花様年華〜Jin side③-1.
JIN side③-1
君が気になって仕方がなかった。
理由なんてない。
ただ、もっと知りたいと思ったんだ。
まだ冷たい風が吹く日もあるけど、日本の陽射しは穏やかで柔らかく、知り合いがいないという環境が何より僕の心を解放してくれた。
桜の芽吹きはまだまだ先になりそうだ。
日本に着くなり、街から街へあてもなく歩いた。
喉が乾けば飲み、おなかが空けば食べ、疲れたら休む。
休む時には旅行で使えると便利そうな日本語を学び、すぐにそれを使ってみる。
何もかもが新鮮で、僕の心に心地よい刺激を与えてくれた。
この後はどうしよう?
明日は何をしよう?
前向きな気持ちが膨らんで時間が足りない。
仕事が思ったよりスムーズに片付き、持ち出しの準備もうまく整ったので最初の予定より長く滞在できそうな余裕が生まれていた。
そして、どこで何をしていても必ず心の中でみんなに話しかける。
テヒョン、この大盛りの肉、お前なら全部食べられるぞ。
ホソク、このホテルのベッドなら朝まで眠れるんじゃないか。
ナムジュン、この服好きそう。お揃いで着てみるか?
ジョングク、カラフルな電車見てテンション上がりそう。
ジミン、ずっと見ていられるほどきれいな夕焼けだな。
ユンギ、ホテルで一日中寝てるなんて言うなよ、外へ行こう。
僕の心の中を誰かが覗いたら、かわいそう、なんて言うかもしれない。
別にいいんだ。
みんなを忘れるために日本へ来たんじゃない。
みんなと来たかったんだよ、一緒に。
ホテルに戻る前、時間があれば寄るようになった土手がある。
僕が歩いて調べた限り、ここが一番多く桜の木が植えられている。
開花予報よりも早く、僕が桜の花を見つけるんだ。
子どもの意地のようなもので、足繁く通っていた。
もう3月も半ば近くだが、ものすごく寒い日があった。
冷たい風が吹き、太陽も厚い雲に隠れてしまっていた。
ホテル近くの本屋へ行き、新しいガイドブックを購入した。
ITの仕事をしているのに、僕は紙が好きだ。
電子書籍やネット検索も便利だが、紙をめくる質感や音、ゆっくりと本の世界に浸っていく感覚が心地よい。
本屋を出てウキウキで歩きはじめた途端、ただならぬ雰囲気を感じた。
うわ...
こんな街中で痴話喧嘩?
韓国でもドラマでしか見ないよ...
うーん、見てる感じ、女性がフラれたのかな。
あ、あの男性が横の女性と浮気して?
にしては悪いと思ってないよな。
周りの人はみな見て見ぬフリで通り過ぎていくのに僕はどうしても目が離せなくなり、ビルの陰から行く末を見守っていた。
僕ってこんな野次馬根性あったんだ...
ん?
あの人、電話してる...
なんだろ...
え。
えーーーっ!?
その女性は持っていたカバンを男性の大変大切なところへ投げつけた。
なんっか...
ゴンッて聞こえた気がしたけど!?
あれはダメだよ、起き上がれないよ...
ただ見てるだけの僕でさえ寒気がした。
その女性は数メートル先の小道へ入った。
もちろん男性は青い顔をして座り込んでいる。
強いなぁ...
こんな人通りの多いところでフラれても、ちゃんと仕返しするなんて。
旅の恥はかき捨て。
僕はなぜだか、その女性がどんな顔をしているか見たくなった。
もういないかも知れない。
少し迷ったものの、女性が曲がった小道まで近寄ってみた。
曲がり角からさらに数メートル入ったところで...
彼女は泣いていた。
声も出さず。
嗚咽も漏らさず。
真っ直ぐ、向かいの壁に目を見開いて。
ただ座り込んで涙を流していた。
そう...だよな。
普通泣くよな。
腹立ったからあんなことしたわけで。
好きだったんだろうな...
こういう時って!
ハンカチ渡したりする?
いやぁ不審者!それはダメだ。
水を買ってこようか。
ってそれもドラマの中の話!
僕は目の前で泣いている、たかが10分ほど前に見かけた彼女がなぜこんなに気になってしまうのか、分からないままあれこれ考えていた。
街中で女性が泣いてる。
大丈夫ですか?って声かけるだけならいいかな?
別に心配なだけだし!
こじつけな理由を盾に声をかける決心がついた僕は彼女に向き直った。
が、そこに彼女の姿はなかった。
僕が一人で考えてる間に...
どこに行ったんだろう?
変なこと考えたりしないよね...?
もう誰も。
僕の前からいなくなってほしくないのに。
つづく→
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