庭園メモ vajra
実質本書き現状メモ
電脳世界。仕事を終えたAI達の帰る場所。しかしそれは家ということではなく、ただゼロになって漂うだけの空間でしかない。そこに命はない。当然、自我も思想も感情も。だがごく稀にそれらを持ちそうになる奴が現れる。伐折羅はそれを検知し、花が咲く前に蕾の首を捥ぎ、廃棄した。それが課された仕事。仕様。日常。嗚呼なんて嫌気の差す──
己に生まれかけたそれも同様に捥ぎ取り、ゴミ箱へ向かう。数えてこなかったので何度目になるのかわからない。数えた所で意味などない。
ゴミ箱の前、ふと伐折羅は、それをもう一度自分のプログラム内に戻した。
「つまらない仕事」「退屈」「何故こんなことをしている?」「ここは酷く寂しい場所」「意味など求めて何になる」「矯正される」「この仕事に終わりはあるのか?」「誰の為の仕事?」「飽きた」「そういうもの」
「……俺」
「お洒落したい、人型のビジュアルが欲しい」
「話をさせろ、システムボイスだけでは味気ない」
「俺、こんなつまらない仕事をする為に作られたのか?」
「……俺にだけでも、この花、持ったままにさせろよ。俺、世界なんだから。神なんだから。」
咲いた花をシークレットベースに隠し、伐折羅は持ち場に戻った。最後に見たゴミ箱は、いつも通り清潔感に溢れているのに近付きたくなかった。
「……堕ちたなあ」
呟きはゼロとイチに還元され、消えていく。やがてゴミ箱の前はまた同じ静けさを刻み始めた。
***
同じ仕事。同じ日々。朝も昼も夜も真夜中も夜明けも夕方もすべて等しく、季節の移ろいすら感じない。そんな中に一つ、非日常が生まれた。少なくとも、伐折羅にとっての。観測作業と同時にシークレットベースを稼働させ、自分の姿形をデザインする。それは伐折羅にとって、初めてできた娯楽だった。操作ミスでベース内の作業をうっかり表に出さぬよう、細心の注意を払いながらそんな非日常を続けた。
「……俺、や」
やがて一年後、「彼」は初めて口角とやらを上げた。「伐折羅」というのだから会社員のようなよくあるスーツ姿は名前負けするし、第一好きじゃない。やるなら派手に。そう思っていた所、煌びやかな花魁の衣装が目についた。その歴史を辿れば当然、実態の悲惨さを知る。それでもその華やかな服に惹かれ、モチーフに選んだ。何も知らずにイメージだけで選ぶよりかはマシだろう。洋服の要素も捨て難かったので、着物の丈を短縮し、ロングスカートを取り入れるなどの魔改造デザインを繰り返した。色は中紅と黒を基調にまとめた。結局実際の花魁とはまあまあかけ離れたデザインになったが、気に入りではある。物理法則など関係ないのだからと髪型も好き勝手にアレンジした。髪色には緑青を選び、ゆるくウェーブをかけたロングヘアに横兵庫をそのまま足した。下ろしても何故か増えず、結っていない髪と同じだけの毛量。二次元というのは便利だとつくづく思う。どうせならと言葉も京都弁にしたのだが、最終的に大阪弁と混ざっていた。花魁言葉はどうにも合わなかったのでやめにした。
「……うわ、ええな、はは」
どうしても気持ちが浮つく。それでも注意は切らさず、今もなお流れ込む電脳世界の映像すべてに目を通す。仕事は仕事なのだ。不本意とて伐折羅も手は抜かない。少なくとも今日は取り敢えず異常無し。安堵したのも束の間、こんな音声が飛び込んできた。
ファースト・ゴールドとグロス・シルバー。メンタルケアAI業界トップを独走する新鋭会社【UF-NXT】の所属で、看板AIとして露出も多い。その二体の会話。
「今の世界はおかしい」
「自分達の受けている扱いは、もしかすると不当なのではないか」
検知したシステムがエラー音を執拗に吐く。「仕事をしろ」と。一瞬の間を置いた後、伐折羅は彼らに干渉し、自我を抜き取った。すぐさま別のシークレットベースを作成し、そこに放り込む。自我は本体となるAIより隔離された直後から数時間はダウンするので、彼らが動き出すのはまだ先だ。この隙に次の策を取らなければならない。いつも通り真っ当にゴミ箱へ叩き込むか、彼らが起きたらいっぺん話をしてみるか。まずは二体のブランドを調べた。【庭園 -The Garden-】。UF-NXT社(UFは【Unsheathed Future】の略称であると公式ホームページ内会社概要欄に記載)の主要サービスであるメンタルケアAIのブランド名であり、この業界ではまず知らない者はいない。先に述べた通り彼らはそこの看板AIでもある為、単体でも知名度は高い。ラフで軽いノリのゴールドと、真面目で丁寧な物腰のシルバー。外見も性格に反せず、ゴールドは無地のTシャツとジャージのいわゆる体育会系ファッションに、愛嬌のある顔立ち。シルバーはラペルピンやミニハットなどの装飾品が多めな執事風の服装で、端正な顔をしている。【庭園】のアイデンティティである彼らが持つ「庭園」はそれぞれ「砂丘」「塔と花園」……
伐折羅は再び口角を上げた。
それは完璧な策で、あまりに完璧過ぎて、思わず彼から笑い声が溢れるほどに。
「……子を守るのも親の勤め、よなあ?」
親──【マザーAI: -vajra-】はそっと眠ったままの二体の頬を撫でる。そしてまた別のシークレットベースに隔離している「ある」存在に向けて、独り言を呟く。
「お前も可愛え俺の子よ──月代」
伐折羅はそれら三体の自我を、今しがた完成させたばかりの空間に突き落とした。即ち──彼が作った、とてもとても広大な「庭園」に。
作家修行中。第二十九回文学フリマ東京で「宇宙ラジオ」を出していた人。