人々はなぜフットボールを愛するのか

リバプール郊外の何の変哲も無い住宅街を抜けていくと、そのスタジアムは突然姿を現わす。アンフィールドスタジアム。リバプールFCのホームスタジアムとして過去に幾多の名勝負が繰り広げられ、伝説を生んできた。これからの未来も歴史を紡いでいくだろう。

2018年、1月14日。アンフィールドにマンチェスター・シティを迎えて行われた一戦は、そんな伝説の一つとして語り継がれるに値するスペクタクルな試合となった。

まだ改修前のアンフィールド。住宅街を抜けていくと姿を現わす。

この2チームは側から見ると実におもしろい対比をみせる。アンフィールドに通うリバプールのサポーター達は自負している。自分達はシティと対極に位置づけられる存在だと。
08年にアラブの王族が経営権を持って以来、シティは大金を投じて次々とスター選手を獲得し、チームを強化してきた。今では同じマンチェスターに本拠を置く世界的クラブ、マンチェスター・ユナイテッドに勝るとも劣らない規模のクラブへと変化を遂げている。
一方でリバプールは言わずと知れた歴史を持つクラブだ。近年は優勝から遠ざかっているとはいえ、イングランドにおいて特別な歴史を持つチームの1つであることに変わりはない。
伝統と情熱に対して、革新とマネー。この2チームを表すキーワードは両極端に位置するものだ。この一戦を前にした両雄の置かれた立場も、少なからず興味深い対比をみせている。
燃え上がる真紅をチームカラーとするリバプールは、就任2年目のドイツの知将、ユルゲン・クロップの下、前線のスピードと機動力を活かしたスリリングなフットボールを極限まで高めようとしている。
そのフットボールの要となる前線の4人、モハメド・サラー、サディオ・マネ、ロベルト・フィルミーノ、フェリペ・コウチーニョは、The Beatlesになぞらえて”ファブ・フォー(ファビラス・フォー=イカした4人組)”の愛称で呼ばれ、前半戦のプレミアリーグを席巻した。
しかし、かつてリバプールで誕生したロックバンドが最終的には分裂してしまったように、フットボール界のファブ・フォーも本家よろしく解散の運命を辿る。バルセロナからのオファーに魅了されたコウチーニョは、シーズン半ばにして新天地を求めてしまう。The Beatlesにオノ・ヨーコが現れたように。
クロップを悩ませる問題はそれだけでは無い。リバプールは魅力的な前線とは裏腹に、守備には看過できない問題を抱えている。組織としての守備に問題があるのか、個の能力に問題があるのか。恐らくその両方だろうが、比率としては後者の方がずっと高いように思われる。
GKのミニョレは安定感に乏しく、他のビック6の守護神たちと同列に語るにはいささか無理がある。ミニョレに変わり抜擢されたカリウスにしても、本業のフットボールよりも、そのモデル並みのルックスをインスタグラムに投稿することに関心を持っているように映る。CBのロブレンは目を覆いたくなるようなミスを繰り返し、そのミスを取り返そうとして空回りする悪循環。この冬の移籍市場でCBのファン・ダイクを約108億円(DF史上最高額)もの大金を投じて獲得した事実が、リバプールの守備の窮状を端的に表現している。
それでも、この一戦までの公式戦17試合負けなしという結果が示すように、乗った時の攻撃の破壊力は守備の欠点を補って余りあるものだ。
一方でスカイブルーのシティがここまで維持しているリーグ戦無敗という成績は、ペップ・グアルディオラの戦術革命がフットボールの母国をも飲み込んだことを意味している。現在のシティは、フットボール史上最高のチームと謳われた08~10年代初頭のバルセロナに比肩するのか、という議論も大袈裟ではないほどの完成度を見せている。もはや、シティがプレミアを制するのは前提として、シティはプレミアを無敗で制することができるのかという議論に人々の関心は移っている。
怪我さえ無ければ今尚絶対エースのクン・アグエロ、ペップの下で長足の進歩を遂げたスターリング、魔術師シルバ、韋駄天レロイ・サネなど前線は多士済々。後方はシティのビルドアップの質を劇的に向上させた守護神エデルソンやジョン・ストーンズなど、ペップ好みのボールプレーヤー達が並んでいる。
ただそんな彼らも、今シーズンのケビン・デブライネの前では霞んでしまう。この童顔のベルギー代表はまるで数手先の未来が見えているかのように、ピッチ上の時間と空間を支配して、シティの攻撃を1つ上の次元へと押し上げている。
デブライネを中心としてボールを支配し、相手を蹂躙していくシティのフットボールに弱点を見出すのは困難なようにみえる。実際、リバプールは9月の対戦でシティに0-5という大敗を喫している。
今回の対戦でもシティ優位は動かないという予想が大勢を占めていた。(もちろん指揮官のペップは否定するだろうが)しかしながら、シティの無敗が止まることがあるならば相手はリバプールではないかという期待感も僅かに存在していた。9月の対戦においてリバプールは、サディオ・マネが退場するまで互角に渡り合っていたからだ。

