラクル(美楽流)はホストだけど、そうじゃなくて実はお店には内緒なんだけど私たち付き合ってるんだ。ミラクルは私のことを好きだって言ってくれたし、愛してるって。だから私もミラクルのためにお金が必要なんだ。仕送りとかバイトじゃどうにもなんないしね。
園子 :1千万ですよね。
ヨウコ :うん。1千万あればミラクルはリーダーになれると思うんだ。リーダーにさえなれればそこから一気に支配人まで上り詰める実力があるから最初のひと押しが必要なんだ。
一太郎 :お二人は付き合っているんですよね。
ヨウコ :お店には内緒だけどね。
一太郎 :いつもと条件が違うんで困ってるんですけども、すでにお二人はお付き合いしている?
ヨウコ :うん。お店には内緒なんだけどね。
園子 :そっか、いつも片思いの人しか貸してませんもんね。初めてのケースですね。恋は成就してるし……。
ヨウコ :ダメかな?
一太郎 :1千万円どうやって返します?
ヨウコ :ミラクルが支配人になってその後店長になればすぐ返せると思う。
一太郎 :1千万円で足りるって思ってます?
ヨウコ :利息ってこと?
一太郎 :あ、いえ、リーダーとか支配人とか店長になるのに1千万円で足りるかどうかって話です。
ヨウコ :あぁ、そういうこと? 足りなかったらまた貸してくれるんでしょ?
一太郎 :いいえ。一度きりです。
ヨウコ :そうなんだ。1千万じゃ少ないかな?
一太郎 :今日はこのままお帰りいただいて、一度、ミラクルさんと一緒に来られてはいかがでしょうか?
ヨウコ :じゃあ、先に100万だけでも貸してくれない? 何もなしでミラクルに会いに行ったらあたし怒られちゃうよ。先に借りるだけなら良いでしょ? 前借りってことでお願い。
顔を見合わせる一太郎と園子。
暗転。
○第五場
事務所の中。
ミラクルとヨウコが一緒にやってくる。
一太郎に指を2本立てて見せるミラクル。
ミラクル:二千万でいいぜ。
一太郎 :とりあえずこちらにおかけください。
ミラクル:ナニコレ貧乏くさいソファーだなぁ。本当にカネくれんの?
ミラクル渋々ソファーに座るが態度がでかい。園子の方をチラチラ値踏みするように見ている。園子が嫌がって立ち去ると事務所の中を物色するように見回す。
ミラクル:お前が言うから来たけど、嘘だったら許さねえからな。
ヨウコ :大丈夫だよ。こないだ100万持っていったじゃん。
ミラクル:こんな貧乏くせえところに本当に金なんかあんのかよ。
一太郎 :お二人はお付き合いしているとか。
ミラクル:してるよ。毎日。お突あい。なんてな。
一太郎 :はぁ。
ミラクル:あれ? わかんなかった? ノリが悪いね君。DTか? さっきのあの子、君の女?
一太郎 :必要な金額は決めてこられました?
ミラクル:2千万って言っただろ。
一太郎 :一度しか貸すことが出来ませんけど良いですね。
ミラクル:貸す? くれんじゃねぇの? (ヨウコに)おい、お前ふざけてんの?
ヨウコ :大丈夫。借りるのは私だから。
ミラクル:じゃあ、5千万。
一太郎 :わかりました。結構な重さになるんで後日ケースでお渡ししますね。
ミラクル:今日貰えないなら1億。
一太郎 :(軽くため息)返済期日は何年にしますか? 30年? 50年?
ミラクル:3年。
一太郎 :では、少々お待ちください。契約書を用意します。
ミラクル:なぁ、今日も100万くれるんだろ? シャッチョサーン。
一太郎 :上げたわけじゃありませんよ。前借りです。どうしても必要なら本日貸し出す分から引いてお渡ししますよ。
ミラクル:なぁ、借りんのはこいつだろ? 途中で別れたらどうなんの?こいつが返すんだろ? それとも俺も返すことになるの?
ヨウコ :ミラクルぅ。
ミラクル:もしもの話だよ。俺が病気で死んだらアレだろ。俺か弱いからさ。
ヨウコ :死んじゃやだよぉ。
ミラクル:もしもだって。
一太郎 :お二人で契約をしますから、一人になった場合は半分でいいですよ。
ミラクル:半分か。半分かぁ。えーマジで俺も払うの?
ヨウコ :全部あたしが返します。ね、ミラクル心配しないで。あたしが借りるって決めたんだもん。
ミラクル:おう。俺、1年以内に絶対に店を持つからな。愛するお前のためにな。
ヨウコ :うん。
ミラクルがヨウコをあやしているのを見て一太郎は契約書を取りに行く。
その後一太郎の姿をミラクルが目で追う。
園子が契約書をすでに作成していて一太郎に手渡す。
園子 :アレ、お金返ってきませんよね。
一太郎 :そうだね。返ってこないね。
園子 :良いんですか?
