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花様年華〜20.

20.

ねぇジン。
ジンのために奔走する私の姿は周りからは滑稽に見えてたりするのかな?


「...というわけなので、被験者の体調を管理しながらリリーフピリオドを短縮できないかと」

恋人のわがままにまんまと乗せられ、仕事に影響が出てる。
そんな私を、意外にも東条先輩は気の毒そうに見ていた。

「なぁ...お前、本当にそれでいいのか?」

いいか悪いか、じゃない。
ジンの納得いく形で早く試験を終わらせたい。
これが私の本音だ。

「被験者本人が望んでいますし、体調も良いようですので短縮自体には問題ないと思います」

「短縮自体には?他に何か問題が?」

ジンが...
今まで以上に過去に固執する可能性は否めない。

「あまりに短期間でタイムリープを繰り返すと本当に自分のいるべき場所は過去なんじゃないかと脳が勘違いする。その脳の不安定さに心は簡単に引っ張られる。それ分かってて申請してるんだよな?」

東条先輩が静かな口調で念を押す。
本当に心配しているんだろう。

「もちろんです。リリーフピリオドを調整して、試験期間内に合計13回行うよう変更申請します」

こめかみに当てたペン先を東条先輩は書類へ向かわせる。

「客観的に被験者の状態を見て試験を増やすのには特に問題はない。注視すれば乗り越えられる」

「はい、私もそう思います」

差し出された申請書類を受け取る。
あとは所長に提出すれば受理されるだろう。

「俺が前向きじゃないのはお前のことがあるからだよ」

...私のこと?

「ちょっと彼氏くんの正常化がうまくいかなかっただけでピーピー泣きやがって。いい大人がっ!」

めちゃくちゃバカにした言い方。

いや、でも確かにその通り...
冷静さを欠いていた私の代わりにジンをきちんと過去へ送ってくれたのは東条先輩だ。

「分かってます。ですが...」

堂々とヌナと幸せになりたい。
その言葉を現実にしたいのはジンだけじゃない。
むしろ私の方こそ、ジンと幸せになりたい。

過去という暗闇に埋もれたジンが少しでも早く私の元へ帰ってきてくれる日が、待ち遠しくて仕方ないのだ。

だけど、この気持ちをそのまま東条先輩に伝えるわけにはいかない。
公私混同も甚だしい。

選ぶべき言葉が見つからない私に東条先輩がため息で時間切れを知らせた。

「あーもう。分かった分かった。こっちには言えない事情があるってことで、なんとなく察しがつくよ」

「すっ...すみませんっ...」

「口の立つお前が彼氏くんのことになると途端に臆病になる。迷って悩んで簡単な答えにもつまづく」

情けないやら恥ずかしいやら...
っていうか先輩。
私のことそんなふうに思ってたんだ。
出会ってから長いけど意外と...見られてたんだな。

「申請受理されたらすぐ次の試験の準備に取り掛かる。スケジュール前倒しになるから、プラン変更と試験室の予約、精査し直して明日中に研究員に連絡入れとけよ」

そう言いながら東条先輩は白衣を脱いで退勤の準備を始めた。

「あれ、早退ですか?」

東条先輩のデスクのカレンダーに目をやると、今日の日付の下に小さく○印が書かれてある。

「あっ...すみません、今日は...」

今日は東条先輩のお母様の命日だ。
東条先輩が大学院生の頃、病気で亡くなったと聞いている。
お父様と一緒に花を手向け、食事の席でお母様との思い出話をするのが、自分たちなりの供養だと話してくれたことがあった。

「うん、悪いな、忙しい時に」

「いえ!むしろお時間頂いてしまってすみませんでしたっ」

勢いよく下げた私の頭に、東条先輩の手のひらがポンと乗る。

「うん。明日なに食わせてもらえんのかな」

東条先輩は長めのコートを翻し、研究エリアを退室した。

「私...年間で何回ランチおごってるんだろ...」

手元の申請書をすぐに所長宛に送付する。
紙ベースでの決裁は、最近ではかなりアナログだが私は好きだ。
きちんと気持ちを乗せられる気がする。

次の日の夕方には申請が受理され、早速リリーフピリオドが短縮された。

ジンのタイムリープ臨床試験は後半戦へと突入した。

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