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幸せごっこ

"幸せな理由を探しては
 自分を誤魔化し続けてる

 そろそろやめにしようか
 幸せごっこはもういいよ

 苦しくてもいいんだよ
 望んだっていいんだよ"

ココアが美味しい。食パンにジャムが塗れる。音楽が聴ける。些細なことに幸せを見出すのは得意だった。そんな些細な幸せを大切にしていたいと思っていた。それは素敵なことなはずだった。

けれど幸せを見つけるのが得意が故に、わたしは幸せ者。だから大丈夫。幸せ者なんだから、幸せじゃなきゃいけない、辛いなんて思ってはいけない、と痛みを誤魔化すようになっていった。

幸せな瞬間とそうでない瞬間があるのはおかしなことではない。それなのに、幸せを感じることが僅かでも出来るのならば、全て大丈夫じゃないといけないと思い込んでいたんだ。

ある人に言われた。辛い時は辛いで良いと。恵まれているから辛くないだなんて言うのは違うと。心の何処かではずっと誰かにこの辛さを辛さだと認めてほしかった事に気が付いた。

今でも辛いだとか苦しいだとか口にすることは大の苦手だ。あの子はもっと辛いのに。わたしは幸せ者だから。ずっとわたしの中に住み着いたこのストッパーはすぐには外れてくれない。

それでも、恵まれた自分でも辛いと感じることが悪いことではないのだと、自分のこの辛さを辛さだと認めていいのだと、理解することができた。それはわたしの中でとても大きなことだった。

だから何処かで同じように行き場のない辛さや苦しさに似た何かを抱えているあなたへ、それは辛さでいいし苦しさでいい。そして恵まれていようと、もっと幸せになりたいと願ったっていい。

他人からその程度のことで、だとかもっと辛い人がいる、だとか言われたとしても、そんな言葉には耳を貸さなくていい。あなたの感情はあなただけのものだから、あなたが認めてあげるんだ。

最後にきっとこれを見ているであろう貴女へ、貴女の中では些細な会話だったかもしれないけれど、今もずっと残っているよ。きっと貴女が言ってくれたからこそ響いた、ありがとう。