「レッドスカーフ・ジンジャーガール」第1話

登場人物
バージニア(15) 主人公
ヒューイ(17) 相棒の巨狼
ジェイコブ(67) 依頼人の老人
ミンディ(10) その孫娘
ゴライアス(44) 敵役
リズ(?) 魔女(二話以降)

◯森の小道(夜)
  満月の夜。森の木々の間から月が見える。
  その絵にヒューイの台詞。
ヒューイ「起きろ、バージニア。そろそろ村に着くぞ」
バージニア「ん?」
  とバージニア、巨大な狼ヒューイの背にまたがって居眠りをしていたが、ヨダレを垂らしながら目を覚ます。赤いスカーフをかぶった、赤毛、顔にそばかすの少女。腰に日本刀を装備。飄々とした性格、根は優しい子。
  ヒューイの姿は後で登場させたいので、しばらく読者に隠しておく。バージニアの腰から上を描く等で直接的な描写を回避。でも身体の一部(耳の先端、背中の毛、尻尾など)はチラ見せした方がいいかも。
  バージニア、眠い目をこすって、
バージニア「村?」
  視線の先、月明かりに照らされた村。
  バージニア、怪訝そうな顔で、下を向き、
バージニア「ここどこ?」
ヒューイ「いいから早く降りろ。仕事の時間だ」

◯村の入口・橋の上(夜)
  村の手前に小さな川、そこに橋がある。
  バージニア、橋の上に立つ。その絵にヒューイの台詞(姿は見せない)
ヒューイ「ここから先はついて行けねえ。悪いが一人で頼む」
  バージニア、村に向かってトボトボと歩き出す。
バージニア「うーん。一人は面倒だな」
ヒューイ「そうぼやくなって。いつものことだろ」
  バージニア、急に立ち止まり、画面の手前(読者の方)にふり返る。
ヒューイ「……なんだ?」
バージニア「(心配そうな顔で)いい子にしてろよ?」
ヒューイ「バカ、こっちのセリフだ! さっさと行ってこい!」

◯村の内部(夜)
  中世ヨーロッパ風、農耕と狩猟の村。人家は木造、道路は未舗装で地面むき出し。
  バージニア、立ち並ぶ家々を横目に歩く。
  とガヤガヤ騒ぐ声。村の酒場を見つけ、立ち止まる。酒場の戸口の看板に発光キノコが何本か生えている。
  バージニア、それを見て、
バージニア「おお。光るキノコ」

