【台本】魔術師と拾い子

魔術師と拾い子1

うん、まあ、整った顔の子だなあとは、思ってたけどね。
でもここまで美人さんになるとは、正直思ってなかったな。
ほんと、人間の成長ってのははやいしすごいねえ。

ぼくはずっとひとりで生きてきたし、
子どもの扱いなんてわからなかったからさ。
赤ん坊だった君を見つけたときも
このまま捨てておくか、どこかに置いてこようかなって
正直それから何度も思ったんだけどね。
はは、ごめんごめん。
最初もそうだったけど、
君の、ぼくを見上げる目を見てるとね、
なんというか結局、見捨てることができなかったのさ。

でもほんと、ぼくは赤ん坊も子どもも面倒を見たことがなかったから
君には不便をたくさんかけたと思うんだけど
それでもこうして、ここまで成長してくれてうれしいね。
こんな気持ちは、もうずいぶんと昔に
師匠に認めてもらったとき以来、かな。

だからね、もうじゅうぶんなんだよ。
君は立派に、人間たちの言葉を借りて言うのなら
どこへ出しても恥ずかしくないお嬢さんに成長した。
そしていわゆる成人の年齢になった。
だからもう、君は好きにしていいんだ。
ぼくの手が必要なくなったのだから、この先は君の好きに生きていいんだよ。

人間には人間の幸せ、というものがあるだろう。
君は人間で、せっかくそれが得られるというのに
なにもわざわざ捨てる必要はないんだよ。
これまでだって、何度もそう言ってきただろう?

……決めたのかい。
君は、こうと言ったら譲らないところがあるからなあ……。
まったく、誰に似たんだか。

後悔はしないかい。
君がそう言うのなら、しかたないね。

おいで。
まずは、人間であった君に、さよならをするところからだ。


魔術師と拾い子2

ああ、雨があがったね。
昨夜はよく降ったもんだけど、いい青空だ。
そうだな、じゃあ今日は薬草を探しに行くとしようか。
雨上がりは絶好の薬草探し日和だ。

君の練習用にたくさんいるしね。
まあ、君はのみ込みがはやいから、なんでもすぐものにしてしまうけど。
まったく、優秀な弟子をもってぼくは幸せだよ。

とはいってもほんとはねえ、そんなつもり、なかったんだけどね。
何度も言ったけど、ぼくは君を人間の世界に返すつもりだったんだ。
弟子に、なんて、欠片も思わなかった。
だから君がそう申し出てきたときは、それはもう青天の霹靂だったさ。
そんな考え、今までに微塵もよぎらなかったのだからね。

ぼくにもかつて師匠と呼ぶ人がいたけど、
ぼくは決して優秀な弟子ではなかった。
もう昔のことすぎてね、記憶がおぼろげだけれど
本当に、たくさん迷惑をかけてきたよ。
もちろん、だからこうして魔術師にね、なることができたわけだけど
もし仮にぼくに弟子ができたとして、
その子に、ぼくの師匠みたいに接することができる自信は、とてもじゃないがなかった。
なんとか認めてはもらったけどね、
この年になっても、師匠をこえられる気はまったくしないんだ。
まあ、ぼくは自分が今何歳なのか、もう数えるのをやめてしまったからわからないんだけど。

そうだな、君はあまりにも優秀だから、正直弟子というよりは……
連れ合い、パートナー、といった感じかな、どちらかといえば。
……おや、顔が赤いけどどうしたんだい?
熱があるようなら、このあいだ練習した解熱の薬を……
そうではない?
ふむ、ならいいんだけど。

そうだ、今夜はシチューをつくってくれるんだったね。
楽しみだな。
僕は君がつくってくれる料理の中で、シチューが一番好きなんだ。

さて、では出かけよう。
遅くならないうちに、さっさと切り上げてくるとしようか。


魔術師と拾い子3

そんな顔をするんじゃない。
これが運命だ。
魔術師だって不死身ではない。
そんなことは、わかっていただろう?

それに君だって薄々気づいていたはずだ、いつかこうなることを。
魔術師は師匠の死を、
師匠を自らの手で殺めるということを経て
はじめて一人前とされる。
そのときがきた、それだけのことだ。

こうなってしまっては、もうぼくは助からない。
助かる方法はない。
だから……君の手で、終わらせてくれ。
このままほうっておけばぼくは勝手に死ぬけど、それじゃあ意味がないんだ。

本当はね、君と正面からやり合わなくてはいけなかったんだけどね。
でも君は優しいから……
いや、違うな。
ぼくが、君と正面から向き合ったときに本気を出せるか、
戦えるかに自信がなかったんだ。
情けないね、本当に。
最後まで……頼りない師匠でごめんね。

ああ、目が霞んできた。
よく見えないけど、もう泣くのはおやめ。
これは別れではない。
君の、魔術師としての本当のはじまりなんだ。
……ぼくも、そうしてきた。
だから、なにも悲しむことはない。

そうだ、これを伝えるのを忘れていた。
君は今日から、ぼくの名を名乗るんだ。
ぼくも師匠から受け継いだ。
今の、ぼくがつけた名前は忘れるんだ、いいね。

……ほら、はやくしないと……もう自分の声も遠いんだ。
……はやく、とどめを。

ああ、本当に……ぼくは幸せだった。
君と出会えて……君と出会えたことが、ぼくの一番の幸福だったよ。

……ありがとう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?