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サッカーボールが飛んでくる
小学生のとき、私は休み時間のグラウンドを歩くのがきらいだった。
サッカーボールが飛んでくるからだ。
ある放課後、校門に向かう途中でクラスメイトの男子が蹴ったボールを顔面キャッチ、鼻血を出して保健室に運ばれたが、それからというものグラウンドを歩けばサッカーボールにあたるようになった。
サッカーボールの呪いである。
グラウンドのど真ん中を横切ったり、ゴールの前に立ち塞がったりなどしていない。
ちゃんとサッカー少年少女たちの邪魔にならない端の方を、なるべく気配を消して素早く駆け抜けているのに、それでもS極とN極が引かれ合うようにサッカーボールは私のもとへと飛んでくるのだ。
「くるな、くるな」と思っても当たるし、「どうせ当たるんだろうな」と思っても当たる、歩いても走っても当たれば、しかもきまって顔に当たる。
逃れられない運命である。
サッカーボールが顔に当たると痛いのはもちろん、顔は汚れるし髪は絡まるし、鼻血が出たり唇が切れたり、口の中がじゃりじゃりするので最悪だった。
いつだったか「あれ、今日、サッカーボール飛んでこない!」と思った日が一度あったが、油断したところで誰かが打った野球の軟球が腹にヒット。
今度は野球ボールの呪いか、と思ったけれどその1回だけで、その後はいつも通りサッカーボールが飛んできたので、ああよかったとホッとした。
かわいそうに、冷静な判断力を欠いている。
ちなみに、最初の顔面キャッチは低学年のときの話だが、呪いは高学年になっても解けないままだった。
たしか6年生のある休日、学校でちょっとしたお祭りが開かれて、兄と手伝いをしに行った。
なにを手伝ったのかは忘れたが、ともあれ仕事が終わり、私はご褒美として大好物の豚汁をもらった。
ご褒美というにはしょぼすぎるし、というかみんなに配ったあまりをもらっただけなのだけれど、ともあれこの一杯のために私はがんばったのである。
兄と段差に腰掛けて、ほくほくと浮かぶ湯気を吸い込み、いただきまーすとひと口目を啜ろうとした瞬間バンッ、とものすごい衝撃が手に伝わって豚汁の入ったお椀が飛んでいった。
目の前にはからんからんと転がるお椀と、足元にじわり広がる豚汁、そしてゆるやかに動きを止める、サッカーボール。
事態を把握、けれどショックで絶句していると、隣の兄が立ち上がり「こら!なんでこっちに蹴ったんだよ!」と、謝りに来る気配のないボールの主を怒鳴りつけた。
私が豚汁を食べようとしていた場所はグラウンドに面した廊下のすみで、サッカーボールは背中側から飛んできたのだが、休日の空いているグラウンドでなぜか彼らは私の背後で、よりによってサッカーをしており、そして蹴ったボールはネットとネットのすきまをかいくぐって入るはずのない廊下に飛び込み、何万分の一かの奇跡で私の豚汁にぶつかったのである。
そんなことがあるのか。
でもあったから、私の豚汁はないのだった。
兄に怒鳴りつけられた彼らはごにょごにょと口ごもりながら「だって、そこがゴールだったから…」と馬鹿な言い訳をしていて、「いや知らんわ!謝りなさい!」と兄がさらに怒ってようやく「ごめんなさい」と頭を下げた。
そのあと兄が豚汁の残りがないか聞きに行ってくれたけれど、私がもらったのが最後だったらしく、仕方がないから「せめて大好きなこんにゃくだけでも」とちょっと砂がついたこんにゃくを拾って食べた。
私は今でもあのとき失った豚汁に執着があるようで、人よりかなり豚汁が魅力的に見えるし、実際まぼろしみたいにおいしく感じられ、「こんな日が来てほんとうによかった」と涙さえ浮かべる始末である。
しかし、人の豚汁を台無しにしておいて「そこがゴールだったから」とは、あまりにひどい。
私の豚汁がゴールだったわけではあるまいし。
いや、まてよ……もしかして。
サッカーボールがあんなにも、私のもとへ飛んできたのは、私がサッカーゴールだったからなのだろうか。
だって普通、サッカーボールはサッカーゴールへ飛んでいくものであって、女子小学生の顔面に飛んでくるものではない。
けれど、もし私が女子小学生ではなく、サッカーゴールだったとしたら。
そう考えればすべてに納得がいく。
むしろ、そうでなければ説明がつかない。
生まれてこの方、ずっと人間の女として生きてきたつもりでいたが、小学生の頃きっと私は、こんにゃく好きのサッカーゴールだったのだ。
なぁんだ、そうだったのか!と、部屋でひとりケタケタ笑うおかしな人間に私がなっちまったのも、サッカーボールが何度も脳を揺らしたせいに決まっている。
2022.4.10 LINE BLOG
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