一太郎 :確かになんか間違った使い方だなって思う。
園子 :ですよね。あんな奴に貸すんだったら、子ども食堂にでも寄付したほうが良いですよ。絶対に。
一太郎 :他人の恋愛を応援するってすごく良いことだと思ったんだけどねー。
一太郎は契約書と100万円の入った封筒を持ってヨウコとミラクルのもとに戻る。
一太郎 :用意ができたらまたご連絡いたしますけど、これ先渡しの分です。
ヨウコ :ありがとう。
ヨウコが手に取る前にミラクルが奪い取る。そのまま立ち上がると一人で出ていこうとする。
ヨウコ :ミラクル、待って。これ書かないと。
ミラクル:悪い。遅刻したらリーダーが遠くなるんだよ。後でな。
ヨウコ :今日は帰ってくるんだよね?
ミラクルは答えずに事務所から出ていく。
一太郎 :もし、もしですけど、この恋がダメになったらどうします?
ヨウコ :そんなの生きてられない。ミラクルがあたしの全てだから。
一太郎 :そうですか。
ヨウコ :あなたも困るでしょ。あたしがいなくなったら。お金が戻ってこないんだからさ。
一太郎 :確かに。
一太郎はサインの書かれた契約書の一枚をヨウコに渡す。
ヨウコは契約書をしまってゆっくりと事務所の出口に向かう。
ヨウコ :ミラクルのことどう思う?
一太郎 :僕は友達になれないかな。
ヨウコ :良い人だよ。ミラクルって誤解されやすいからあなたも誤解してる。
そう言ってヨウコは出ていく。
園子 :1億ってどうやって用意するんですか? あります?
一太郎 :後半分くらい引き出せばいいだけだしね。まぁ、ちょっと分けて引き出ししてくれば大丈夫だよ。
園子 :大丈夫なんですか。
一太郎 :1億円搬送バッグかキャリーケースがいるかな。それも頼んでおかないとね。
園子 :そんなもの必要なんですか?
一太郎 :1億円って10キロくらいあるから。
園子 :えー、じゃあ、10キロを運ぶんですか? お米かよ。
一太郎 :米かぁ。来年は業務内容を変えようかなぁ。
園子 :何にするんですか?
一太郎 :子ども食堂支援でもしようか。
園子 :その方が絶対いいと思います。子どもたちの未来を支えたほうが絶対にいいです。他人の恋愛なんてろくなもんじゃないですよ。
一太郎 :それはそれで悲しいなぁ。
暗転。
○第六場
外。
一太郎が2億円搬送バッグを足元に置いてヨウコを待っている。
1億円搬送バッグは市販では\23,100円税込み
大きさは外寸横幅44.5×36×マチ幅12cm。
ある程度の重しを入れたダンボールに布を貼ると良いかもしれない。
1億円は約10キロ。キャスターも付けたほうがリアリティが出るか。
ヨウコがやってくる。少し足を引きずっているようにも見える。
ヨウコ :おまたせしました。それが1億ですか?
一太郎 :今日はお一人なんですか?
ヨウコ :彼仕事ですから。一億円全部を一度に使うわけにも行かないし。
一太郎 :じゃあ、手伝います。重いですから。
ヨウコ :大丈夫です。ありがとうございました。
ヨウコ、カバンと足を引きながらヒョコヒョコと歩いていく。
一太郎はヨウコの後ろ姿を見送りながら少し首を傾げる。六戸が後ろから現れる。
六戸 :虐待だな。
一太郎 :おう、びっくりした。彼女が大丈夫って言ったんだよ。10キロくらいなら引いていけるだろ。車輪だって付いてるんだし。(キャスターがない場合は注意)
六戸 :なんのことだ?
一太郎 :そっちこそ。
六戸 :あぁ、あの子の話だ。誰かから暴行されてるって言ったんだ。
一太郎 :誰から?
六戸 :俺が知るか。
一太郎 :調べてこいよ。
六戸 :嫌だね。俺はお前の用事で手がいっぱいなんだ。
一太郎 :暇なくせに。
六戸 :それがそうでもない。
一太郎 :どういうこと?
六戸 :最近のお前は金遣いが荒いだろ? あいつらそのせいで慌てだしてる。
一太郎 :自分の金じゃないのにな。ま、元々俺の金ってわけでもないけど。
六戸 :それでも湯水のごとく使えるっていうのは羨ましいもんだぜ。
一太郎 :ユウちゃんでもそうなの?
六戸 :俺だって人間だ。無いよりはあった方がいい。
一太郎 :たしかにそうだよね。無いよりはあったほうが良いよね。
六戸 :まぁ、とにかく気をつけろよ。何がきっかけになるかわからん。またお前の命も狙ってくるかもしれない。
一太郎 :その時はあいつらは全部失うよ。
六戸 :だと良いけどな。法律のことはよくわからん。じゃあ、またな。
一太郎 :なぁ、ユウちゃん。
六戸 :お前、俺が暇だと思っているだろ?
