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ファンファーレと熱狂(と薄情と生活)

あの日のことを今も覚えている。

喧騒だけが支配する中で酌み交わされるアルコールが、
私を少しだけ急がせていた。
海中へ足を引っ張られる友人を横目に、私はゆっくりと舟を漕ぐことにした。助けようとしていたのかもしれないが、仮に引き上げたとしても私はきっと港へは向かわなかっただろう。

ここはとても寒いところ。実際とても寒い。
しかしアルコールがあった。唯一燃料となる貴重なものだ。
そいつを使ってどうにか暖を取ろうと思考している最中、
君は突如、私に才能があると言った。
具体的なことは覚えていない。実の所、聞き逃したフリをしていただけかもしれない。
しかし非常に思考は単純である。
妄想は膨れ上がり、加速する思い込みは
私を天才に仕立てあげた。誤魔化されて錯覚を起こしている方がよっぽど気持ちがいいと感じた。騙されていたい。とでも思っていたのかもしれない。
グラスの中に、いつしか寒さを忘れてしまいゆっくりと波に揺られている自分の姿をみた。
私は、舟を漕ぐことをやめた。

眠れないまま私たちは平面的な空の真下に漂流していた。
その空は今まで見た中で一番透明に近かった。
凹凸すらも一切無い澄み切った空だった。
恐ろしく研ぎ澄まされた風は干上がってしまった二日酔いの体を貫通して、
形をつくらないままで東京の街をすり抜けていった。

人々の夢や早計な計画を朝日に括りつけ、
引きづる様に鉄塊は動く。
酒気を帯びたため息は空中分解されていく。
あの子の黒髪に触れる。
「なにとは言わないけれど、もう一度やり直せるなら」
前のめりのまま、つま先はまたあの街へ向かう。

やはりここはとても寒いところ。
事実、ここはとても寒い。
しかし今日も人は言葉と言葉をうまく擦り合わせて暖をとっている。
実は燃料はいらない。
心は熱く燃えている。

それじゃあ、あの日の私たちの熱狂はどこに。

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