2050年のとある自然リゾート(=未来の下水処理場)にて
今回は、2022年12月6日に開催したイベント「第1回未来の下水処理場について語ろう」で発表した2050年のとある自然リゾート(=未来の下水処理場)のイメージと、それに纏わるストーリーを紹介します。
~プロローグ~
大昔、この地には一本の清流が流れていました。その畔には木々が生い茂り、鳥達が空を舞い、動物達は大地を駆け回っていました。夜になれば、ホタルの明かりが辺りを優しく灯し、コオロギが求愛の音楽を奏でていました。清流の水面下ではたくさんの魚達が気持ちよさそうに群れをなしていました。
それから長い時が経ち、人間が集まって暮らし始めてからこの地の様子は一変しました。清流は濁り、木々は切り倒され、生き物たちはいなくなり、人間だけが闊歩するようになりました。文明や技術の発展とともに、この地には下水処理場が建てられました。一方で、不思議なことに、人間は過去の原風景を求め、旅をするようになりました。元々は其処に在り、自ら破壊したものを求めて。
それから100年程が経ちました。VRテクノロジーの発展により、リモート環境でも業務を遂行できる人々が増え、都会に留まる理由を失った人々の多くは地方へと移住し、大都市と呼ばれる街の人口減少が顕著になってきました。大都市は、人々の移住を引き留めるために住民税の軽減等の施策を展開していますが、それでも人口流出は止まりませんでした。しかし、今から3年程前にそんな状況に変化が現れ始めました。
~本編~
東の夜空が白み始めました。自然リゾート「ネイチャーパーク水と杜」の朝は、いつも小鳥達の囀りから始まります。眠い目をこすりながらグランピングを出ると、じわじわと昇ってくる太陽の光で、周りの草木の表情が刻一刻と変わっていくのを感じられます。清らかな空気とせせらぎの音が心地よく、頭も冴えて新しい仕事のアイデアもどんどん湧いてきます。木漏れ陽やせせらぎの1/fのゆらぎは、人に深い安らぎをもたらす効果があるそうです。
目の前を流れる清流は、高度処理された再生水が循環することで維持されており、透明感抜群の川の中には自然の清流に生息している魚や水棲昆虫が暮らしています。足元のふかふかの腐葉土の中にも、昆虫たちがたくさん生息しています。おや、あの木ではまだカブトムシが樹液に夢中になっていますね。早く隠れないと子供たちに見つかって捕まってしまいますよ。
隣のビストロ下水道農園では、農作物への水やり作業や収穫作業が始まりました。ここで収穫された野菜は、隣接されているビアガーデンにも提供され、週末の出張マルシェでも近隣の住民に売りに出され、その日の食卓に上ります。入場ゲートの辺りが賑やかになってきました。どうやらデイビジターの入園時間となったようです。子供たちの楽しい声が聞こえてきます。近隣の駅とここを往復するシャトルバスが入場ゲートの前に到着し、続々と乗客が降りてくるのが見えます。聞くところによりますと、あのシャトルバスは下水汚泥から回収したエネルギーで走っているそうです。この施設で使用されている電力も水循環ファクトリ―で回収したエネルギーで賄われているそうです。人間から出てくるもので発電とは、本当にすごい世の中になりました。
今度は自然の学び舎の方からチャイムの音が聞こえてきました。ここは、子供たちが自然生物の共生や水循環について学ぶことができ、夏休みの今は、多くの子供たちが遊びや学びに来ています。平日の夜は大人達の学び舎としても活用されているそうです。
もうお昼です。グランピングのチェックアウト時にもらったおにぎりを食べることにしましょう。外で緑と清水に囲まれながら食べるおにぎりは最高です。お腹も満たされたので、広場の木陰で少し昼寝でもしましょうか。隣ではカジュアルな恰好の大人達によるパラソルやテーブル、パソコンの設営が始まりました。おそらくこれから青空会議が始まるのでしょう。芝生の上での会議、気持ちが良くて捗るんですよね。あちらのビストロ下水道農園ではグランピングの宿泊客の体験収穫が始まりましたね。あの家族もきっと、獲れた野菜を今夜のBBQの食材にするのでしょう。自分で収穫した野菜を食べるのがあれほど楽しくて美味しいとは昨日まで知りませんでした。動物たちと遊んでいる子供たちもみんな本当に楽しそうです。
