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与那国滞在記-4

計らずもこの旅行の目玉とも言うべきイベントとなっていたスキューバ体験の朝がついに明けました。
宿にお迎えに来て頂いた車に乗り込み、久部良の港へ向かいます。
かつて高校の修学旅行の時であったか、沖縄でグラスボートに乗り海中の世界を初めて垣間見たときにあまりの美しさに「いつかスキューバやる!!!」と思ってはいたものの、ものぐさ太郎たるわたくし実行に移すことはありませんでした。
まさか自分が海深く潜ってみる日がやってくるとはなあ。感慨にふけりつつ車は進んでゆきます。
港に停泊している船に乗り込みウェットスーツを身に着け、船のすぐ横で水中メガネの中に水が入ってしまった場合の除き方や呼吸の方法を教わり、実際に少し潜って耳抜きの練習などを経ていざ海へ。
最初の一本目は船で5分くらい移動した場所で30分ほど潜ります。
初めて経験する水圧は思っていたよりもかなり強く人体に影響してくるもので、耳抜き必須でした。
海の中は不思議であまりに美しい青の世界で、上を見上げれば頭上を魚が飛ぶように横切り下を見れば海のアイドル・ウミウシの姿が。
なんなんだこれは。美しいが過ぎるぞ。

しかし水中で重いボンベを背負った自分の体をコントロールすることは初心者たるわたくしには大変難しいことで、油断するとすぐに仰向けにひっくり返ってしまいました。
その度にインストラクターさんがぐるっと回転させて戻してくれるので、ほんとこの人がいなけりゃわたしは今頃海の藻屑・・・と何度思ったことか。
しばし海中散歩を楽しんだのち、水面へ出て船へ戻ります。
事が起こったのはその時でした。
それまで全くもって何ともなかったにも関わらず、船に上がった途端猛烈な吐き気がこみ上げ、美しい海へマーライオンの如くゲーしてしまいました。
な、なぜ・・・。平静を装いつつ内心動揺するわたくし。
が、インストラクターさん曰く特に珍しいことではないそうな。
とりあえず出すものを出してしまえばすっきりしたので、休憩を挟んで本来の目的であった二本目の海底遺跡へ向かいます。
久部良の港からぐるっと南回りで進み左手に比川の集落を通り過ぎて少し行ったところに海底遺跡のポイントがありました。
船の2階に上がらせてもらい風に当たりながら外側から島を眺めていたらあっという間に到着、インストラクターさんに続き再びボンベを装着して海の中へ入ります。
どぼーんと水中へ潜り、少し進めばそこには巨大な遺跡が鎮座していました。
同じ大きさのまっすぐの岩が二枚斜めに並んだ二枚岩、亀のような形をした亀の岩、階段とテラスが広がるメインテラス、岩に十字架状の刻みの入った「礼拝所」といったポイントをゆっくりと巡ります。
移動中にはすぐ近くを魚が泳いでいたりなどして、なにここ楽園?て感じでした。
体験ダイビングなので入れたのはごく一部でしたが、前を見ても遺跡、後ろを振り返っても遺跡、横を向いても遺跡、という場所もあり、とりあえずその巨大さだけは身を以て感じることが出来たかと思います。

「遺跡」と言われてはいるものの、この与那国島海底地形は自然に形成されたものなのか人工的に作られたものなのかは未だ分からないと言います。
実際に目にしてみると、特に階段の部分など「これは人工だろ・・・」と思うのですが、しかし周辺の地形を見てみるとまっすぐスパッと綺麗に平らな岩も多くあるので、「いやしかし自然やも分からぬ・・・」と悩むことになります。
どうなんだろう。でも分からないままの方が面白いのかもしれません。
二本目もまた、(やはり・・・)と思いつつ水面に上がってからゲーしました。
この気持ち悪ささえなければ「すぐにでもまたやりたい!」と思ったろうな、という程に海中は本当に面白いところでした。
水圧+波酔いにより疲労困憊、この日は宿に戻ってぐったり休んで一日を終えたのでした。
後から石垣島の宿で聞いたことには乗り物酔い用の酔い止め薬を飲んで潜られる人も多いそうで、結構効くんだとか。
次に潜る気になったらその時は酔い止めを服用し万全の体制で臨む所存です。