一太郎 :やっぱり世界の半分でも幸せにできれば十分だと思わない?
六戸 :闇落ちした勇者は世界の半分を貰っても人間を救えないって。
一太郎 :僕は勇者じゃないから。
六戸 :お前は昔から偏屈だったからな。
一太郎 :お爺さんに似たんだよ。
六戸 :じゃあな。
六戸、一太郎を置き去りにして立ち去る。
暗転。
○第七場
事務所の中。
橋本がソファーに座っている。
橋本 :50万円なんですけどダメなんですか?
一太郎 :ダメです。
橋本 :どうしてでしょうか?
一太郎 :最初から話してみてください。
橋本 :彼女にプロポーズをしようと思って婚約指輪を買おうと思ったんですけどそれがなんでダメなんですか?
一太郎 :その前からお願いします。
橋本 :よく行くお店の女子のことが好きになったから彼女にプロポーズしようと思って……。
一太郎 :相手の名前は?
橋本 :知りません。
一太郎 :おいくつの方ですか?
橋本 :知りません。
一太郎 :名前は?
橋本 :橋本です。
一太郎 :相手の名前。
橋本 :知りません。
一太郎 :相手と話をした事は?
橋本 :あります。いつもレジで優しく話しかけてきてくれます。
一太郎 :それ以外では?
橋本 :ありません。
一太郎 :あんまり知らない相手からいきなりプロポーズされたらどう思います?
橋本 :嬉しいと思います。
一太郎 :逆です。新井さんはどう思う?
離れたところにいる園子、顔をあげる。
園子 :気持ちが悪いです。
一太郎 :アレが一般的な女性の意見です。
橋本 :彼女は優しい人だからそんな事ありません。
一太郎 :優しい人だから嫌なことを我慢させるんですか?
橋本 :嫌だって思わないって言ってるの!
一太郎 :そもそもお店のレジの人にはなんとも思われていないと思いますよ。あなたはただのお客さんです。
橋本 :あんたになんでそんな事がわかるんだよ。いつも笑顔で話しかけてくれるんだよ!
一太郎 :店員は客に対して嫌な思いをさせようなんて思わないですから。
橋本 :僕は今嫌な思いをしてるよ! なんだよ。金貸しがそんなに偉いのかよ!
一太郎 :はっきり言わせてもらいますけど、もしここであなたがバカみたいなプロポーズをするならそのレジの方はあまりの気持ち悪さに仕事を辞めてしまうと思いますよ。
橋本 :僕は気持ち悪くなんか無い!
一太郎 :その人が辞めたらあなたも悲しいんじゃないですか?
橋本 :んふ。
一太郎 :まずはそんな妄想を捨てて、もっとゆっくりと一言ずつ言葉よ時間をかけて行くことが大事じゃないんでしょうか?
園子 :それはそれで迷惑だなぁ。
一太郎 :またはそのお店に就職してみたらどうですか? 同じところで働けば相手のことが分かるかもしれませんよ。
橋本 :お金を貸したくないからって難癖をつけるな! もう良いよ! お前ら覚えてろよ! こんなところ燃やしてやっても良いんだからな!
橋本、プンプンになって出ていく。
園子 :大丈夫ですかアレ?
一太郎 :(ため息)
園子 :ワンタさんも大丈夫です? なんか恨まれたんじゃないですか?
一太郎 :まぁ、見知らぬ店員さんに危害が及ぶことはなくなったかもしれないな。
園子 :代わりに私たちが狙われちゃいますか?
一太郎 :明日は休みにしようか。
園子 :良いですね。どこかリフレッシュでもしに行きます?
一太郎 :いや、僕は事務所の中を片付けるよ。
園子 :なら手伝いますよ。
一太郎 :いいよ。一人で作業したい気分だから。
園子 :げんなりモードですね。
一太郎 :そうだね。もっとこう幸せな話を聞いて夢のある世界が広がっているんだと思っていたけど、現実は酷いもんだね。
園子 :ワンタさんは人間に理想を求めすぎですよ。最近は少女漫画だってドス黒いの多いんですよ。
一太郎 :時代かねぇ。
園子 :なにを年寄り臭いこと言ってるんですか。やっぱりリフレッシュしに行きましょう。六さんも誘って、パーッと行きましょう。
一太郎 :ユウちゃんのこと六さんって呼んでるの? ユウちゃんって呼べばいいのに。
園子 :無理ですよ。まだ慣れてないですもん。
一太郎 :僕のことはワンタって呼ぶのにね。
園子 :それはもう。慣れましたから。
一太郎 :とにかく明日はお休み。僕は事務所で片付け。いいね。
園子 :はーい。
暗転。
事務所内で一太郎が襲われる騒音を流して事務所内を荒らす。
○第八場
事務所。朝。
事務所の中はメチャクチャ。
事務所内奥の方で一太郎が手足を縛られて倒れている。頭には袋が被せられている。
スキップで事務所に入ってくる園子。
園子 :おっはようございまーす! 昨日はマッサージに行ってきまして、超リフレッシュしました!