◯酒場の中(夜)
  狭くてむさ苦しい酒場。店の奥にカウンターと店主の男。複数のテーブル席、酒を飲む男たち。店内の光源は、壁や天井に『発光キノコの入ったビンやカゴ』、カウンターの上に 『オイルランプ』。
  店主、カウンターの奥で陶器製のジョッキを拭いている。
  と、ギイと酒場の戸口が開く音に気づく。
  バージニア、手に持ったキノコを食べながらズカズカと入ってくる。
バージニア「たのもー」
  場違いな少女を尻目に、酒を飲む男たちの手が止まる。
  バージニア、カウンター席に座り、
バージニア「マスター。いつもの」
店主「誰だテメエ」
  とバージニアの手もとを指さし、
店主「それ、うちの看板のやつだろ。勝手に食うなや」
  バージニア、平気な顔でキノコをかじり、
バージニア「なあ、それより水くれよ、お水。のど乾いた。言い値で買うぞい」
店主「(ため息)あのなぁ、嬢ちゃん。ここはガキの来る場所じゃねえんだ。わかったら、とっとと帰んな」
  バージニア、キノコを食べ終えると懐を漁りながら、
バージニア「金貨一枚でいいか?」
店主「オイ、からかってんのか? いいかげんにしねえと外にほっぽり出す……ぞ……」
  と店主、差し出された金貨と傷だらけのバージニアの右手を見て、押し黙る。
バージニア「水くれ、水。お水をください」
店主「……ちょっと待ってろ」
  店主、カウンター奥の瓶からジョッキに水を汲んで戻ってくる。
店主「ほらよ」
  とカウンターにジョッキが置かれる。
  バージニア、それを一気飲み。
バージニア「プハー。しみるー」
  店主、手に持った金貨とバージニアの顔を見比べながら、
店主「水一杯に金貨一枚ねぇ……。で、本当は何がほしい?」
バージニア「んー、ほしいもの。そうだなー」
  と腕を組み、考える。それから両手を広げて、
バージニア「デッカイ家かな。犬が30匹くらい飼える家がほしい」
店主「いや、そうじゃなくてよぉ……。アンタ、うちの店に何しに来たんだ?」
バージニア「あ、そうだ。情報もらわないと。また怒られる」
店主「情報? 何の情報だ?」
バージニア「物騒なやつ。ここ最近起きた嫌な事件とか。あったら教えて」
店主「嫌な事件ねぇ……」
  店主、少し考え込む。
店主「そういや二ヶ月ほど前、近くの森でえらい騒ぎがあったな。野犬の群れに襲われた家族がいたとかで」
バージニア「それ、どうなったの?」
店主「残念だが、一家全員殺されちまったらしい。ひでえ話だぜ」
バージニア「うへぇー(苦い顔)」
  とここで、酒場の男四人が会話に参加。
男A「ちげえよ、おやっさん。生き残りがいたんだよ」
男B「娘が一人生き残ってる。名前は確かミアだっけ?」
男A「ちがうね。モアだ」
男C「モニカだよ!」
男D「バカ! ベロニカだって!」
  店主、呆れ顔で、
店主「酔っ払いの話は当てにならねえからなぁ」
男A「だけど、生き残りがいたのはホントだぜ」
バージニア「その子、今どこにいるの?」
男B「村外れのジェイコブ爺さんの家で暮らしてる。村を出て、ずーっと北に行ったところだ」
  バージニア、ジョッキの残りを飲みながら、
バージニア「場所、案内して。話を聞きに行かねば」
  男AとB、困った表情で顔を見合わせる。
  店主、渋い顔で、
店主「やめとけよ、嬢ちゃん。人の傷口を開くような真似は。趣味が悪いぜ」
バージニア「逆、逆。私は、傷口を、ふさぐタイプなのだ!」
  とバージニア、真面目な顔でカウンターにドンとジョッキを叩きつける。

◯ジェイコブ家・家の前(夜)
  木々に囲まれた、木造二階建ての家。玄関ポーチに続く小さな階段がある。
  家の前に立つバージニア。その絵にヒューイの台詞(姿は見せない)
ヒューイ「で、聞いてきた爺さんの家がこれか」
バージニア「そういうこと」
ヒューイ「道中ひどかったな。ここに来るまで、いくつ罠を見かけたと思う?」
バージニア「(WHYポーズで)わからん。いっぱいあった」
ヒューイ「いっぱいなんてもんじゃねえよ」

◯(回想)道中の林道(夜)
  道に仕掛けられた罠(鳴子、マキビシ、落とし穴、跳ね上げ式の捕獲網)。それにヒューイのナレーション。
ヒューイN『鳴子、マキビシ、落とし穴、捕獲用の網が山ほどあった。こりゃ爺さん相当参ってるぜ。つーわけで……』