そして翌日は実質丸一日使える最終日であったため、徒歩での島一周を果たさんと朝から歩き始めました。
墓地群や浜に立ち寄りつつ東回りで東崎を通過し、南へ出てしばらく歩いたところで先日スルーした山に入れそうな狭い道をずんずん進んでみます。
誰もいない林道を歩いて行くと、突如として顔面岩への入り口を示す道しるべが現れました。
これ、ご親切にも誰かが分かりにくいこの場所に「ここだよ!人面岩」手書きしたビーチサンダルを貼っつけて下さったようです。
なかったら分かんなかったかもな~。ありがとう見知らぬ誰か様。
人面岩は、近くから見ても少し離れたところから見てももうひとつ人面がよく分かりませんでした。自分の詰めの甘さを痛感します。まだまだ修行が足りないようです。
人面岩を後にしてしばらく歩くと、突然道の端から「ガサガサッ」という物音が聞こえました。
なんぞと音のした方に近づいてみれば、大きなはさみを持った青い蟹のような生き物がこちらを睨んでいました。
え、なんで蟹がこんな山に。あんた水のないとこで大丈夫なのかよ。まあたぶん大丈夫だからここにいるんだろうな。などと考えながら見つめ合ったのち、その場を後にしました。
後から調べたことには、その生き物はヤシガニでした。
コトー先生が食べてたラーメンの食材じゃん。
今回は食べることはありませんでしたが、飲食店では取り扱っているお店もあるようなので次回気が向いたら食べてみようかと思います。
巨木や海風に変形した木々などを眺めつつ歩き続け、比川に到着。共同売店でA&Wのルートビアとお茶を購入、ルートビアを一気飲みしてエネルギーチャージしてからまたも歩き始めます。
南牧場線は本当に最高。二重に張られた芸術的なまでの美しさを誇る蜘蛛の巣に感心しつつ、「ここを通りたくば我らを倒して行け」とばかりに馬に道を塞がれつつ、太陽が反射してキラキラ光る海を眺めつつ歩いていけば久部良に到着です。
ナーマ浜横の階段で(ここはコトー先生と原親子が語らっていたところではないか・・・フフ・・・)などと思いつつしばし休憩、日が落ちる前に帰らねばと腰を上げて東に向かって歩き始めました。
道中ダンヌ浜にも寄りたいところでしたが、さすがに日が暮れてしまう懸念と疲れも感じていたのでまっすぐ祖納へ向かいます。
夕方の道はまた昼間の強い陽射しとは全く違う顔を見せており、一抹のもの寂しさも感じながら歩いて歩いて歩き続け、宿に帰ったのでした。
前日に同じ宿に到着した男性も同様に歩きで島一周をしており、さらに翌日には我々の踏破を知った他の複数名の宿泊客も徒歩で一周すべく朝から宿を出たと聞き「ふ、徒歩での与那国散策が流行り始めたな・・・」と波を感じてご満悦です。

翌最終日は午前中に少々祖納の港周辺を散策して荒れる海を眺めたりなどしたのち、路線バスで島を半周→空港へ向かいました。
空港で最後の与那国飯、何にしようか迷いましたがカジキの漬け丼という絶品を頂き島を後にし、来る時と同じく白保の宿に一泊、駆け足で少しだけ石垣島の街の方も見てから東京へ戻ったのでした。
台風前後などの非常時にはまた状況が異なるのでしょうが、石垣島はスーパーへ買い物に行っても品揃えが本土に遜色なく、(離島なんだよな、ここは・・・?)と思ってしまうくらいに「街」でした。
与那国から戻ってきた身には余計にそう感じられたことと思います。
他の離島にも興味がありますが、与那国も再訪したいとても素敵な場所でした。
次は馬にも乗ろうかな。
自分の好きな土地・大切な場所が増えたこと、とても喜ばしく思います。

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