散らかった事務所の中を見る。
園子 :全然片付いてない。むしろ散らかっている。何をやってたんだか。
一太郎の姿を見て固まる。
園子 :死んでる?
一太郎の体が動く。
園子 :あぁ、びっくりした。これでワンタさんじゃなかったらびっくりですけど。ワンタさんですかー? ドッキリですかー?
一太郎、もがく。
園子 :はいはいちょっと待ってくださいよ。
園子、一太郎の頭の袋を取る。一太郎の口にガムテープが貼ってある。
園子、一太郎の口のガムテープを剥がす。
一太郎 :助かった。鼻が詰まってたら死んでたよ。
園子 :何してるんですか?
一太郎 :強盗!
園子 :え! お金持ってるのに強盗なんかしてたんですか?
一太郎 :僕じゃなくて、強盗に入られたの。見たら分かるでしょ?
園子 :あ、そうですよね。知ってましたよ。ボケただけです。(嘘、パニクってる)
一太郎 :とにかく警察に電話して。
園子 :でも、まだ強盗がいるんじゃ?
一太郎 :強盗が来たのは昨日の夕方!
園子 :うわぁ、私昨日夕方に差し入れしに来ようと思ってたんですよ。超ラッキーでしたね。来なくてよかったー。
一太郎 :これを解いてくれ。
園子 :警察に電話しろとか解けとか、私は一人しかいないんですよ。あぁ、事務所のかも片付けないと!
一太郎 :園ちゃん、とにかく一回落ち着こうか。
園子 :六さんは何してたんですか! ボディーガードのくせに!
一太郎 :いいから、一回落ち着こう。
園子 :あぁ、じゃあ、昨日から何も食べてないんじゃないですか? 何か作りますか? それとも取ります? 中華にします? あ、和食の方がいいかな?
一太郎 :園ちゃん!
園子 :はい。
一太郎 :そこに座って。
園子 :はい。
園子、床に座り込む。
一太郎 :ハサミを持ってきて手を解いてくれる。
園子 :はい。
園子、一太郎の手を縛る紐を切る。
一太郎 :ありがとう。片付けはしなくて良い。座ってて。
一太郎、足を解く。
警察に電話をする一太郎。
暗転。
パトカーのサイレンを間隔を開けて2度鳴らす。ドアの開閉音も2度入れると警察が来て、警察が帰ったことを示唆できるかもしれない。
サイレン→ドア→間→ドア→サイレンというような感じ。
明るくなると一太郎と園子、事務所内を片付けている。
園子 :犯人は絶対あいつですよ。あの50万円の男!
一太郎 :ホストだよ。顔は見てないけど。仲間連れで来てた。
園子 :え? 50万円の男ってホストだったんですか? あれで?
一太郎 :そうじゃなくて前に来ただろう? 1億円のホスト。
園子 :あぁ、1億円の男か。
一太郎 :園ちゃんは金額でお客さんを覚えてるのね。
園子 :はい。
黙々と作業をしていく二人。
園子 :え? 犯人は1億円の男だったんですか?
一太郎 :そ。
園子 :警察に言いました?
一太郎 :言ってないよ。
園子 :なんでですか? 言いましょうよ。今からでも遅くないですから。
六戸が入ってくる。
六戸 :ワンタ、災難だったな。
園子 :遅い! 何してたんですか!
六戸 :面目ない。すまん。ごめん。申し訳ない。
一太郎 :仕方がないよ。ユウちゃんは忙しいんだから。
園子 :ボディガードなんだから守ってくださいよ。そうだ、聞いてくださいよ。ワンたさんね、強盗のこと知っているのに警察に言わなかったんですよ。六さんも説得してください。
六戸 :ほおー、なんでだ? 言えばいいのに。
一太郎 :強盗に来たってことは上手く行ってないってことだろ。上手く行ってないなら続きが見れると思ったんだよね。
園子 :続きってなんですか?
事務所のベルが鳴る。
一太郎 :園ちゃん。お客さんだよ。
園子 :この状況でお客さんを迎えるんですか?
一太郎 :まあね。続きだから。
園子が客を迎えに行くとそこにはヨウコが立っている。
園子 :あ。
一太郎 :新井さん、お客様をお通しして。
ヨウコがソファーに座る。対面に一太郎が座り、遠巻きに園子と六戸が
眺める。
ヨウコ :もう5千万円貸してください。
一太郎 :……残念ですが無理です。一度きりの約束ですから。
ヨウコ :お金がないとミラクルが会ってくれないんです。お願いですからお金を貸してください。立ちんぼでも何でもやりますから。お願い! あなたとしてもいいし、あの人としてもいいですからお金をください! お願いします! あたしにはお金がいるの!