◯元の家・家の前(夜)
  家の前に立つバージニア。
バージニア「(怪しむ顔)つーわけで?」
ヒューイ「交渉がんばってくれ。期待してるぜ」
バージニア「(不満げに)えー。また私一人?」
ヒューイ「オレがいると話がややこしくなる。だが安心しろ。何かあったらすぐに駆けつける。それじゃ、幸運を」
  バージニアの顔の前を、ヒューイの黒い影が上に向かってサッと通り過ぎる。
  バージニア、空を見上げながら、
バージニア「ちぇっ。ノン気なやつめ」
  と玄関前の小さな階段を登る。目を細めてブツクサ言いながら、
バージニア「あれで私よりバクバク食べるもんなー。納得がいかん。お小遣いを倍にしてほしい」
  と玄関の扉の前に立つ。扉を叩きながら、
バージニア「たのもー。夜分遅くに申し分ない。爺さんいるかー? 爺さーん?」
  だが返事がない。辺りはシーンと静まり返っている。
  バージニア、首をひねって腕を組み、
バージニア「んー、誰もいない? いや、ご老人なら中で倒れてる可能性も」
  ドアノブに手を伸ばし、ガチャガチャ。
バージニア「ジジイ死ぬな! 今助けるぞ!」
  と扉横の壁に片足をくっつけて踏ん張り、両手で力一杯ドアノブを引っ張る。
バージニア「ぐぬぬぬ……」
  バキッと音がしてドア枠が壊れ、扉が開く。
  バージニア、その反動で階段から転げ落ち、地面の上でひっくり返る。
バージニア「アイタタタ……」
  と腰をさすりながら半身を起こす。開いた扉を見て、
バージニア「アイタタ……開いたぁ!」
  と半開きになった扉の向こうでギシリと床の軋む音が。
  扉の隙間から火縄銃の銃身がヌッと飛び出す。月明かりに照らされて、銃口が鈍く光っている。
  扉の暗がりに浮かぶ二つの目玉が怒りに燃えている。老人ジェイコブの登場。
ジェイコブ「貴様、何者だ! 名を名乗れ!」
バージニア「あ、爺さんだ。えーと、名前はバージニアです」
ジェイコブ「うちに何の用だ?」
バージニア「んーと、野良犬のことでちょっと話があって」
ジェイコブ「野良犬だとぉ!?」
  とジェイコブ、玄関より躍り出て、地面に座るバージニアの顔に銃を押し付ける。
  バージニア、ほっぺに銃口が食い込み、
バージニア「むぐぐ、当たっとる」
ジェイコブ「この家のことは誰に聞いた?」
バージニア「酒場の人たち。みんな親切だったなぁ(遠い目)」
ジェイコブ「なるほど。酔っ払いどもめ。人の不幸話を酒の肴にしおって」
バージニア「いや、そうじゃなくて」
  ジェイコブ、バージニアの額に銃口を突きつけ、
ジェイコブ「黙れ、この恥知らずが! わしらは見世物じゃない! とっとと失せろ!」
バージニア「うーん。ダメだ、こりゃ」
  とバージニア、上を向いて大声で、
バージニア「ヒューイ! やっぱ無理! ジジイに勝てない!」
ジェイコブ(!? どこかに仲間が?)
  とバージニアに銃を突きつけたまま、辺りを警戒。
  すると頭上からヒューイの声。
ヒューイ「やれやれ、結局こうなるのかよ。まあ半分予想はしてたけどな」
  ジェイコブ、家の屋根の方へとふり返る。
  屋根の上に、四つ足の巨獣の黒い影(ヒューイ)。目が妖しく光っている。
ジェイコブ「出たな、バケモノ。娘の……家族の仇!」
  ジェイコブ、屋根に向けて発砲。
  ヒューイの影、屋根から飛び退き、上空に消える。
  放たれた銃弾が二階の木製の鎧戸に当たり、蝶番が破損。
  バージニア、ジェイコブを羽交い締めにし、
バージニア「ジジイ落ち着け。撃つならよく狙え。家が壊れる」
ジェイコブ「離せ小童! ジャマをするな!」

◯同・二階ミンディの部屋(夜)
  ベッドの上で眠るミンディ。生き残りの少女。亡くなった両親・弟・妹を模した人形と共に寝ている。
  外でワーワーと騒ぐ声。ミンディ、目を覚ます。
ミンディ「もう、うるさいなぁ……。なんだろ?」
  と窓の前に立ち、鎧戸を開ける(窓ガラスなし)。
  家の外にいるジェイコブ、二階の窓際に立つミンディに気づき、
ジェイコブ「ミンディ! 隠れてろ! 外に出ちゃいかん!」
  バージニア、ジェイコブを羽交い締めにしながら、
バージニア(名前、ミンディだったんだ)
  ミンディ、その光景を見て、
ミンディ(お爺ちゃん、また近所の人ともめてる……)
  ミンディ、鎧戸に手をかけ、窓の外に身を乗り出し、
ミンディ「お爺ちゃん落ち着いて! 今そっちに行くから――きゃっ!」
  と、さきほどの銃弾で壊れた鎧戸が窓から外れ、ミンディ落下。
ミンディ「きゃあああ」
ジェイコブ「ミンディー!」

