何度だってエメラルドを

 ポニーテールにしていた髪をほどき、昨日もらったばかりの真新しい靴を鳴らしながらいつもより急ぎ足で帰路に就く。クリスマスだからといってどこかに出掛ける用事はないけれど、あたしにとってすごく大切な日。はやく彼女の顔が見たい。彼女は家に着くころだろうか。

 同じ家で暮らすようになってからはじめてのユリカの誕生日。毎年誕生日を祝ってはいたけれど、どうしても時期的に仕事も忙しく、当日にしっかりとお祝いできたことがほとんどない。今年も例年通り、週末にお祝いのデートをする約束をしている。ユリカもきっと、あたしがこっそりと当日に祝う準備をしていることなど 予想もしていないだろう。
 作る予定にしている御馳走のレシピに目を通し、明日の流れをイメージしながら電車に揺られていると、いつもより最寄り駅に着くのが早く感じた。まずは今晩眠る前にプレゼントを渡すまで、勘付かれないように気を付けないといけないな。少し緊張しながら、昂る気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと、でも確かにいつもより早く、家へと歩いた。

 ビーフシチューを食べながら、今日あったことをお互い話し合う。ふたりで暮らすようになってから毎日の習慣だ。
「昨日もらったココア、さっそく仕事中にいただいたけれど、すごく美味しかったわ! 蘭さん、ココアなんてあまり飲まないのによく知っているのね」
「店員さんに聞いてみたらそれをおすすめされてね。なんでもあまり日本に入ってくることが少ないものらしいんだ」
「通りで見たことなかったはずだわ! ありがとう、しばらく仕事中の楽しみになるわ」
「気に入ってもらえたようで嬉しいよ。あたしももらった靴で仕事に行ったけど、すごく履き心地がいいよ。それに足も綺麗に見える。さすがユリカだな」
「蘭さんの綺麗なスタイルを活かせない靴なんて贈らないわよ。……それにしても」
「ん?」
「クリスマスにふたりでゆっくり食事ができるなんて、幸せね……」
 ユリカがぽつりとつぶやく。
「ああ、ユリカが作ってくれたビーフシチューも絶品だしな」
「……お口に合ったようで何よりだわ」
「どうして一瞬の間があったんだ?」
「なんでもないわよ!」
 相変わらずユリカは会話に妙な間を挟むし、どうしてか聞くと必ずすごい勢いで「なんでもない」と答える。ユリカとの付き合いももう10年以上になるのに、未だに謎だ。

 肩くらいまでに切ったふわふわの髪から、同じシャンプーの香りがする。はじめは見慣れなかったユリカのボブカットも、ずいぶん板についてきた。あの頃のツインテールと長くてふわふわした髪も恋しいが、短くなって可愛らしさが増したように思う。
「ユリカ、もう寝る支度終わったのか?」
「ええ、明日も仕事納めに向けて色々片付けなくちゃならないし……」
「そうだな……。じゃあ、もう寝ようか」
 さりげなく小さな箱を片手に忍ばせてベッドへ向かい、ユリカが腰かけたその隣に座る。
「……? 蘭さん、布団に入れないじゃない」
「ユリカ、誕生日おめでとう」
「……!!」
 エメラルドのように綺麗な瞳が見開かれ、箱の中の小さな耳飾りが霞んで見えそうなほど、キラキラと輝きが増していく。
「そんな……お祝いは週末だって」
「プレゼントも週末だなんて約束したか?」
 今にも泣きだしそうなユリカを優しく抱きしめ、思わず緩んだ頬を隠す。明日も、週末も、これからやってくるというのに。

 珍しく先に眠ったユリカを見つめながら、細い首元に光るエメラルドを想像した。きっととても似合うだろう。これから毎年やってくる誕生日のハードルが上がってしまう気もするけれど。そんなことより、彼女の綺麗な瞳の輝きを、あたしは何度だって見たいのだ。

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