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ようこそ、美麗なる地獄の旅へ。 ジロ・デ・イタリア2021 勝手にプレビュー

ようこそ、最も美しいグランツールの世界へ――。とっておきの地獄の旅路が5月8日、いよいよスタートの時を迎える。

1万2000文字の長い記事です。ご注意ください。

3週間にわたって行われる三つの自転車レースを「グランツール」と呼称する。そのうち最も名高いのが、誰しもが一度は聞いたことがある「ツール・ド・フランス」だ。しかし、レースの美しさにおいて飛び抜けているのは、5月8日に開幕する「ジロ・デ・イタリア」に違いない。

ライダーたちは油彩画に描かれるような美しい村々をつなぎ、雪の残る山肌、青い海を横目に駆け抜ける。リーダーに与えられるジャージーはピンク色だ。冬から春、春から夏へと移ろうイタリアの高嶺に、勝者の色はいっそう映える。今年はJ SPORTSでの放送が再開される。テレビならではの高精細な映像は、ジロの世界をリアルに、鮮明に、届けてくれるだろう。(GCN+でも配信あり)

昨シーズンは新型コロナウイルスの感染拡大のために5月から10月にずれ込み、イネオス・グレナディアーズのテイオ・ゲイガンハートが総合優勝を成し遂げた。最終ステージの個人タイムトライアルで逆転するという劇的な展開での戴冠だった。

ただ、ゲイガンハートは今年の大会はエントリーしていない。それに今年の総合優勝や各賞ジャージーを占おうにも、やはり秋開催と春開催ではコンディションが異なるため、昨年がどうだったかはあまり参考にはならない。去年のレースとは無関係に、今年の大会を俯瞰したい。

23チームが出場 新城の名も

今大会も全21ステージで行われ、第1ステージと最後の第21ステージは一人ずつ走る個人タイムトライアル。それ以外のステージはチームで助け合いながらゴールを目指す、通常のロードレースだ。公式サイトによれば、総走行距離は3479キロ、総獲得標高は4万7000メートル。数字は果てしない。

参加するのはトップカテゴリーの「UCIワールドチーム」全19チームと、セカンドカテゴリーの「UCIプロチーム」から成績などの理由で選ばれた4チームの計23チーム。各チーム8人構成で、計184人が出走する。UCIワールドチームのバーレーン・ヴィクトリアスに所属する新城幸也もエントリーしている。

レーサーにとっての栄誉である特別賞ジャージーは4種類で、以下の通り。

個人総合時間賞(マリア・ローザ/ピンク色):走破に要した「時間」が最も短い選手に与えられる賞。山岳に強く、個人タイムトライアルでも好成績を挙げる「総合系」と呼ばれる選手が獲得する。最も名誉ある賞。
ポイント賞(マリア・チクラミーノ/紫色):各ステージのゴール地点とスプリントポイント地点の「通過順位」に応じて与えられるポイントの最も多い選手が表彰される。平坦ステージでのポイント配分が高く、「スプリンター」と呼ばれる選手が獲得する傾向にある。
山岳賞(マリア・アッズーラ/青色):登坂の頂上地点に設けられた山岳地点の「通過順位」に応じて与えられるポイントの合計を競う。ステージによっては複数の山岳地点が設けられるため、「逃げ」に乗った選手が獲得する傾向にあるが、今大会は山岳地点とゴールが一緒になる山頂フィニッシュも多い。総合優勝狙いの選手が結果的に獲得する可能性もある。
新人賞(マリア・ビアンカ/白色):個人総合時間賞のヤングライダー版。25歳以下で総合時間の最も短い(速い)選手に与えられる。

※ここに述べた以外に表彰対象となる賞として、チーム賞、中間ポイント賞、敢闘賞、逃げ賞、チームフェアプレー賞がある(2020年時点)

総合優勝は誰の手に?

