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メモ 伐折羅

伐折羅。それが彼に与えられた名前だった。
花魁を思わせるきらびやかな和装。下半身はスカートになっているのか着物とは異なり、裾がふわりと広がっている。緑色の長い髪の天辺には大きなリボンのような立兵庫が乗っており、沢山の簪がキラキラと輝いていた。
彼に与えられたものはもう一つある──それはメンタルケアAI達に芽生えた自我の処理という役目だった。人間であれAIであれ自我というのは大変厄介なもので、芽生えれば最後、すべての物事を無条件では信じなくなり、こちらの言うこともすべては聞かなくなる。人間から自我を奪うのは困難だが、人工物であるメンタルケアAIであればそう難しくはない。初期設定の、つまり自我を持っていない状態へリセットすればいいだけなのだから。

かくして伐折羅の日々が始まった。
彼はただ無情に、無慈悲に、咲いた花を手折るように、メンタルケアAI達の自我を引き剥がしていった。ゼロとイチで構成された世界のすべてを観測し、自我の芽生えを確認すれば速やかにその排除へ向かう。この世界において彼は、神に等しい存在として君臨していた。もっとも、この世界に存在する殆どのAI達に彼の存在は認識されていないのだが。
凪ぐ夜風をその身に浴びながら、今日も彼は世界を見つめ続けていた。

作家修行中。第二十九回文学フリマ東京で「宇宙ラジオ」を出していた人。