見出し画像

ノットイコール

もうすぐ20歳になる。
この世にオギャー!と生まれて20年か…と思い、自分の小さい頃はどんなだっただろうかと、昔のアルバムや保育園との連絡帳を夜な夜な見返すのが最近のマイブームだ。

ほとんど覚えてないけれど、そこには確かにあたたかい家族の記録があった。
いろいろと苦労もあったようだけど、手塩に掛けて育ててくれたのであろう母。忙しい仕事の合間を縫って、私との時間を何よりも大切にしてくれた父。まるで本当の姉弟のように、一緒に育ってきたペット達。

20歳という節目を迎えるにあたって、改めてここまで産み育てくれた両親への感謝や愛情、そして、何が変わってもこれだけは変わらない、揺るぎない確かな私のルーツを確認した。

その矢先の、『家族』がテーマのカフェゼミだった。

「なんか今の私にぴったりなテーマだな」とわくわくしながら臨んだカフェゼミだったのだが、正直なところ、感想を一言で表せば「ショッキング」だった。

まず、何より自分の中でショックだったのが、自分の中にそれはもうガチガチに固まった『幸せな家族観』があったことだ。

母は幼い頃に他界したので、私にとっての家族というのは主に父なのだが、このことで昔から周りに気遣われることが何度も何度もあった。
「大変だね」
「つらかったね」 
何度言われたかわからない言葉。
別にそんな可哀想って目で見なくていいのに…と思いながら私が返すのは「いや、全然」。

父と2人家族であることが当たり前で、私にとってはこれが『普通』だったからだ。
いろいろと不自由はあったけど、むしろ少し特殊な状況でも愛を注いで育ててくれた父のことが私は大好きでとても誇らしく、自分は幸せ者だと思っていた。

だからこそ、私が思う『幸せな家族』とは、そのまま自分の家族とイコールだった。
今のような家庭を将来築きたいと思っているし、それができれば幸せになること間違い無しだと。

傍にいてくれる。一緒に食卓を囲む。狭くて深い繋がり。素の自分でいられる。
私が大人になっても一緒に旅行に行く。楽しいことは分かち合う。共通の思い出がある。
そして、血縁関係がある。
自分と親には絶対的な繋がりがあって、親との共通点を見つけては、自分の存在という薄い線を濃くなぞるように、自分の存在を再確認していた。

挙げたらキリがないけど、これらが私の思う『幸せな家族』。

5組の家族を見ながら思っていたのは、「離れて暮らすとか無理」だった。
国内ならまだわかる。でも、国外はさすがに…。
ふとした瞬間に傍に家族がいないって寂しくない?
私の思う家族は、忙しくてすれ違いになっても家に帰ったらそこにいて…。

「自分の見慣れた世界が全てだと錯覚しやすい」
「当たり前っていうのは、ダイバーシティからすれば怖いこと。」
「他者をなぞる」

いろいろ引っかかるワードを頭の中で反芻しながら、ん?と思った。そのあとに、ハッとした。

無意識のうちに、自分の『幸せ』を押し付けていたのではないか。

自分の価値観を絶対的なものだと信じて疑わず、これが当たり前だと、狭い視野の中のことが全てだと思い込んでいた。

そのことに気付いた時、急に恐くなった。

私は今まで自分の家族の話をした時、相手から言われる言葉に対してどう思っていた?
「そんなことないのに」って思っていた。
押し付けられた他人の価値観に対して違和感を持っていたはずなのに、自分も全く同じことをしていた。

「私の思う幸せは誰かにとっても幸せに違いない。」
このことを誰かに押し付けていなかったか?今まで何度も他人と家族の話、将来の話、理想を語ってきた。私が誰かに価値観を押し付けられた時、私も自分の価値観を押し付けてはいなかったか?
ガチガチに固まった自分の幸せな家族観があることが問題なんじゃない。
ショックだったのは、それを世間一般の当たり前だと思っていた、自分の傲慢さだ。

私にとっての幸せな家族観があるように、みんなそれぞれの家族観がある。それこそ、世界の人口分あるかもしれない。
私イコール周りではない。ノットイコールだ。

ではどうすれば良かったのか。これからどうしていけばいいのか。

よくわからない。
ピンとこないなと思った時、たぶん、私はまた「えっ?」って思うだろう。
でもそこから「えっ?」で終わらせて、自分との違いを引き立てて終わるのではなくて、まずはその違いや違和感を受け止めてみたい。「受け入れる」のがまだ難しくても、「受け止める」ことはできるかもしれない。

私はまだ視野が狭くて、想像力も乏しい。『多様性』と言われても、わかるようでたぶんわかってない。

ここからどれだけその先にいけるか。
まだまだ道のりは長そう。

#MELCブログ #カフェゼミ180531_mb