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語りえぬものについては、沈黙しなければならない

と、ヴィトゲンシュタインをまともに読んだことないのにかの名フレーズから始める文学部崩れです。仕事で頭使い切ったから頭悪いモードで徒然するよ。
職場ではことあるごとに「わし、バリバリの文系よ」と主張しているのにあまり信じてもらえなくて泣きそうです。文系だってベン図ぐらい使うわ!!高校数学レベルだろ!!!!

ヴィトゲンシュタインといえば、大学内のヴィトゲンシュタイン研究者の某N教授のラスボスぶりしか知らず、勝手に恐れおののいて結果として学生時代にさわれなかったので、とりあえずネットで概要掴んだら、レヴィナスと並ぶレベルの私的ラスボスだったので余生を迎えるまでに戦わなきゃならない気がしたこの頃です。でも戦えるかは自信ない。その前に捌かねばならぬ現世の出来事が多すぎてな…。

さて、「自分語りの罠」にかからぬように、「何を書かないべきか」について書くんでしたね。
これは割と明快でして、

現在進行形・完了形の人間関係(例:公開日記/退職エントリ/トラブル報告/愚痴エントリ…)

については公開の場で触れないのが大前提だと思っています。

リアルタイムには保身が働く

そりゃそうでしょう。損したくないもん。人間だもの。
でも、保身は多かれ少なかれ自分に嘘をつくことになりますし、その出まかせが追々自分を苦しめることになるわけです。

自分の切り売りも、可能な限りありのまま、判断を保留して(フッサールもびっくりな感じで)解体できる人ってどれくらいいるんでしょうか。自分が見たくないものに触れないで、「コンテンツとしておいしいもの」に仕立てようとする下心を完全に否定できるでしょうか。

そしてその結果、現実の、あなたを知る誰かを具体的に傷つけても、あなたは平気でしょうか。
私は嫌だし、そんなことしてまで得られる承認に価値があるなんて思えないし。っていうかそんなのより家族(夫)の方が大事よ。そしてうちの猫ズかわいい。

まぁ、法的問題になったらその限りではないですけど

とはいえ、法的問題まで行ったものはもう復旧なんて無理なので、とことんやるところまでやらないといけないですし、あらゆる手段で戦いますよ。

でも、大体の物事って、そこまでは悪化しないじゃないですか。

トラブルがあっても時が解決することもあるし、距離ができたからこそ見えるものもあって、それを(相手が特定できない範囲で)書き留めるのはなかなか趣があるかなぁとは思うのです。

リアルタイムじゃないから自分自身が激おこになる可能性も低いし。
(数年経っても激おこなら解決を図った方がいいです…真面目な話)

ただ、リアルタイムに晒し続けると、「豊饒さ」を全て承認欲求に変換することになっちゃうので、いつかはネタ切れで燃え尽きちゃうし、本当に動けなくなっちゃう日が来ると思うんですよね。
全部晒す人のところにはそういう人しか集まらなくなりますし…。

インターネットでも、現実でも、ある程度心穏やかに生きるには、適切に「語りえぬものには沈黙する」態度が必要なのだと思うのです。

最後に笑うのは適切に黙れる人ですよ。

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