一太郎 :すみません。僕が間違ってました。お金があれば人は幸せになれるんだろうなって思い上がって人の心を舐めてました。
ヨウコ :じゃあ、貸してくれるの?
一太郎 :貸せません。
ヨウコ :どうして? なんでよ。
一太郎 :ミラクルさんたちは昨日強盗に入ってここの金庫から6千万円を奪っていきました。
ヨウコ :え?
一太郎 :まだ警察には言ってませんけど、多分遅かれ早かれ警察に捕まると思います。
ヨウコ :言わないで。警察に言わないで。お願い。
一太郎 :僕が言わなくてもすぐに捕まりますよ。彼はただの犯罪者ですから。
ヨウコ :どうしたら良いの? ねえ、どうしたら良いの?
一太郎 :目を覚ましたら良いんだと思います。彼はあなたのことなんか愛していなかったんだと受け入れて目を覚ましたら良いと思います。
ヨウコ :嘘だよ。そんなの嘘だよ。
一太郎 :あなただって殴られてますよね? 愛している人を殴ったりしますか? 愛している人に借金を押し付けたりしますか? 愛している人に会いにこない人がいますか? あなたは愛されてなかった。あなたも愛なんて理解してないし愛を金で買えると思ってたから愛に見放されたんだ。あなたは彼にとってただの金づるだったんですよ。
園子が走ってきて一太郎の頬をひっぱたく。
園子 :ワンタさん、言い過ぎです。
一太郎 :……すみません。
園子 :この人に謝ってください。
一太郎 :すみませんでした。
ヨウコは顔を上げずに黙り込んでいる。
一太郎 :もし、あなたが彼のことを諦めるというのであれば、1億円の返済は結構です。
一太郎は事務所の奥に向かう。別の金庫(隠し金庫)からお金を取り出す。それを六戸がそれを見ている。
ヨウコ :優しかったんです。ミラクルはあたしに優しかったんです。だから、あたしミラクルのために生きようって、思ったんです。だから、ミラクルがいなくなったらあたしもうダメなんです。
園子 :そんなことないよ。あなたみたいな子いっぱいいるんだよ。私だってすごく寂しい時がある。心が弱ってるときもある。でも、そんな時に優しく近づいてくるヤツなんてほとんどが悪いヤツなんだよ。でも、心が弱っているからダメだってわかっていても離れられないんだよね。悪いヤツはそれを知っているから上手いことを言って騙すんだよ。あなたが悪いわけじゃない。
ヨウコ :そんなの辛すぎるよ。
一太郎、100万円(札束)を差し出す。
一太郎 :これで再出発してください。僕はあなたの再出発を応援します。
ヨウコ :これを受け取ったら、ミラクルとサヨナラするってことなんだよね。
一太郎 :……はい。
ヨウコ :あたしみたいなやつに1億円も貸してくれて、それでそれを帳消しにしてくれて、それでまだお金までくれるとかあんた頭おかしいよね。
一太郎 :はい。僕はちょっとおかしいんです。
ヨウコ :わかった。ミラクルとはサヨナラするよ。
ヨウコ、お金を受け取ると園子に近づいていく。
ヨウコ :あんたさぁ、あたしの名前を覚えてないでしょ?
園子 :(やべえバレた)あ、えーと、
ヨウコ :あたしはヨウコ。あんたは?
園子 :ソノコ。
ヨウコ :ありがとね、ソノコ。
ヨウコは荷物を持って事務所を出ていく。
六戸 :無理だな。
園子 :もう、どうしてそういう事を言うんですか! ねえワンタさん。
一太郎、偶然見つけたチラシを手に取ると、小さく喜んで見せる。
一太郎 :あの人、お店出すんだってさ。
園子 :あの人って?
一太郎 :士郎さんだよ。コンカフェ嬢を独立させたいって言ってた人。2千万円の人だよ。
園子 :ああ、2千万円の男! へー。
一太郎 :杏にゃんの旧職場の全面バックアップだってさ。
園子 :良かったですね。
一太郎 :そうだね。
園子 :良いこともありますよ。他人の恋路も悪いことばかりじゃないんです。やりましたね!
一太郎 :うん、そうだね。
暗転。
○第九場
路上。
上手からミラクルが歩いてくる。下手からヨウコが歩いてくる。ヨウコの手には紙の包みが握られている。
ミラクル :おい、金持ってきたのか? 早くしろよな。
ヨウコ、紙の包みを渡す。中身を確認する。
ミラクル :お、結構入ってんじゃん。どんだけ汚ぇオヤジどもの相手したんだよお前。次も頼むな。
ミラクルは懐に金を押し込みヨウコに背を向けてあるき出そうとする。
ヨウコ、バッグからカミソリ(柄がついているやつ。本物は危ないからやめてね)を取り出して後ろからミラクルの首に斬りつける。
そのまま倒れ込むミラクルに馬乗りになってメチャメチャに斬りつける。ミラクルは必死に防御するだけで手一杯。
暗転。
○第十場
事務所の中。
事務作業をしている園子。新聞を見ている一太郎。
記事にはホストが襲撃され客の女が暴行の現行犯で逮捕の記事。
一太郎 :やっぱりもうやめようかな。
園子 :そうですね。やめたほうが良いですよ。
園子はなんのことか分からず聞き返す。
園子 :何をです?
