同世代の視点で書く、北条かやさんの文章はなぜ「つまらない」のか

「北条かやさんにはもう発達障害のことは書いてほしくない」という記事を書いたら、思いのほか多くの反応をいただいた。知らぬ間に某掲示板でも取り上げられた。人を批判するというのは本当に難しいことだが、傷ついたことも本当なので、思ったままに書かせていただいた。後悔はしていない。

ジェンダー問題から始まり、メンヘラ、風俗、整形、ヒモ、発達障害……シーズン物のお洋服よりも早い回転で話題をとっかえひっかえしては掲示板を賑わしている彼女だが、私にはそんなことはどうでもいい。整形しましたとか関係ない。私が興味を持っているのは、

「なぜこの方はこんなにつまらない文章を書くんだろう。ライターなのに」

この一点だけだ。



なぜ、という問いに対して多くの人が挙げるのはたぶんこれだろう。

「自分の主張がない。何を言いたいのか分からない」

これは、北条かやさんが「かや」名義でブログをやっていた頃からの癖だ。大学生の頃からブログを読んでいて、伸び代に期待、なんてえらそうなことを思ったりもしていたけれど、5年ほど経った今でも何ら変わっていないのには驚きを隠せない。

あと、同世代の立場から見て前から思っていたことだが、「この人の言語チョイス、どこかの時代で止まって」いる。わざと昭和テイストな言葉を選ぶこともあるが、そういうのとは少し違う。平成のどこかで止まってしまっている。同世代の嗅覚(?)が、そう思わせるのだ。

思い返すと、私達昭和ギリギリ生まれ世代の歩みは、ネット普及の歴史と常に横並びだった。南条あやが活躍した90年代後半。ネットは一部の人のものだった。2000年代初めの中学生の頃に携帯が普及した。それでも持ってる人は半々かそれより少ないくらいだろうか。その頃にようやくパソコンやネットが家庭に入って来た。2000年代半ばの高校時代にブログが流行。00年代後半にmixi。ツイッター。そして、Facebook、Instagram………

さて、北条さんはどこで止まっているだろう。個人的には、やはり南条あやがいた90年代後半か、2000年代前半だと思う。なぜかというと、この頃私がよく見ていたテキスト(あるいは)創作サイトの作者の文体と、ことごとく似ているからだ。いやさすがに「(爆)」を使っているのは見た事ないけれど、自分で書いて自分で突っ込む、あのどう反応していいか分からないギャグセンスはあの時代の「素人」女子そのものではないか、と思ったりする。南条あやはテンポの良さでぐいぐい読者を引っ張っていったけれど、北条さんにはその子気味よさもない。

「狙って書いて、かつスベっているからつまらない」

私なりの結論である。

彼女は「素人」から抜け出せていない。長々と書いてしまったけど、結局、それだけのことなんじゃないだろうか。何か大きなブーメランを投げてしまった気もするが、彼女は職業としてライターを名乗っているのだから、せめて先輩から学ぶなり、専門性を身につけるなりしてほしい。

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