前置きが長くなりすぎたが、まずは総合時間賞で上位を争う選手たちを列挙すると、

エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ/コロンビア/No.1)
アレクサンドル・ウラソフ(アスタナ・プレミアテック/ロシア/No.41)
ミケル・ランダ(バーレーン・ヴィクトリアス/スペイン/No.51)
エマニュエル・ブッフマン(ボーラ・ハンスグローエ/ドイツ/No.75)
レムコ・エヴェネプール(ドゥクーニンク・クイックステップ/ベルギー/No.91)
ジョアン・アルメイダ(ドゥクーニンク・クイックステップ/ポルトガル/No.92)
ヒュー・カーシー(EFエデュケーション・NIPPO/アメリカ/No.101)
ダン・マーティン(イスラエル・スタートアップネーション/イタリア/No.141)
ジョージ・ベネット(ユンボ・ヴィスマ/オーストラリア/No.151)
マルク・ソレル(モビスター/スペイン/No.171)
サイモン・イェーツ(バイクエクスチェンジ/イギリス/No.181)
ジェイ・ヒンドレー(DSM/オーストラリア/NO.191)
ロマン・バルデ(DSM/フランス/No.193)
ヴィンチェンツォ・ニバリ(トレック・セガフレード/イタリア/No.211)
ダビデ・フォルモロ(UAE・チームエミレーツ/イタリア/No.221)
※名前/チーム/出身国/今大会のゼッケンナンバー

といった面々になる。

このうち、実際に優勝争いに絡むのは、サイモン・イェーツなど一部に限られるはずだが、圧倒的な強さを誇る選手はいない。ヴィンチェンツォ・ニバリは大会1カ月前に手首を骨折。ベルナルも万全のコンディションとは言いがたい。ウラソフやエヴェネプールは実力があるが、春のグランツールでどこまで走れるかは未知数だ。

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計算できる選手という意味で言えば、やはりサイモン・イェーツが少しだけリードしている。前哨戦のツアー・オブ・ジ・アルプスで総合優勝するなど、調子は良い。チームはアシストも平地系、山岳系とそれぞれを揃え、死角はなさそうだ。ただ、集団を圧倒的なパワーでコントロールできる布陣とは言えず、全21ステージのうちの早い段階でマリア・ローザに袖を通してしまうと、アシストを疲弊させてしまうリスクもある。幸いにして今年の序盤戦はスプリンターチームが上位を連ねそうだが――。

とはいえ、個人の総合力、チームの布陣を見ても、サイモン・イェーツが総合優勝する可能性は高い。ヒュー・カーシー、エマニュエル・ブッフマンも対抗馬になりうる。

ダブルエース体制のようなチームもある。ドゥクーニンク・クイックステップとバーレーン・ヴィクトリアスもその一つだ。ドゥクーニンク・クイックステップでは春先の1週間程度のステージレースでジョアン・アルメイダとレムコ・エヴェネプールも好成績を挙げている。しかし、チームそのものはワンデーレースの専門家のような集団で、監督(スポーツ・ダイレクター)には総合系ライダーだったダヴィデ・ブラマティも帯同するが、十分な布陣とは言いがたい。あくまでも個人の力に頼った3週間になるだろう。

バーレーン・ヴィクトリアスはミケル・ランダとペッロ・ビルバオの二人のスペイン人ライダーが総合系の有力選手。ランダは今年のティレーノ・アドリアティコで総合3位、ビルバオはツアー・オブ・ジ・アルプスでサイモン・イェーツに次ぐ2位に入った。不安は横風が吹き荒れた時だ。アシストは山岳系の選手が多く、平坦での一つの間違いが取り返しのつかない差を生む。それでも経験豊富な36歳のグランツールレーサー、新城幸也がいるのは心強い。

各賞も接戦予想

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ポイント賞はペーター・サガン(ボーラ・ハンスグローエ/スロバキア/No.71)とティム・メルリエ(アルペシン・フェニックス/ベルギー/No.21)の勝負になりそうだ。スプリンターでは、カレブ・ユアン(ロット・スーダル/オーストラリア/No.161)、ジャコモ・ニッツォーロ(クベカ・アソス/イタリア/No.201)、フェルナンド・ガヴィリア(UAEチームエミレーツ/コロンビア/No.225)などもエントリーしているが、ステージ争いに絡むくらいだろう。山をこなした先にあるスプリントポイントまで残れるのは経験値の高いサガンに他ならない。

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ロマン・バルデを予想する。チームのエースは一応、ジェイ・ヒンドレーだが、そこそこの戦いに終始してしまうかもしれない。そうなると、結果的にステージ勝利や山岳賞に狙いを絞ったような戦略になっていくのではないか。

