普通の人間は通れません。

「はあ。」
「大丈夫だから。」
「もう変異が始まる。そうだな、30分位かな。」
「大丈夫だ。ゾンビにでもなる訳じゃないんだし、そこまで不安になる事はないだろ。」
「...まだゾンビになった方が良かったよ。」
「君は冒険家だろ?何故そんなに恐ろしい事だと考えているんだ?」
「...冒険家だからだよ。」
冒険家は1拍置いて答えた。友人は横になる冒険家の手をしっかりと握り、真摯な目付きで話をする。
「...私には分からないな。むしろ喜ばしい事だと思うんだがな。」
冒険家は恨めしそうに友人の顔を一瞥した。
「...すまない。もし30分経って、君が無事だったら、色々聞きたい事があるんだ。聞いてもいいかい?」
「...」
冒険家は何も答えず、ただ岩肌の天井を見上げていた。
「...なあ。君の娘、マリア。」
マリアの名前が出てくると、冒険家は友人の顔に視線を向けた。
「今、幾つだっけ。」
「...もうすぐ9つになる。」
「9歳か。一番可愛い時期じゃないか。」
「...ああ。」
「成長を見届けたいだろ?」
「ああ。」
「...俺はお前が心配なんだ。このままじゃあ30分もせずに死んじまう様に感じてよ。」
「...大丈夫だ、ありがとう。」
冒険家は少し、笑い、続ける。
「そうだな、とりあえず洞窟を抜けよう。」
「その意気だ。そうしよう。」
神の彫刻が施されたその洞窟はとても美しかったが、彼等は振り返りもせずに、後にした。

冒険家は足に怪我をしていたため、友人はその肩をしっかり抑えながら歩みを進めた。
「出口は分かるか?」
「すまない、あまり覚えてないな。」
「道案内はするよ。」
「すまない。」
「いや、俺の方がすまない。わざわざこんな所まで付き合わせてしまって。」
友人は笑う。
「やっぱり、たまには運動しないとだな。俺の方が年下なのに、あんなヘトヘトになっちまって、色々足ひっぱっちまった。けど目当ての物が見つかってよかったよ。」
「お前のおかげだよ。」
「あと、お前ってあんなに戦えたんだな。フェンシングは互角だったのに、戦闘になったら勝てそうもないよ。」
「フェンシングって、何年前の話だ。」
「...久々にやりたいな。」
「...ああ。そうだな。」
少し沈黙する。
「...あの技はなんて言うんだ?」
「ああ、あれは東洋のマーシャルアーツでな、ジークンドーっていうだ。」
「東洋か、ベスト・キッドか?」
「あれは日本の空手だ。ジークンドーは日本のでは無く、中国の拳法だ。」
「ふーん。違いは分からないな。」
「...俺もそこまで詳しくないから分からないよ。」
「...いつか教えてくれよ。次は1人ぐらい倒したい。」
冒険家はそれに答えなかった。それによりまた沈黙する。
「...」
「...聞きたい事ってなんだ?」
「?」
「さっき言ってただろ。俺がもし30分経った後でも無事だったら、聞きたい事があるって。」
「...あ、あー。そうだな、なんだったけな。」
「なんだよ、適当に話してたのか。」
冒険家は少し笑う。
「いきなり言われたから、忘れちまったんだよ。そうだなー。とりあえず、俺に嫁が見つかるか知りたいな。」
「そんな事を全知全能に聞くなよ。」
冒険家は大きく笑う。
「だってもう36になろうってのによ、相手が居ないんだ。お前は可愛い奥さんと9歳になる娘が居るのに。」
「俺達は5つ以上離れてるんだから、比べても意味無いよ。それに大丈夫だって。」
冒険家は友人の肩を叩く。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だよ。お前なら。俺が保証する。確かに一見すると、金持ちのボンボンでひねくれた性格に見えるがな」
「ひでえ。」
「ただ、芯がある。男としてのな。その芯はこいつについて行ってもいいって感じさせる様な立派な物だ。だから大丈夫だよ。今の俺でも分かる。」
「そ、そうか。...ありがとうな。」
友人はとても恥ずかしそうに受け答えをした。
「心配すんなって。迷って歩く方が勿体ない。ただたまには冒険しろよ。」
「...ああ、そうだな。冒険は楽しかったからまたやりたいよ。」
遠くに洞窟の出口が見えてきたのが分かる。
出口からは薄く朝日が差し込んで来ていたからだ。
「出口は崖になってる、気をつけろよ。」
「ああ。それは流石に覚えているから大丈夫だよ。」
2人は出口まで無言で歩いた。
彼はやはり友人と話す最後かもしれないと考えていた。
歩き始めてから、20分は過ぎていた。
「...なあ。」
「うん?」
「やっぱり、俺はここまでだ。」
「.......帰らないのか?」
「...ああ。」
「娘はどうするんだ。」
「...キャスとマリアはお前に任せたい。」
「...なんで帰らないんだ?」
「...やっぱり俺は冒険家だ。考えればなんでも分かる様になるなんて、そんなのつまらない。答えを知るために冒険して自分で答えを探したいんだ。何より知りたくない事まで知りたくない。」
「...」
友人は静かに涙を流す。
「...そうか。」
「それに、お前の知りたいこともちゃんと教えたしな。」
友人は少し綻ぶが、直ぐに戻る。
「ああ、お前の話、信じるよ。」
「...じゃあな。」
「...随分、気さくに言ってくれるな。...じゃあな。」
2人は握手を交わした。堅いかたい握手を。
本気の握手を。最後の握手を。
そして、友人は大きく開いた光を抜ける。崖を回避しながらその洞窟を後にした。後ろも振り返らず。

彼もきっと光の中を抜けた。私とは違う道で。

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