一太郎 :この仕事。
園子 :どうかしました?
一太郎 :やりがいがない。
園子 :喜んでくれた人もいましたけどね。
一太郎 :うん。
やや沈黙。
園子 :この仕事をやめるってことは、私はどうなります?
一太郎 :うん。
園子 :うんじゃなくて、私はクビですか?
一太郎 :そうだね。退職金出すよ。
園子 :……そうですか。
一太郎 :どれくらいなのかなぁ一般的に。
園子少し怒っている。
園子 :知りませんけど会社都合だから高いんじゃないですか?
一太郎 :いくらが良い?
園子 :じゃあ、2億円で。
一太郎 :それは高すぎない?
園子 :高くないです。私だって下手すりゃ強盗に殺されていたかもしれないんですからね。慰謝料込みです。
一太郎 :わかった。1億円搬送バッグは必要?
園子 :2つも持つの嫌ですよ。
一太郎 :2億円搬送バッグもあるよ。
園子 :旅行用のキャリーバッグにしてください。
一太郎 :わかった。
園子、一太郎のしょんぼり具合に我慢できず立ち上がる。
園子 :今から行きましょう。退職金を取りに行きましょう。
一太郎 :え?
園子 :この空気が本当に我慢出来ないです。ほら、行きますよ。
園子、事務所の外に向かって出ていく。
○第十一場
事務所。夜。
ソファーで倒れ込んでいる一太郎。
六戸が対面に座っている。テーブルの上にはブランデーとかウイスキーのボトル。
二人の目の前にはそれぞれにグラス。酒を飲んでいたようである。
何本かは空で床に転がっている。
一太郎 :六戸って名字は昔ロトって読んでたんだよね。ユウちゃんの前はロトくんって呼んでたよね。
六戸 :小学校の頃な。お前は辰巳の辰は竜のことで一太郎のイチは英語でワン。ワンは中国語で王のことだから竜王だって無理やりこじつけてたな。
一太郎 :そう。僕は竜王だったんだよ。父さんも母さんも事故で死んで一人ぼっちだったからね。世の中が悪かったもんなぁ……。
六戸 :いつあいつらのせいだって知ったんだ?
一太郎 :変な事故だってずっと思っていたからね。叔父さんは自動車の整備に詳しかったし、修理工場経営してるでしょ? だからずっとおかしいなって思ってた。事業所の女の人と不倫しているのも知ってたしね。
六戸 :なんで復讐しなかったんだ? 十分な金があったんだからお前なら出来ただろ? そうしたらこんな面倒なことにはならなかったのに。
一太郎 :ユウちゃん知ってる? 教会にお金を払っても親は生き返らないんだよ。
六戸 :あの子のこと好きなのか?
一太郎 :別に。僕には愛がわからないって言ってるだろ。
六戸 :愛じゃないよ。好きかどうか聞いてるんだよ。好きだったんだろ? だから金を持っていなくなったのが悲しいんだろ? 金で転ばない人間が欲しいって思ってたんだろ?
一太郎 :退職金だよ。取られたわけじゃない。
六戸 :まぁ、たしかにそうだな。
一太郎、以降静かになる。
六戸 :ワンタ、寝たのか?
一太郎、動かない。
六戸 :なぁ、お前のせいであいつら焦ってるぞ。毎日のように俺に催促しやがってさぁ。まだかまだかってよ。なんで俺にそんなことを頼むんだろうな。自分たちでやる勇気もないくせに偉そうにしてるなんて本当にろくでもない奴らだよ。王様かよ。俺の取り分なんて大したことねぇのに。
六戸、立ち上がる。フラフラと隠し金庫のある奥に向かう。
六戸 :金庫が2つあるとは思わなかったからホストが強盗に入ってくれたおかげでそれがわかってよかったよ。俺はお前を殴るとかそういうことはしたくなかったからな。
六戸、一度床に座り込む。
六戸 :ちょっと飲みすぎたかな。俺だって辛いんだぜ。俺、お前のこと嫌いじゃないのになんでこんなことしてるんだろうな。どっちかって言うとあいつらのこと大嫌いなのによ。本当に何してんだろうな。お前が金持ちじゃなけりゃ良かったのによぉ。なんか無茶苦茶だな。頭も心もぐちゃぐちゃだ。
再び立ち上がり隠し金庫を開けて書類の束を取り出すと金庫により掛かりながら座る。
六戸 :これをあいつらのところに持っていけば全て終わりって話だったら簡単だったんだけどな。話はそんなに単純じゃない。お前が生きてるとダメらしい。なぁ、今日でお前ともお別れしないといけないとか辛すぎるぜ。俺は畜生だなぁ。あの子がいなくてよかったよ。流石に二人も殺せねえよ。
六戸は書類の束を放り出す。バラける書類。
六戸 :急性アルコール中毒か飛び降り自殺か、ガス中毒か、飛び降りか。どんな死に方が良い?