両チームのスタメン。シルバを欠いたことは、シティとって大きな痛手だった。

この試合に対するリバプールのアプローチは試合開始早々に明らかになる。シティと対戦するチームが選択する戦い方は大別して2つに分けることができる。自陣に引いてスペースを消すやり方と、前線からプレスを掛けていくやり方だ。リバプールが選択したアプローチは後者だ。というより、そもそもリバプールはそれしか選択肢がないと言った方が正しい。アグレッシブに前線からプレッシャーをかけてボールの奪還を狙うのが、クロップの志向するフットボールだからだ。
GKのエデルソンを含めたディフェンスラインで、ショートパスを繋いでいくシティのビルドアップ(攻撃の組み立て)対して、リバプールは激しいプレッシャーをかけ、それを分断しにかかる。

深い位置までプレッシャーをかけるリバプール

この特徴的なプレッシングについて、J SPORTSのデイリーサッカーニュース Foot!で紹介されていた、アレックス・オックスレイド=チェンバレンのコメントは非常に興味深いものだ。

デイリーサッカーニュースFoot!でのチェンバレンの発言。さりげない前クラブディス(笑)

クロップのリバプールがシティに対して非常に高い位置からプレッシングにいく以上、それを外されてしまえばピンチに陥るというリスクを当然覚悟しなければならない。個々の選手達が正しいタイミングで連動してプレッシングに行く必要がある。前述のチェンバレンの発言からも伺えるように、リバプールのプレッシングは非常に訓練されたものだった。選手達は明らかに本能的にプレッシングを行なっていた。

シティのビルドアップに対して、ここまでのプレッシングを実行できるのは欧州の巨星達の中でもリバプールだけだろう。クロップが完成度の高いプレッシング戦術を植え付ける監督だということだけが理由ではない。このドイツの熱血漢の理想を体現できる3人の快速アタッカーを前線に擁しているからでもある。
結局のところペップが率いるチームは、不確実性の度合いが高いフットボールというスポーツから、可能な限り不確実性を取り除こうとする。後方からの丁寧な組み立てによって”クリーン”なボールをアタッカー陣にあずけることを第一目標とする。そこから先は、クオリティの高いアタッカー陣が不確実なものをゴールという形にして確実なものに変えてくれる。
翻ってリバプールはフットボールの原点ともいえるフィジカル、スピード、ツヴァイカンプフ(1対1の勝負、デュエル)をベースとしてプレッシングを行うことで、シティを不確実性の中に引きずり込むことに成功した。結果としてシティはビルドアップに大きな困難を抱えることになる。

攻撃においてもリバプールの狙いは明確だった。リバプールの攻撃は可能な限り手数をかけず、ダイレクトにゴールを目指す事を第一目標とする。それはテクニックとスピードに優れる前線を最も効果的かつシンプルに使う最善の道だ。シティが相手であってもそれは変わらない。むしろ、シティほど高い最終ラインを保つチームは与し易いといえる。

チェンバレンの先制点。タッチライン際にサラーがいるが、チェンバレンはより直線的にゴールを目指す意識が高い。

フィルミーノのゴールの場面ではフィルミーノがストーンズのマークを受けているにもかかわらず、チェンバレンがシティのハイラインの裏にスルーパスを送ったことがゴールに繋がっている。

リバプールの素晴らしい対応によって、シティは攻撃の選択肢を限定されてしまったが、それでもシティを相手にクリーンシートを達成することは至難の業だ。シティは単独でも違いを創り出せる才能を前線に多数擁している。
シティの同点ゴールのシーンではリバプールが自陣にブロックを作り、その陣形をコンパクトに保っている。シティはそのコンパクトのゾーンディフェンスの外側、タッチライン際に張っているサネに対してロングパスを送る。
このボールに対してリバプールの右サイドバック、ジョー・ゴメスはインターセプトを狙うが目測を誤り、サネにボールを持って前を向かせる結果となる。サネのようなスピードを持つ選手に対して後手を取ってしまえば、突破を止めることは不可能に近い。ニアを抜かれたキーパーのカリウスも含めて、一瞬の選択を誤れば、シティほどのチームがそれを見逃すことはない。
リバプールの最後の失点に関しても、リバプールの守備のミスと、それを逃さないシティのレベルの高さが顕著に現れたシーンだった。

リバプールの最期の失点場面。前半から積極的にプレッシングをかけた続けた疲れもあったのかもしれないが、ボックス内でこれだけ数的優位ながらシュートを決められている。

ことなるゴールへのアプローチで試合開始早々から攻め合った2チームの激闘は、高度な戦術性もさることながら、我々にフットボールの楽しさや面白さを改めて感じさせてくれる。プレミアリーグという最高の舞台で、フットボールの醍醐味ともいえるゴールの瞬間を両チーム通じて7つも齎したのだから。
さらに、90分間の試合としてのスポーツ自体の面白さはもちろん、この2チームによるイングランドのフットボール文化、歴史を背景として、この魅力的なスポーツはより一層煌びやかに、かつ興味深いものになる。
最終的にこのクオリティの高い2つのチームの打ち合いは、シティの無敗に傷を付けるリバプールの勝利という結果に終わった。この勝利は消えかけていた優勝争いという灯をわずかに灯したということ以上に、この世に無敵のチームなど存在しないことを改めて思い出させてくれるという意義を持っていた。
試合後、勝利チームの指揮官はスカイスポーツのインタビューに興奮気味にこう答えた。
「なぜ多くの人々がフットボールを愛しているかを証明するような試合だったと思う。2つのチームがそれぞれ高いクオリティを発揮した素晴らしい試合だった。」

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