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[Game] グノーシア 新しい構造の物語

4/30の発売日から、毎日20-30分程度遊んでいたゲーム 「グノーシア(NintendoSwicth版)」をクリアした。とても面白いゲームだった。感動した。

僕はnoteに投稿する曜日を決めている。
本当はグノーシアは2020/5/30土曜日に投稿するつもりだったが、月曜日になるまで投稿できなかった。
どう書いても、なぜ僕が「グノーシア」に感心し感動したのか上手く書けなかったからだ。

2日間でいろいろ考えたけど、このゲームに感動したのは「少人数で開発していること」「新しい物語の語り方」の2つではないかと思うようになった。

少人数で開発していること

グノーシアは4人しかいない小さな開発会社で制作されたゲームだ。前回遊んだ Return of the Obra Dinn (オブラ・ディン号の帰港) の1人に比べれば多いが、それでも4人での制作はかなり少ない。


インタビューを読んでいると、大まかにいって以下のような割り当てだったようだ

・プロデューサー & テストプレイ
・プログラム & シナリオ
・キャラクターデザイン & ヴィジュアル全般 & テストプレイ
・音楽 & テストプレイ

ゲーム開発の普通がどういうものか分からないが、プログラマーがシナリオを書いているというのは珍しいのではないかと思う。

グノーシアにおいてはシナリオとプログラムを1人の人間で作られたことは非常に大きいことだったのではないだろうか?

なぜなら、グノーシアは物語を語る構造が非常に特殊であり、その構造を作り上げるのには「プログラムの力」と「物語を作る力」の両方が必要だったと思えたからだ。

新しい物語の語り方

物語の語り方。もっともポピュラーで古典的なのは小説や戯曲だろう。1本線で物語が綴られる。映画や戯曲なども大体これに当てはまる。ゲームにおいてもテキストアドベンチャーゲームやロールプレイングゲームというのはこれにあたるものが多い。
ドラゴンクエストの主人公はいろいろありながらも同じ順序で世界を救うし、逆転裁判は事件を解決する。

一方で、同じ時間軸、同じ事件を複数の視点で物語を語るものもある。少女漫画などが得意にしているものだ。吉田秋生の「ラバーズキス」は主人公とヒロインの恋物語を、他の友人たちの視点で物語る。ひょっとしたら事件を時系列に描かずに人物単位で描く三国志正史なども同じ分類に入るのかもしれない。小説で言えば伊坂幸太郎が名手だ。
ゲームで言えば「街」や「428」などの登場人物の視点が入れ替わるザッピングシステムを採用したテキストアドベンチャーが該当する。

グノーシアはどうだろう?

グノーシアの半分が物語を語るゲームだとしたら、もう半分は「人狼」ゲームだ。
人狼とはwikipedeaによれば

プレイヤーはそれぞれが村人と村人に化けた人狼となり、自身の正体を隠し欺いたりしながら他のプレイヤーと交渉して相手の正体を探る。ゲームは半日単位で進行し、昼には全プレイヤーの投票により決まった人狼容疑者1名の処刑が、夜には人狼による村人の襲撃が行われる。これらによって死亡したプレイヤーは以後ゲームに参加できない。全ての人狼を処刑することができれば村人チームの勝ち、生き残った人狼と同数まで村人を減らすことができれば人狼チームの勝ちとなる。

というゲームだ

グノーシアはSFなので人狼ではなく異星体グノースに汚染された人間が敵になる。処刑ではなくコールドスリープ(強制的な冷凍睡眠)になる。
人狼パートのプレイ時間は15分程度、人狼パートが終わると人間が勝利しても、グノーシアが勝利しても世界は最初に戻り、再び人狼パートが始まる。
グノーシアは物語としてはループする物語であり。なぜ世界はループするのかという謎を解き明かしループを終わらせることが物語としてのグノーシアの目的になる。

ループする物語というのも珍しいものではない、押井守監督の傑作、映画版「うる星やつら ビューティフルドリーマー」は学園祭前日を繰り返していた。

では何があたらしいのだろうか?
グノーシアはループの繰り返しの中で自分以外の登場人物14名の人格や過去を少しづつ知ることになる。その構造が新しかったのかもしれない。

開発者のインタビューなどを見るとグノーシアはイベントドリブンな作りになっていて、各登場人物の持っている隠しパラメーターが一定数以上になると、イベントがそれを使って自分自身のイベントを発動するようになっているらしい。イベントは100個以上あり、クリアに必要なものもあれば、不必要なものもある。要はとてもプログラム的な考えで作られた構造になっている。

そしてそのイベントたちを体験することで、最初は外見の違いの差くらいしか認識できなかった各登場人物の人格がくっきり現れてくる。そして、それは不思議なことに人狼パートの人格とも一致している。100ループもする頃には、この登場人物のこの発言の背後には「きっと、こういう意図があるだろう」と分かるくらいに登場人物の人格が分かるようになっている。

うまく伝えられたか分からない。というか全く伝えられている気はしないけど、これがグノーシアに感動した要因だと思う。
一言で言えば、
「物語を語る新しいプログラム的な構造に、とても人間的な何かが宿ったように感じた。」と言うことになるのかもしれない。

物語の終盤。終わらせるのがもったいなくて、ムダにループを繰り返したので 201週目にクリアした。通常なら130-160ループで終わることが多いそうだ。プレイ時間は25時間以上だった。

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