六戸が殺害方法を選ぶように書類を見ていると書類の中に自分への手紙を見つける。
六戸 :俺宛の手紙? なんだ? 俺が手紙なんか読むと思ってんのか?
開けて中身を見る。
六戸 :ユウちゃん。あんまり長く書くと最後まで読まないだろうから先に結論を書いておきます。僕が死ぬと配当所得の権利がなくなります。そして僕が死んだら財産はすべてユウちゃんに遺贈されます。ざっと100億円くらいあると思います。こう書かれていると最後まで読む気が出てきたんじゃないでしょうか。税金を物凄い額を取られるのできちんと払ってくださいね。それでも半分は残るでしょう。僕と叔父さんとは血縁関係は全くなく、亡くなった叔母さんとの間に生まれたという子どもは不倫相手の子供でこれもまた血縁関係がありません。不貞行為の証拠も全て調べ終わっており、裁判をすれば叔父側の相続権がないことが立証できると思います。面倒に思うかもしれないけど弁護士の先生が全部やってくれます。なお遺言書や証拠書類などは全て弁護士に預けてあります。さて、ここでユウちゃんに問題です。私、りゅうおうを生かしてくれるなら世界の半分をお前に与えよう。と僕が言ったらどうしますか? やっぱり勇者だから僕を殺しますか?
六戸、片手で顔を覆い咽び泣く。
六戸 :バカやろう。俺は勇者なんかじゃねえよ。この世界がどうなろうが知ったこっちゃねえし、世界の半分貰ったほうが得じゃねえか。全部知ってやがったんだなこの野郎。畜生、やってられるか。
六戸、立ち上がる。フラフラと事務所を出ていく。
暗転。
○第十二場
事務所。
誰もいない。ベルが鳴る。園子が入ってくる。
時間経過を出すために以前とは全く違う髪型とか服装が良い。
ちなみに大金が入ったからといって無駄遣いするような人間ではない。
どちらかと言うと資産運用をして貯蓄をするタイプなのでギラギラさせないように。
園子 :ワンタさん、出てくださいよ。六さんのことで気落ちしてるとは思いますけど、あれ? 本当にいないの? 開けっ放しで出かけるとか無用心すぎません?
しばらく待っても戻ってこないので掃除や帳簿整理なんかを始めてしまう。
ベルが鳴る。
園子 :戻ってきた。
園子は急いで入口に向かっていく。
しかし、やって来たのはマサコ。髪型や服装が変わったくらいで全然変わっていない。
園子 :あ、300万円の……、
マサコ :益子です。
園子 :そう。益子さん。お金は返さなくてもいいですよ。
マサコ :いえ、あの、それが、この度、相田さんと結婚することいなりましてそのご報告に来たんです。
園子 :それはおめでとうございます。良かったですね。なんかどこか変えましたか?
マサコ :いえ、実はあの後すぐに相田さんから告白されましてお金は使わなかったんです。それで、使わずに取ってあるんです。
園子 :上手く行ったんだったら貰っていいんですよ。差し上げます。
マサコ :ありがとうございます。ではありがたく結婚式の費用にしたいと思います。
園子 :良かったですね。
マサコ :はい。あの、社長さんは? 社長さんにもお礼を。
園子 :さぁ、どこに行ってるんだかって感じなんですよねぇ。ちなみに私、ここを退職したんでワンタがどこにいったか知らないんです。
マサコ :ワンタ?
園子 :一太郎だからワンタ。
マサコ :ワンたろうじゃなくて?
園子 :同じようなもんでしょ?
マサコ :まぁ。あら、辞めたのに来てるんですか? あ! あ~~~!
園子 :え? いやいやいや、違います。違いますよ。
マサコ :そうだったんですねぇ。気が付きませんでした。
園子 :本当に違うんですってばぁ。
マサコ :じゃあ、これで失礼します。
園子 :お幸せに~~~。
マサコ立ち去る。
園子 :なにかものすごい勘違いをされてしまったなぁ。ま、いっか。それにしても遅いなぁ、どこに行っちゃったんだか……。
ソファーでゴロゴロしたり足をぶらぶらさせる。
照明の変化で時間経過を演出。
そのまま夕方になる。
一太郎が帰ってくる。
ソファーに転がっている園子には気が付かない。
園子 :遅い!
一太郎 :わあ、ごめん。っていうか約束してないし。
園子 :こんな時間まで何してたんですか?
一太郎 :何ってコンカフェ。
園子 :はぁ? 人が待っているっていうのにコンカフェなんかに行ってたんですか?