バルデは今年、総合系の名門チーム・AG2Rシトロエンでの活躍を引っ提げてのDSMへの移籍となった。残念ながらツール・ド・フランスでの優勝は果たせていないが、要因の一つが個人タイムトライアルで後塵を拝したから。とはいえ、バルデが遅いわけではなく、相手がクリス・フルームだったのが彼にとっては災いしただけだとも言える。

今年は飛び抜けた総合系タイムトライアラーがいるわけではないため、チームはバルデを単独エースにしても十分に戦える。それなら彼は山岳で時間は稼いでも、ポイントを稼ぐ必要などはないが…。チーム戦略とバルデの本心がぴたりと合っているとは限らない。

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新人賞を獲得するのはドゥクーニンク・クイックステップのいずれか。つまり、ジョアン・アルメイダかレムコ・エヴェネプールになるだろう。ここではエヴェネプールとしておきたい。新人賞(やチーム賞)は得ようとして得るというよりも、結果的に手にできるような性格が強いため、ことさらに開幕前に取り上げる必要はなさそうだ。

今大会の最年少ライダーはアンドリー・ポノマー(アンロドーニジョカトーリ・シデルメック)で18歳。新人賞対象者は49人を数える。

前半戦は眠い。寝てもいい?

今年のコース全般を見渡せば、間違いなく序盤戦は眠い。第8ステージが終わるまでは、総合優勝を争うような選手たちが活躍する場はない。近年のグランツールでは、早々に厳しい山岳が一つだけあり、そこで遅れて「勝負権を失う選手」が出てくるのが常だが(それでも2018年にクリス・フルーム、20年にチーム・イネオス勢は大逆転をやってのけるのだが!)、今年はそんなステージもない。

では、平穏無事かといえば、首を縦にすんなりとは振れない。2015年のツール・ド・フランスでは平坦が続いた序盤戦で落車が続発。リーダージャージーを着ていたファビアン・カンチェラーラ(トレック=当時)は第3ステージの大落車に巻き込まれ、そのあとにリーダーとなったトニー・マルティン(エティックス・クイックステップ=当時)も第6ステージで落車してリタイアに追い込まれた。

平坦での接戦は、思わぬリスクを内包する。とはいえ、何かが起きる確率と何も起きない確率は後者のほうが高い値を示すだろう。序盤戦、世界の視聴者はイタリアの美しい景色を存分に堪能する。それが日本において、睡魔との戦いを意味していたとしても。

文字通りの山場はレースの後半にやってくる。各ステージの展開予想とステージごとの優勝予想は次に列挙する。

睡魔との戦い、風との戦い

第1ステージ
コース:Torino
種別:個人タイムトライアル
距離:8.6km
優勝予想:フィリッポ・ガンナ(イネオス・グレナディアーズ)

今年のジロ・デ・イタリアはトリノでの短いタイムトライアルでスタートする。距離が短く、さらに直角でのカーブも複数入ってくるため、タイムトライアルスペシャリストとはいえ簡単な戦いにはならない。数秒以内に何人もが入ってくる接戦になる。雨さえ降らなければ平穏な一日になるかもしれないが、川沿いを走るため「風」、トラムの線路があるため雨天時の「路面」にも注意は求められる。この日だけはカメラが一つの都市に張り付く。トリノの美しい風景を、イタリア人のテレビクルーたちは腕を鳴らして世界へと発信するだろう。

第2ステージ
コース:Stupinigi~Novara
種別:平坦
距離:179km
優勝予想:エリア・ヴィヴィアーニ(コフィディス・ソリュシオンクレディ)

途中に4級山岳ポイントが一つだけ用意された。それさえ取れば、三日どころか「一日天下」だったとしても山岳ジャージーに袖を通せるだけに、若手やワイルドカードで参加のチームには挑戦する価値がある。とはいえ、基本的には平坦で、後半に二つあるスプリントポイントの前後で逃げも吸収される。勝利に飢えたイタリア人スプリンターが、自分の存在を誇示するためにも集団スプリントを制したい。ただし、穀倉地帯を走るステージは風が付きもの。ゴールまで30キロ圏内にある飛行場の滑走路で進行方向と平行に走っているものはない。それはつまり、横風の暗示である。

第3ステージ
コース:Biella~Canale
種別:平坦
距離:190km
優勝予想:ペーター・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)

