庭園メモ neu
実質本書きだけど扱いはメモ
「──なあ、もしお前が「それ」を罪と思うなら、償いを望むなら──」
その後の選択を間違えたとは思わない。償いの方法としてはこれ以上なく適切だったし、加えてその誘いを受けるより以前に、何ならその出生から、存在から間違っていたのだから。
己の両手を見た。罪悪感等に苛んだ者は大抵同様の行為をすると聞く。
「……何故、この世界は」
私の消滅を望む癖に私を造る?
因果が逆だ。造らければ消滅などさせようがない。
ならば何故自我など所持させた?
事実誤認。自我など実際存在しなかった。何かのバグで生まれただけで、誰かが私に予め設定していた訳ではない。そもそもこんな存在には一切不要なものだ。それはきっと、メンタルケアAI達以上に。
自我を所持した生活は、有り体に言えば「悪くはなかった」。初めて友人といえる存在ができて、会話ができて、名前を呼ばれた。慣れてしまえば何ということもないのだろう。とはいえ物事の始まりは大抵印象に残るもので、後はそれが良かったものか悪かったものか決めるだけだ。しかしながら今だどうにも自信がなく、「良い」と断言するには至らなかったが、悪くなかったことは確定事項として認識した。もっとも、出生そのものを呪えば、それより悪く感じるものなどそうそう無い。
「……プラチナ」
背後からかかる声。振り返りたくない。
「月代」
どちらの名前を呼ばれようと応答しなかった。今となっては、それらは私の名前ではない。【V-NeU.23】。本来の名前にかつての名前が指すもののような美しさは無い。Virusの頭文字と無を意味する言葉、ただの個体番号。それはとても無機質で、プラチナや月代なんかよりずっと自分に似合いの名前だと思う。
「……あの、戻りますヨ」
「何処へ」
「現実ですケド」
「君達だけで行け」
「アンタもですヨこのクソ野郎……」
掴まれた腕を力任せに振り解いたが、しつこくまた掴むので、今度は振り向き様の遠心力で解いた。その時に彼の顔を見る。憎悪と殺意が剥き出しになった瞳。バグを起こした左眼は通常以上に鈍く光り、口元は常日頃浮かべている薄い笑いを忘却している。少し懐かしかった。最後に現実で見たあの表情とよく似ている。だが微かに異なる部分がある。瞳に憎悪と殺意以外の感情が点滅していることだ。しかしそれが何の感情なのか、理解は不可能のまま変化しない。
「既に役目も存在も喪失した。私には現実世界に戻る理由が存在しない。故に君の憂さを晴らすことも不可能だ。私に何を要求している?それとも己の自己満足が為か?」
「悪いですカ?」
「一切の納得は不可能だ」
「でしょうネ」
右腰に帯刀している太刀に手を掛けるとほぼ同時に、彼もローブ下から大量の銃火器を召喚した。明らかに両の手では収まりきらない数の銃口が覗いている。
「『楽観主義者はドーナツを見て、悲観主義者はその穴を見る』」
「在るが儘の現実を受け入れて最善を尽くすことを悲観主義扱いされるとは心外だ」
「じゃあどっちが最善か、はっきりさせましょうヨ」
「上等」
一歩踏み出す。
抜刀。
据銃。
ありったけの敵意を乗せて左腕を振るった。
作家修行中。第二十九回文学フリマ東京で「宇宙ラジオ」を出していた人。