一太郎 :あ、ごめん。いや、だから、約束してないでしょ。
園子 :事務所も開けっ放しで何してるんですか。
一太郎 :だからコンカフェ。
園子 :それは聞きました。
一太郎 :何しに来たの。
園子 :人が心配して来ちゃ悪いんですか?
一太郎 :心配?
園子 :六さんが逮捕されたって聞いたんです。
一太郎 :あ、それか。
園子 :それか。って、冷たい! ワンタさんには心ってものがないんですか。
一太郎 :あるよ。ユウちゃん面会に行っても会ってくれないし。多分相当怒ってるんだ。少し時間が必要なんだよ。時間がね。
園子 :なんでですか? 仲良しでしょ? 喧嘩したんですか?
一太郎 :喧嘩はしてない。喧嘩はしてないけど自称叔父夫婦に復讐するのにユウちゃんを利用したから、それを怒っているんだと思う。
園子 :もう何してるんですか。
一太郎 :だって、殺人幇助の証拠を掴んで通報するだけで良かったのに殺人未遂の自白までしちゃったからユウちゃんまで逮捕になっちゃって……。ユウちゃんって変なところで真面目だからね。
園子 :全く何やってるんですか。しょうがない人たちですね。
一太郎 :すみません。
園子 :一緒に謝ってあげますから明日一緒にいきましょう。
一太郎 :それは急だなぁ。
園子 :思い立ったら行動するのが一番なんです。
一太郎 :何しに来たの? もしかしてもう退職金を使い切っちゃったの?
園子 :そんな訳ありますか。ちょっと心配だから見に来ただけですよ。それとも迷惑でしたか?
一太郎 :いや、正直助かったかもしれない。
園子 :しょうがない人ですね。ああそうだ。寄付しましたか?
一太郎 :寄付? 誰に? 地震?
園子 :もう。子ども食堂。まぁ、震災への寄付も大事ですけど。
一太郎 :してない。
園子 :何してるんですか。してくださいよ。
一太郎 :だって忙しいんだもん。
園子 :忙しい人が一日中コンカフェに入り浸るもんですか。
一太郎 :それは偏見。
園子 :また誰か雇わないんですか? 事務所の中、酷いもんですよ。
一太郎 :無理だなぁ。
園子 :だったら私また働いてあげてもいいですよ。
一太郎 :だから無理だって。
園子 :無理ってこと無いですよ。私一応無職だし。
一太郎 :そうじゃなくて配当所得がなくなったから人を雇えるお金がない。
園子 :なんで?
一太郎 :クーデターが起こって王様が国を追い出されたみたい。
園子 :貯金は?
一太郎 :あれは全部ユウちゃんのものだから僕は使わない。
園子 :変なところでこだわりがありますよね。じゃあ、ここの仕事はどうなったんです? あぁ、お昼ごろに300万の人が来たのに返さなくていいとか言っちゃった。ごめんなさい。知らなかったから。
一太郎 :あぁいいよ。元々上げる気だったんだから。
園子 :これからどうするんですか?
一太郎 :どうしたら良いんだろうかなぁ。
園子 :結局、ワンタさん愛がなんだかわかったんですか?
一太郎 :わかんないなぁ。
園子 :私ね、愛って「しょうがないな」だと思うんですよ。
一太郎 :しょうがない? なにそれ。
園子 :しょうがないな。です。放っておけないなってことです。
一太郎 :それって言うのはどういう?
園子 :ワンタさんが困ってたり、元気がないのを放っておけないんです。しょうがないなって思うんです。
一太郎 :つまり?
園子 :別にワンタさんのことを好きだって言ってるわけじゃないんですよ。
一太郎 :……うん。
園子 :だから良いですよね!
一太郎 :なにが?
園子 :ここで働きます。
一太郎 :だからさっきお給料が払えないって言ったのに……。
園子 :だからいらないって言ってるんです。「しょうがないな」です。
一太郎 :それはつまり……。
園子 :別に好きだって言ってるんじゃないです。事業のやり方にも口出しします。つまり共同経営者です。良いですね?
一太郎 :良いって言うか、
園子 :どうかしました?
一太郎 :いえ、よろしくお願いします。
一太郎は手を差し出す。
園子 :こちらこそ。
園子、一太郎の手を握り、握手をする。
園子 :さあ、明日は六さんに会いにいきましょう。
一太郎 :そうしよう。でも、会ってくれるかな。
園子 :大丈夫ですよ。さ、鍵を締めて帰りましょう!
一太郎、鍵を探す。
一太郎 :あれ? 鍵どこにやったっけ?
園子 :いつものところじゃないんですか?
一太郎 :しばらく使わなかったから……。
園子 :ずっと開けっ放しだったんですか? しっかりしてください。そっち捜してください。私こっちを捜しますから。
一太郎 :わかった。
一太郎と園子、部屋の中を捜索しながら幕が下りる。
終わり
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