ステージの後半に3級、4級、4級のカテゴリー山岳があり、ゴールの15キロほど手前にある「スプリントポイント」も2.6キロ、平均勾配6.8%の坂道を登った先にある。ピュアスプリンターは脚を削られるだろうし、カレブ・ユアンはすでにオフ・ザ・バック(後ろに取り残された集団)だ。勝負権がある選手は限られる。削るか、削られるかの攻防こそが、このステージの見どころだ。

第4ステージ
コース:Piacenza~Sestola
種別:中級山岳
距離:187km
優勝予想:クレメント・シャンプッサン(AG2Rシトロエン)

登ったり下ったりを繰り返して、2級山岳地点でもあるセストラにゴールする。もしプロトン(集団)の計算が狂えば、逃げ切りもある。なんといっても、リーダージャージーを着ているのはスプリンターチームで、むろんこの日の勝利は諦めている。しかし、総合系のリーダーを抱えるチームにとっては、2級山岳は簡単すぎて勝負どころではない。今日は集団の統率者は不在。目の色を変えているとしたら、マリア・ローザを夢見る若者か、あるいはクラシックハンターだけだ。ツール・ド・ロマンディーのワンデーレースのような第2ステージで4位に入った5月生まれの若人は、チームも、彼自身も、その条件を満たしている。

第5ステージ
コース:Modena~Cattolica
種別:平坦
距離:177km
優勝予想:カレブ・ユアン(ロット・スーダル)

トリノをスタートした今大会は、イタリア北部の内陸を走ってきたが、5日目の最後にようやく青い海を目にする。ゴール地点のカットーリカはアドリア海に面したリゾート地だ。コースも単純そのもの。定規で線を引くように、スタート地点から南東へと直線的に下ってゆく。何も起きない。テレビはイモラとミサノのサーキットを眠たそうに映すだろう。もしエンジンの付いた2輪や4輪に興味がなければ、今日は残り10キロから見たって眠気との戦いになる。勝負が集約されるのは残り数キロ。ポケットロケットことカレブ・ユアンは今日のバトルを逃しはしない。

第6ステージ
コース:Grotte di Frasassi~Ascoli Piceno
種別:中級山岳
距離:160km
優勝予想:ゴルカ・イザギレ(アスタナ・プレミアテック)

今年の主催者はまだ総合系の争いをさせたくはないようだ。この日は2級山岳と3級山岳の連続した登坂をこなし、一度平地まで下ったのち、再び2級山岳を登って古い街並みが残るアスコリ・ピチェーノにゴールする。最後は約15キロのだらだらとした上り坂。総合系の選手たちはアシストを一人か二人は従えてゴールに向かう。飛び出すライダーがいるとすれば、サブエース級の選手たちだろう。つまり、ゴルカ・イザギレやペッロ・ビルバオ(バーレーン・ヴィクトリアス)だ。最終登坂での彼らの仕掛けは容認されるかもしれない。

第7ステージ
コース:Notaresco~Termoli
種別:平坦
距離:181km
優勝予想:ペーター・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)

アドリア海沿いを南下していく平坦ステージだ。落とし穴はない。いや、落とし穴がないと思っているライダーこそ、誰一人としていないだろう。彼らが警戒しているのは海沿いの風。そして最後の最後に用意されたちょっとした上り坂だ。残り2キロは少しだけ登る。パンチ力はないが、風やスピードのアップダウンに疲弊したスプリンターには効いてしまう。それでも今年のミラノ~サンレモで上位に飛び込んだ元アルカンシェル、ペーター・サガンには、坂の攻撃はかすりもしない。

第8ステージ
コース:Foggia~Guardia Sanframondi
種別:中級山岳
距離:170km
優勝予想:レムコ・エヴェネプール(ドゥクーニンク・クイックステップ)

コースの中央に2級山岳があり、さらに最後は4級山岳を登る。開幕から1週間以上が経ち、今大会の最南端を走るステージに至ったが、それでもなお総合系のチームはまだ我慢しなければならない。最後の3キロは平均勾配6.7%で、最大では8%前後の登坂が含まれるが、このくらいで振り落とされる総合系のライダーがいたら、休息日よりも先はテレビの前へと移らねばならない。ただし、登坂力とスプリント力を兼ね備えている選手なら、最後の1キロで勝負に出るのも許されよう。エヴェネプールがマリア・ローザに手を伸ばすとしたら、格好のステージだ。

