広い地球に数ある一つの物語

しめじ

この時期になると、思い出すことがあります。

ある女の子のことを。


これは、謎解きクラスタによる謎以外 Advent Calendar 2018 のためにしめじ(@shimeji_pz)が書き起こした記事であり、僕の青春の回顧録であり、教訓めいたものなどなにひとつない、淡く無残な、恋の話です。


彼女との出会いは、もう20年も前、高校入学の日でした。

性別の隔てなく氏名順の出席番号。しめじ氏が自席にたどり着くと、前の席に、彼女が座っていました。

所在無げな彼女が振り返り、初めて交わした会話は、他愛もない雑談。いや、その頃の奥手なしめじ氏には、雑談と呼べるような気のきいた話すらできず、ただ呻くような相槌しかできていなかったかもしれません。

ともあれ、その富士の白嶺のようなおデコ、今で例えるなら河北麻友子さんのようにくりっとした瞳、キリンのように口角の上がる、奥ゆかしくて可愛らしい笑い方。

なんのてらいもなくその魅力的な表情を振りまく彼女に、僕はまさに一目惚れしてしまいました。

とはいえ奥手なしめじ氏。会話は「グフォ」とか「ブビュ」とか、およそ人の声帯で発せられるもっとも耳障りな音声しか発することができません。とても彼女の気をひくようなウィットに富んだオシャレトークには発展のさせようもありません。

そのようなみにくいけだものにも、彼女は分け隔てなく天使のように接してくれました。


みにくいけだものの恋は、けだものに変化をもたらしました。そうです、高校デビューです。

幸いにしてけだものの中学からは、ほとんど同じ高校への進学者はいませんでした。けだものの過去を知らない人たちの中で、けだものは徐々に人の心を取り戻し、友人と呼べる存在を増やしていきました。

弓道を始めたのも大きかったです。高校から始めた未知の競技との出会いは、彼に真剣に部活に取り組むきっかけを与えてくれました。

クラスでは彼女…便宜的に麻友子さんと呼びましょう…を目で追い、放課後は部活にのめり込む中で、けだものはいつの間にか、普通の高校生活を送る平凡な高校生に進化していました。

しかし月日は残酷に流れます。

麻友子さんとはただのクラスメートという線をわずかにも超えることはないまま、2人は2年生になりました。
我が母校では、2〜3年生の間にクラス替えはありません。なので、ここでクラスが別れてしまったら、もう同じ教室で日常を過ごすことはなくなってしまいます。

しめじ氏はクラス発表の前日、人生でも二番目くらいの強さで神と天に祈りました。


しかし物欲センサーは正直です。

発表の日、彼が知ったのは、麻友子さんが隣のクラスで、体育は違うけど美術のは同じ枠、という、ありがたいんだかそうでないんだかよくわからない中途半端なサイコロの目でした。
神はサイコロを振るのです。いたずらに。


進学校と呼ぶには微妙な偏差値の我が校ですが、大学進学率は9割を超えているので、大体の3年生は受験に集中します。

そのため、学内の主要なポジションは概ね2年生が任されることになります。
部活の部長然り、委員会の役員然り。

先輩が大学受験のために早々に引退すると、部長の役はしめじ氏に回ってきました。
このエピソードも同輩の中で露骨な役職争いがあったり女子部員と溝ができたり闇の深い内容ではあるのですが、今回の本旨ではないので割愛します。

そして夏が過ぎたころ、各クラス代表や部活の責任者を集めた文化祭出店会議に呼ばれた若きしめじ氏は、彼女が「文化祭実行委員」の副委員長を務めることになったことを知りました。

言わずもがな、文化祭の実施・成功のために働く忙しい役職です。

しめじ氏は考えました。
これは、もしかしたらずっとできずにいた告白の、最大のチャンスかもしれない、と。

我が母校には当時、なぜか花火師の資格を持つ教員が務めていました。
そのおかげで、文化祭の後夜祭には、グラウンドに仕掛けた打ち上げ花火を打ち上げるという一大イベントが毎年行われているのです。

しめじ氏も一年生の時に、真下から見る花火は、こんなにも丸く見えるのか、と感激したのを覚えていました。打ち上げ花火は、横からではなく下から見るべきです。これは本当です。

