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見えるものその先に~ヒルマ・アフ・クリントの世界~



子供の頃、音楽室の作曲家の肖像画が男性ばかりで、なんで女性がいないんだろ~って不思議だった。美術の世界のことは考えたことなかったけど、同じように、美術史に残るような女性の芸術家もいない。それは、芸術の世界が男性社会で、どんなに腕が良くても、女性のアーティストは認めてもらえない時代だったから。


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非常に優れた才能があったにもかかわらず、認められることなくこの世を去った、女性画家ヒルマ・アフ・クリントの生涯のドキュメント映画を見た。

今、彼女の作品が美術の世界を揺るがしているらしい。

「私が死んだあと20年はこの作品を世に出さないように」と親族に託して息を引き取ったためヒルマの作品も生涯も誰にも知られることがなかった。1944年のこと。そしてはじめて開かれた展覧会は2013年。

世界で一番最初に抽象画を描いたカンディンスキーやモンドリアンよりもはやくに、独自の方法で抽象画を描いていた。

19世紀終わりから20世紀はじめヨーロッパでは神智学や人智学、目に見えない世界の探求の学問がはじまった。第一人者であったシュタイナーにヒルマは絵を見せに行くが、受け入れられることはなかった。

その時代の美術の世界は、女性は立ち入ってはならないような場所だった、
そして、誰にも描くことができないような、絵を彼女は描いていた。


おそらく、男性たちはヒルマの描くアートに恐怖を感じたのではないだろうか?

あくまで、私の想像だけど、アートにしても、詩や小説にしても、女性の作品というのは「命のぬくもり」「血液のあたたかさ」のようなものを感じる。私は特に、与謝野晶子や「自分の感受性くらい、自分で守れ、ばかものよ」とうたった茨木のり子さんの作品に、男性には表現できない、「温度」のようなものを感じるのだけど

ヒルマのアートも、なんだか、そういう類の「命のあたたかさ」を作品を前にするとかんじるんじゃないかなって感じている。
2018年から2019年に開催されたニューヨークのグッゲンハイム美術館での回顧展は最高の来場者数で、多くの人の心を鷲掴みにした。と映画の中で語られている。

ヒルマが生きていた時代の男性にとってヒルマの存在は脅威であり、もしかすると、密かに、彼女のアイデアをあたかも自分が生み出したかのように使っていたのかもしれない。

女性には厳しすぎるほど厳しい時代に幻滅した彼女は
自分の作品が受け入れられる時代を見通し、
未来のために作品を残していったのではないだろうか。

今、その作品を目にして多くの人たちが感動し、衝撃を受けている。

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「美術史を覆す作品」と呼ばれ、美術史のどこに彼女を入れるべきか、議論されているというが…

天国にいる彼女にしたら、そんなこと、どうでもいいことなのかもしれない。どこかに入れ込もうとしても入れられることができなかったのだから、
それでいいんじゃないか?既存の「ジャンル」にいれてしまってはもったいない、彼女の作品はどこにも属さないものでいいんじゃないか。

彼女はたくさんの自然界のスケッチの中から、「本質」を見つめ、描いていった。「目に見えないその先」を。

私たちは、「見えるものの先にあるもの」を彼女の絵から感じとる。
感じ取ることができる人が多ければ多いほど、既存のアート業界は混乱するような気がするけど。過去は報われ未来は変わってゆく。




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