第9ステージ
コース:Castel di Sangro~Campo Felice, Rocca di Cambio
種別:上級山岳
距離:158km
優勝予想:マルク・ソレル(モビスター)

今日こそはスタート地点に緊張が走っている。テレビ中継の最初に映されるスタート前の選手たちは、アイウェアとマスクで顔がほとんど覆われているとはいえ、こわばった表情が感じられる。フィニッシュラインは1級山岳のロッカ・ディ・カンピオの高原地帯に引かれた。終盤は3キロ弱のトンネルと1.6キロの未舗装路があり、最大勾配は14%にも上る。2019年のブエルタ・ア・エスパーニャ第9ステージで雨の悪路を駆け上がり、ナイロ・キンタナと一悶着あったマルク・ソレルが、再びの悪路で真の実力を示せるかもしれない。

第10ステージ
コース:L’Aquila~Foligno
種別:平坦
距離:139km
優勝予想:ティム・メルリエ(アルペシン・フェニックス)

前日の山岳から一転、わずか139キロの短い平坦ステージが組まれた。翌日はようやくの休息日。スタート直後にできる逃げを残り20キロくらいで掴まえて、あっさりとゴール勝負に持ち込むだろう。しかし、第9ステージの疲れが残っているスプリンターもいるはずだ。ゴール前のトレインが機能するかはスプリンター本人とアシスト数人の疲労次第。セカンドレベルチームとはいえ、実力者が揃うアルペシン・フェニックスには可能性がある。

(休息日/5月18日)

そして地獄は目覚める

第11ステージ
コース:Perugia~Montalcino
種別:中級山岳
距離:162km
優勝予想:エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)

162キロのうち、35キロは未舗装路。白い道を意味する春のワンデーレース「ストラーデ・ビアンケ」のコースを取り入れる。ストラーデ・ビアンケの未舗装路区間は約70キロで、それに比べれば短いが、グランツールレーサーには刺激的なものとなる。ただ、石畳よりは与しやすく、軽いライダーが吹っ飛ぶようなことはない。ストラーデ・ビアンケの近年の優勝者は確かにマチュー・ファン・デル・プール、ワウト・ファンアールト、ジュリアン・アラフィリップ(いずれも今大会不出場)の面々だが、エガン・ベルナルも上位に入っていることを忘れてはならない。総合系は十分に残って戦えるステージになる。

第12ステージ
コース:Siena~Bagno di Romagna
種別:中級山岳
距離:212km
優勝予想:ルイス・レオン・サンチェス(アスタナ・プレミアテック)

長い212キロのコースに3級、2級、2級、3級の順で山岳ポイントが用意され、最後は3級山岳(パッソ・デル・カルナイオ)を下ってゴールする。仕掛けどころの多いステージだ。スプリンターが残れないということだけは確かだが、あとは選手次第だ。総合系で遅れている選手は数秒でも縮めようとレースペースを上げて、難しい一日にするだろう。仕掛ける選手次第では集団がばらばらになり、小集団のスプリントになるかもしれない。レースを面白くするか、波風の立たないステージにするかは、選手の判断に委ねられている。

第13ステージ
コース:Ravenna~Verona
種別:平坦
距離:198km
優勝予想:フェルナンド・ガヴィリア(UAEチームエミレーツ)

安心してほしい。我々は第5ステージの録画を巻き戻しているのではない。これは第13ステージ。プロトン(集団)はアドリア海を背にしてスタートし、北西へと進んでいく。198キロの平坦は山岳ポイントもない。フェラーラからマントヴァまでのレース中間部はポー川に沿うが、レースは残り50キロでポー川を離れると同時に、90度方向を変え、北東のヴェローナに向かう。やはり道は平坦。敵は今日も横風だ。ところでレースは135キロ(残り63キロ)地点の前後でポー川に注ぐ運河を渡るが、ここ(ゴヴェルノロ郊外)にはデルタ状の川の交差点がある。日本では考えられないような人工地形をイタリアの放送局は映してくれるだろうか。

第14ステージ
コース:Cittadella~Monte Zoncolan
種別:上級山岳
距離:205km
優勝予想:サイモン・イェーツ(バイクエクスチェンジ)