そしてその花火の演出に一役買うのが、何を隠そう、弓道部なのです。

古い矢の先端に灯油を染み込ませたボロタオルを巻き付け、そこに火を点ける。宵闇の中、燃える矢が放物線を描いてキャンプファイヤーに着火し、そこから伸びた導火線が花火に火を付け、校庭に真円の花火を打ち上げる。

バルセロナ五輪開会式も色褪せるほどの、幻想的な景色です。その火矢を放つのが、弓道部の歴代部長であり、すなわち、今年は自分なのです。

日頃日陰に追いやられている弓道部にとって、唯一学内で輝けるのが、この日この役職でした。

それを務めるのが自分であり、麻友子さんはその演出にも関わるという。当然、本番でもすぐ近くにいることになるでしょう。

しめじ氏はもう一度考えました。
残りの学生生活の中で、このタイミングほど彼女に近く、かつ自分が主役になれることは、もうないだろう、と。

ならばその日、その花火が空を染めた時に、この胸を染め抜いている彼女への秘めた想いを伝える。それがふさわしいのではないか、と。


わずか20年ですが、当時はまだ携帯も過渡期であり、高校生が必ずしも1人一台持っているわけではない時代でした。事実、彼女は携帯を持っておらず、連絡網は彼女の家電からかかってきていたのです。

そんな時代でしたから、メールやらで気軽に告白、なんてことができたりできなかったりしたのです。告白には、それなりの覚悟と機会が必要でした。

その好機、来たれり。
しめじ氏は、その決意をそっと胸に抱きました。




今になって、僕は思うのです。
この年の文化祭、この花火が打ち上がり、大きな役割を果たした僕が、その緊張を解くことなく、実行委員席で打ち上がる花火を見上げる彼女に息を切らせて駆け寄り、たとえ周りに人がいたとしても関係ない。この火矢が成功したら、あなたに伝えたかったことがあるんです。ずっと好きでした。付き合ってください。と。
そうまっすぐに伝えることができていたら、2人はそれからどうなっていただろうか、と。

自画自賛かもしれないけれど、その瞬間の主役といってもいい人間に、そうまっすぐに伝えられたとしたら、彼女の心はどんな風に揺れただろう、と。

でもそれは、確かめることのできない歴史のifです。
その年、妙に元気の良かった秋雨前線は、秋晴れを期待する東京西部を長雨で包み込み、校門の文化祭ゲートすら半壊して文化祭前に撤去するほどの惨状を引き起こしました。

当然、花火は中止。弓道部の年に一度、彼にとっては生涯に一度の晴れ舞台も、実現することなく終わってしまいました。

意気消沈するしめじ氏の内心を知らぬ彼女には、単に火矢ができないことをがっかりしているようにしか見えなかったのでしょう。
「残念だったね、楽しみだったのに」そう話しかけて足早に次の仕事に向けて去っていきました。



それが、なんの気兼ねもせずできた、最後の会話でした。

結局、その後彼は、別の機会に彼女についに告白をするのですが、とても不恰好でダサいやり方で、落ち着いて考えたらどうしたって振られるしかない、そんな情けないやり方でしたから、もちろん、ものの見事に振られます。

その後も変に気まずい関係になってしまったせいで、廊下ですれ違っても目線を避けられたりして、卒業までその状態は解消しないまま。
携帯を持たないまま卒業した人でしたから(これは麻友子さんの親しい友人にも聞いたので事実)、その後連絡をし直すことも叶わず。

高校1年の同窓会なんてものもなかったので、以来、2度と会っていません。

年末に実家に帰ると卒業アルバムがあり、あるページを開くと、授業に耳をすませる彼女の美しい姿がそのまま現れます。
その止まったままの姿を見るたびに、あの時のいろんな思い出や、もどかしさや、懐かしさが蘇ってきて、胸がいっぱいになります。
そしてあの日の天気がもし晴れていたら、と、叶わなかったifに想いを馳せてしまうのです。



さて、ながながとお付き合いありがとうございました。

このなんの生産性もない文章に、あえて教訓のようなものをつけるとしたら、
人生は可能性の連続だ、ということです。

やり直しがきくものもあれば、きかないものもある。大切なことだからって取り戻せるかどうかはわからない。
だから人は、いま手にしている可能性を、大事にしなきゃいけない。
今大事な人がいるのであれば、大好きだと言うこと、言い続けることを怠ってはいけない、ということです。

そして、もし可能性に出会ったら、面白そうだと思ったものをぜひ選んでみてください。
それが人生を豊かにします。どんな結果でもね。


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