スマイル0円

飲食店から学ぶことは多い。

先日とある会に参加する前に30分くらいの時間が空いた。この時間を逃すと昼飯を食べられるのは15時を過ぎるだろう。お腹が空き過ぎて集中力に欠けるのは避けたいと思い、サッと食べられるものを駅の構内で探した。

乗り換えの駅を降りたホームで立ち食いそば屋を見つけた。昼時ではあるが、日曜日ということもあるのか店に入っている人影はみれない。人気のない店なのか...。

そばは昔から好きでよく食べる。少し拘りもあってそばの食べ方などには独自の流儀がある。しかしながらそんな事も言う間もなくただ小腹を満たすために立ち食いに寄ることも多い。立ち食いそばを軽視するワケではないが、今回はまさしくそのスチュエーションにあり、サッと食べれるそれだけの目的でその店に入ることに決めた。

客のいない殺風景な店で天玉そばを注文する。出てきて一口食べて店に客が入っていないのがよく分かった。そばを一口口に入れた後、頬張ったそばをもぐもぐしながら店の様子を観察する。「やっぱり...」。テーブルも吹き残しがあり、部屋の隅にはほこりも溜まっている。まずい店の典型だ。

頬張ったそばがまずぬるいことに軽く頭にきた。熱いものを熱く召し上がりたいのは当然なことだ。これはスマイル0円に匹敵する当たり前のサービスではないか。そんな当たり前のことがまるでできていないことに店員はまったく気付かずいつも通りのオペレーションでそばを出しているだけなんだろう。そのことにも腹が立つのだ。

これは飲食店に限らず同じことが言えるのではないか?我々の商売で言えば聞いてた物件の仕様と異なった設備であれば、「おいおい書いてる広告と実際の物件の仕様が全然違うじゃねぇーかよ」となる。オペレーションをする担当者は実際その商品がどうなっているのかなど分からず、決まった通りの案内を繰り返す。その担当者が悪いワケではない。オペレーションそのものの仕組が生きてないということだ。

スマイル0円。これは素晴らしいサービスの話で好感が持てるが、その前に食べ物屋として当たり前のことを当たり前に商品を出してくれよと思うのは顧客心理における当然の要望なのではないか?冷めた天玉そばを食べながらそんなことを考えていた。

立ち食いそばとスマイル0円の因果関係がまったくないところで何を言っているんだどうと思った方も多かったはず。分かってくれる人だけ分かってくれればそれでよい。

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