2024.01.12 Day11.ピュレグミがおいしいのでOKです

 今日は昼過ぎまで寝ていた。遅い食事を摂って少し休むと、無性に散歩がしたくなった。近所にある河川敷へ出かけ、ぼーっと歩いていると、恥ずかしい思い出を次々思い出して、「ウワアアアアア」と暴れたくなった。

 あ、これ疲れてるな。と冷静を取り戻した私は、気分転換に川沿いのコンビニに入った。ちょっとしたお菓子でも買って帰ろうと思ったのだ。が、ぴんとくるお菓子がなく、今月すでに結構お金を使っているので、無駄遣いはよそうと何も買わずに帰った。
 その間にも嫌な思い出の再生は続いていて、しょんぼりしながら家のお菓子置き場を覗くと……そこには以前買って食べずに置いてあった、ポケモンコラボのピュレグミがあった。

「私の求めていたのはこれだ!!!!!!!!」

 急に上機嫌になった私は、ピュレグミの封を切り、ついでにちょっと特別な紅茶を淹れて、PCに向かった――。


そういうところは厄介だなと思う

 こういう嫌な思い出の連続振り返りタイムが始まると、自分のことが嫌になる。思い出にある痛々しい自分を見ていられないし、そんな記憶を掘り出してくる自分にも嫌気がさす。
 でも、この振り返りタイムは、疲労によって生命の危機の高まった身体が、脳に指示して生き残るための記憶を掘り出している、という本能的な機能だし、小銭で買えるピュレグミ一袋で、簡単に終了できるたぐいのものだ。

自己肯定や自己否定というより

 ところで、今日のテーマは「自分の嫌いなところ」だ。Day10.で書いた通り、私には自分の特徴に対しての好き嫌いがない。前述の嫌な思い出の振り返りタイムも、厄介だなとは思うが、それが人間の仕組みなんだししょうがないよね、くらいの軽い捉え方しかしていない。
 以前なにかの本で、「自己受容」という言葉を知った。どういう意味かというと、自分を否定も肯定もせず、ただありのまま受け入れる、という意味だ。私はこの考え方を取り入れているのだと思う。ほめてもけなしても、自分はこうでしかないのだから、そのまま受け止めるのがフラットでいいじゃないか、という気持ちだ。

昼まで寝ていた理由

 それにしても、今日は昨夜2時から昼の14時まで、ぐっすり12時間睡眠をキメてしまった。腰を痛めたりはしていないが、さすがに寝すぎである。
 というのも、ここ3日間ほど、日中に活動的に過ごした上に、その興奮が収まらずに夜ふかしをして睡眠不足を蓄積する、という日々を繰り返していたのだ。そろそろ休まないと体を壊す、と思って、実は朝にちょっと目が覚めかけたのだが、起きずに寝たところもあった。

悪癖というか悪習慣

 これは私の悪癖で、限界寸前まで、あるいは限界まで、頑張ってそのあと寝込む、というサイクルを繰り返してしまう。今回は限界寸前で寝る選択をしたので、半日ですんでいるが、それでも半日である。
 最近、これはやっぱり不健康だよな、と反省した。一日の疲れはその晩にしっかり取る。一晩で回復できないような予定の詰め方は、なるべくしない。これが大人としてスマートな習慣だろう。
 頑張り屋な自分は嫌いではないが、頑張りすぎて壊れてしまっては元も子もない。直せる悪癖は直していくのが、成長だ。

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