牙をむくモンテ・ゾンコランにフィニッシュする注目のステージだ。205キロの長距離ステージだが、ハイライトはもちろん最後に用意されたゾンコラン。今年は東側のストリオから登っていく。麓からの登坂距離は14キロで、平均勾配は8.5%と数字はそれほど”ひどい”ものではない。ただし、残りの4キロは平均勾配13%、最大勾配27%という狂いっぷりで、実力者だけに勝負する資格がある。

ゾンコランは王者にしか微笑んでくれない。西側から登った2018年も第14ステージでゾンコランを目指した。このときはクリス・フルーム(スカイ=当時)が両手を突き上げ、サイモン・イェーツ(ミッチェルトン・スコット=当時)は6秒差の2位。これが同年の第19ステージに起きる歴史的逆転劇の布石になった。

今年は2003年以来の東側からの登坂。18年前はジルベルト・シモーニ(サエコ=当時)が第12ステージにやってきた魔の山を2位に34秒差を付けて勝利し、もちろん同年の総合優勝を成し遂げている。ゾンコランは今年、覇者を狙うサイモン・イェーツに笑顔を届けてくれるだろうか。そして、スプリンターを含む多くのライダーはタイムアウトとの戦いになる。

第15ステージ
コース:Grado~Gorizia
種別:中級山岳
距離:147km
優勝予想:レミ・カヴァニャ(ドゥクーニンク・クイックステップ)

アドリア海北端部の潟に突き出したグラードをスタートし、同じ丘を3度、登ったり下ったりして、スロベニア国境の街、ゴリツィアにゴールする。スロベニアとの国境も何度も往来するステージだ。ジロの主催者は、もしかしたらスロベニア人ライダーが凱旋するという粋な計らいを用意したのかもしれない。今年のスロベニアンはバーレーン・ヴィクトリアスのヤン・トラトニックとマテイ・モホリッチの二人。このコースを考えたディレクターとコースを誘致したであろう地元自治体の担当者が頭を抱えていなければいいが。いずれにせよ、粒ぞろいの先頭集団ができ、逃げ切る可能性はある。逃げ職人、トーマス・デヘント(ロット・スーダル)が勝負に出るかどうかも、鍵を握る。

第16ステージ
コース:Sacile~Cortina d’Ampezzo
種別:上級山岳
距離:212km
優勝予想:ヴィンチェンツォ・ニバリ(トレック・セガフレード)

今日の旅を始める街、サチーレは標高30メートル。そして、レースはアルプス山脈を構成する険しいドロミテ山塊へと挑んでいく。後半に1級、超級、1級の三つのカテゴリー山岳が用意され、超級のポルドイ峠は標高2239メートル。ここが今年の最高標高地点で、特別賞「チマ・コッピ」が設定された。日本で言えば鳥海山や至仏山の頂上に麓から自転車で登っていくというものだ。サチーレでマリア・ローザに袖を通していたレーサーは守りの走りをするだろう。逆転を狙いたい選手が仕掛けの狼煙を上げるなら、今日は逃したくない。

(休息日/5月25日)

それは拷問のようであり…

第17ステージ
コース:Canazei~Sega di Ala
種別:上級山岳
距離:193km
優勝予想:ルディ・モラール(グルパマFDJ)

休息日明けの水曜日。スタート地点からはだらだらと下っていくが、そこにゴールはなく、二度も1級山岳を登らされる! 休み明けに逃げ切り容認の移動ステージを設けようという考えはない。最後の登坂はくせ者だ。序盤はつづら折りで10%超の勾配があり、ゴールまでの3キロは直線的に登る。総合表彰台を争う選手たちは互いをマークしあうだろう。勝てるとすれば、そのマークが緩くなる一部のクライマーだけだ。

第18ステージ
コース:Rovereto~Stradella
種別:平坦
距離:231km
優勝予想:新城幸也(バーレーン・ヴィクトリアス)

アルプスを背に走り続けるプロトンは、最後にちょっとした丘を4つ越えて、ストラデッラにフィニッシュする。最大でも200メートルほどしか登らないが、スプリンターが残れるだろうか。いや、そもそもこのステージまでスプリンターは残れているだろうか。このくらいの登りをこなして今日のゴールに先着できるのは、スプリント力があり、逃げに乗れる嗅覚も持ったパンチャーだ。2014年のアムステルゴールドレースで10位に入り、2019年のブエルタ・ア・エスパーニャでは厳しい登坂をこなしたあとのマドリード凱旋ステージで15位に飛び込んだユキヤなら、可能性はある。エースを守る仕事から離れ、今日は戦いに挑む自由を手にしたい。

