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笑顔二つ PartⅠ

 昨年大晦日の記事、木更津請西小学校の二年生とあった。
 請西は「兎をめぐる冒険」なんて訪ねた土地だなぁ、そう気づいたら違うことを思い出した。
 1993年、私は京都にいた。前年に旅行代理店から葬祭業に転身すると彼女が離れていってしまい、友人が一人もいない街で夜中も働いていた。
 その年7月の選挙で、岸田首相や安倍元首相や野田元首相などが初当選する。会社の前に掲示板があり、前原誠司31歳と書いてあった。同い年だが、片や京都大学卒で府議会議員で国政に行こうとしている。こなた高卒の中途入社で京都弁が話せずからかわれるだけの31歳、だった。
 旅人と兎の逸話みたいに身を投じるしか役に立てず、骨髄バンクにドナー登録をした。だから登録日は1993.7.7である。
 10年後の2003年、噺家として独立した同日付で適合通知がきた。提供したあと文字通りの微力でお手伝いしつつ「いつか落ち着いたらもう少し時間を取ります」と言ってきた。
 地元で↑を見て「ああ、今がそのいつかだ」と思った。
  ……Part Ⅱへつづく

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