気が付けば既に夕方になっており、ゲリラ豪雨が降ってきました。慌てずに昆虫・植物園に避難しましょう。ちょうちょの皆さん、ちょっとお邪魔します。今頃、この施設の地下にあり、昨日見学した雨水滞水池が活躍しているはずです。時に大きな災害をもたらす豪雨が、同時に多くの恵みをもたらしてくれていることを、この場所に来るといつも思い出します。
ゲリラ豪雨は1時間ほどで止み、また蒸し暑くなってきました。夕焼けに染まった空と、綺麗な虹が木々の隙間から見えてきました。ちょうど喉も渇いてきた頃です。ビアガーデンに行きましょうか。とれたて野菜スティックと絶景をビールのおつまみにして、他では得られない幸福を感じるのです。ここのビールはビストロ下水道で育ったホップと超高度処理水で醸造されており、この場所でしか呑めない限定クラフトビールです。今日も大盛況で、お客さんでいっぱいです。ここは、日々の喧騒から離れて家族や友人との交流を楽しむ人々で溢れています。大人達はビールを片手に談笑し、子供たちはすぐ横を流れる川辺で楽しそうに遊んでいます。
さらに夜が更け、場内にライトが灯り始めました。そろそろ帰宅の時間です。昨日今日と、緑と水に囲まれて本当に良い時間を過ごすことが出来ました。ここが本当は下水処理をしている水循環ファクトリ―だなんて、とても信じられません。お土産に名物の香水を買って帰りましょう。臭い匂い同士を掛け合わせると良い匂いになるというのだから、不思議なものです。テントの明かりの様子を見るに、今晩もグランピングは満員御礼のようですね。次に予約が取れるのはいつになるでしょうか。
~エピローグ~
駅に向かうシャトルバスを待っている間、行列のすぐ前の家族の会話が聞こえてきました。どうやら3世代家族のようです。
老人「わしの家の近所にある公園、憶えているか?あそこの地下に新たに水循環ファクトリ―を建設することになったのじゃ。」
母親「えっ、本当?じゃあ、ここと同じように地上にはきれいな清流が流れる公園が整備されるの?」
老人「そのようじゃよ。完成するまでわしも長生きせんとな。」
母親「羨ましい~。うちの近所の公園の地下にも水循環ファクトリ―を建設してくれないかしら。」
父親「先日のニュースで、政府が老朽化した下水管の更新工事や水循環利用の効率化を推進するため、水循環ファクトリ―を分散設置する方針と聞いたよ。だから、その内にうちの近くにも建設することになるんじゃないかな。」
子供「やったー!でも、それじゃお父さん、また忙しくなっちゃうのー?」
父親「お仕事は忙しくなるかもしれないけど、最近はお父さんの会社も人気が出てきて人が増えてきたから、これまでよりもたくさん遊べるぞ。」
子供「うわー、楽しみだな~。僕も大きくなったらお父さんみたいにウォーターアーティストになって、自分が遊べる水と杜を造りたいな~!!」
このように、上下水道の技術者は、都市部における快適な水環境を創出するための重要な役割を果たす職業として社会的な評価を得るようになり、第一線で活躍する技術者は、ウォーターアーティストと称し、メディアに頻繁に登場する者も現れてきました。ネイチャーパークが開園した年にウォーターアーティストが「小学生が将来なりたい職業ベスト10」に入ったことは上下水道業界でも大きな話題となりました。また、上下水道関連の40歳の技術者の年収は約1500万円に達し、大学生たちにとっても人気の職業となっています。 従来の下水処理場のイメージを刷新する、水循環ファクトリ―を中心としたネイチャーパーク水と杜の登場により、市民の下水道に対するネガティブなイメージが好意的なイメージへと変わり、水インフラ再構築にも新しい風が吹き始めてきました。この風はきっと、都市における人間と自然生物の共生の追い風にもなっていくに違いないでしょう。