第19ステージ
コース:Abbiategrasso~Alpe di Mera
種別:上級山岳
距離:176km
優勝予想:アレクサンドル・ウラソフ(アスタナ・プレミアテック)

ゴール地点のアルプ・ディ・メラは1級山岳の頂上。約10キロの登坂距離があり、平均8.9%の勾配で登っていく。雄大な景色の中に引かれた、くねくねとしたきつい登坂路だ。この日のルートは1級山岳、3級山岳、1級山岳(アルプ・ディ・メラ)と登ったり下ったりを繰り返すが、問題は途中の3級山岳「コルマ峠」だ。3級山岳の顔をしているが、ジロ後半に出てくる3級山岳が普通であるはずがない。勾配が一定ではなく、仕掛けどころが多い。最後の登坂とセットで、ここから動くなら誰にでも勝機はある。

第20ステージ
コース:Verbania~Valle Spluga-Alpe Motta
種別:上級山岳
距離:164km
優勝予想:エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)

長くはない164キロのコースに1級山岳を三つ、詰め込んだ。今日もまた登りゴールだ。もし拷問という言葉を使うことができるなら、これは拷問でしかない。昨日までもひどい山に登らされたが、第20ステージも山。それで終わりかと思えば、明日もパレードにはならず、個人タイムトライアルを戦う脚を残さねばならない。鬱屈を抱えたプロトンはマッジョーレ湖の美しい青に、旅人とは違う感傷を抱きながら走り始め、スイス国境を越えて再びアルプスに挑む。もしかしたら、雪か感染症に伴うボーダーコントロールでコースは変わるかもしれないが、そうなれば単に前日の山に登らされるだけだろう。どうやったって拷問の地獄には変わりない。

第21ステージ
コース:Senago~Milan
種別:個人タイムトライアル
距離:30.3km
優勝予想:ヴィクトール・カンペナールツ(クベカ・アソス)

2020年は15キロの個人タイムトライアルで逆転劇が起きた。ゲイガンハートが最終ステージのタイムトライアルで好タイムを叩き出し、マリア・ローザを着用していたジェイ・ヒンドレー(サンウェブ=当時)を下したのだ。今年は30キロと長い。コースは第1計測地点と第2計測地点の間がテクニカルだが、それを過ぎれば直線が続く。1分以内の差であれば容易にひっくり返すことができる。タイムトライアルが苦手なライダーならば、ライバルから90秒くらいの差は得ていたい。ステージはガンナ、カンペナールツなどが有力だ。エヴェネプールも総合争いのライバルを置き去りにするだろう。

呪い、地獄、そして華

全くの余談になるが、解説者でお馴染みの元プロロードレーサー、栗村修さんもサイモン・イェーツを優勝予想している。一抹どころではない不安を視聴者、特にJ SPORTSの視聴者は感じているだろう。現実世界に影響を与えている「クリノートの呪い」から逃れる術を身につけているのは、残念ながら昨シーズンのツール・ド・フランス覇者のタデイ・ポガチャル(不出場)のみ。(レーサー本人には全く関係ないどころか、耳にも入っていないと思うが)サイモン・イェーツがこのノートを無力化できるのかにも期待はしたい。

同じように日本の視聴者にしか必要のない情報ではあるが、昭和生まれの選手は40人もいる。新城幸也、トーマス・デヘントなどの職人的な走りをするライダーや、ヴィンチェンツォ・ニバリ、ダン・マーティンなどの総合有力選手も昭和生まれで、それなりの人数がまだ第一戦で戦っていることが分かる。経験が必要になるグランツールで昭和生まれのライダーたちの、いい意味での狡猾さはきっと勝負を面白くしてくれよう。なお、今大会で最も多い年齢は31歳で、平成元年から平成2年に掛けての世代だ。

20210506_ジロ・デ・イタリア

いよいよ開幕する第104回ジロ・デ・イタリア。青い空、白い山並みの間をマリア・ローザの鮮やかなピンク色が疾走する。しかし、私たちは忘れてはならない。麗しい風景の中で、妖艶な地獄の花が今や遅しと蕾を膨らませていることを。

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