◯同・家の前(夜)
  うつ伏せで落下するミンディ。地面に激突しそうになるも、地表スレスレで体がピタリと止まる。
  ミンディ、恐る恐る顔を上げて「あっ」と呟く。
ヒューイ「ふぅ……。間一髪っと」
  とここで、ようやくヒューイの登場。巨狼ヒューイ、ミンディの寝巻きをくわえて、ジェイコブとバージニアの前に立つ。
  ヒューイは大きな白い狼(オス)、鼻に傷跡がある。背中に鞍とサドルバッグ(荷物入れ)を背負っている。身体は、家の中にギリギリ入るサイズ。冷静沈着な性格、賢い子。
  ヒューイ、ミンディをそっと地面に降ろし、
ヒューイ「大丈夫か?」
ミンディ「う、うん」
  バージニア、ヒューイにサムズアップ。
バージニア「ヒューイ、よくやった。えらいぞ。私の指示が役に立ったか」
ヒューイ「バカ言うな。指示なんぞ出したこともないくせに」
  ジェイコブ、呆然と座り込んでいたが、思い出したように動き出す。
ジェイコブ「そうだ。弾を、弾を込めなくては……今こそ家族の仇……」
  と銃を再装填しようとする。
  ミンディ、ジェイコブに駆け寄り、彼の腕をつかむ。
ミンディ「違うよ、お爺ちゃん。この人たちじゃない。あれは、あの怪物は、もっと恐ろしくて……もっともっと大きかった!」
  ジェイコブ、ハッとした顔で我に返る。

◯同・一階リビング(夜)
  薄暗いリビングにテーブルとイス。テーブルの上にオイルランプ、コップが二つ。コップから湯気が立ち上る。
  テーブル席に座るジェイコブ、床に座るヒューイの方を向き、反省した顔で、
ジェイコブ「すまなかったな。あやうくお前さんを撃つところだった。おまけに孫まで救ってもらって」
  ヒューイ、鞍と荷物を外し、床でくつろいでいる(目の前には水の入った皿)。バージニアはヒューイの身体に寄りかかり、あぐらをかいて、コップから熱いお茶を飲んでいる。ミンディはヒューイの尻尾にじゃれついている。
ヒューイ「べつにいいさ。こっちも連れがドアをぶっ壊して悪かった。あれじゃ疑われても無理はない」
  ジェイコブ、ヒューイをまじまじと見て、
ジェイコブ「しかし驚いたな。この世に喋る犬が存在するとは……」
ヒューイ「悪いが爺さん。オレは犬っころなんかじゃねえ。気高き森の狼だ。一緒されちゃ困るぜ」
  と鼻を鳴らし自慢げに胸を張る。
  バージニア、尻尾にじゃれつくミンディに、
バージニア「どう? うちのワンコは?」
  ミンディ、ヒューイに抱きついて、
ミンディ「すごーい! モフモフしてる!」
ヒューイ「……(複雑な顔)」
  バージニア、ヒューイに向かって、
バージニア「なあ、これモフモフ料を取れば一生食えるんじゃないか?」
ヒューイ「オレで金儲けか。いい度胸だな。頭かみ砕くぞ」
バージニア「ハハッ、ご冗談を」
ヒューイ「冗談かどうか、試してみるか?」
  ジェイコブ、二人の会話をよそに考え事。お茶を一口すすり、
ジェイコブ「ところで」
  その声を聞き、ヒューイと頭をかじられ中のバージニア、ジェイコブを見る。
  ジェイコブ、二人を見つめて、
ジェイコブ「わしの勘違いでなければ、お前さんたちはもしや……賞金稼ぎではないか?」
  バージニア、ヒューイに頭をかじられたまま、
バージニア「なんでそう思うの?」
ジェイコブ「深夜にわざわざ人の不幸話を聞きに来るような連中は二種類しかいない。よほどの大バカ者か、あるいは」
  とジェイコブ、壁際に置かれた鞍と荷物、その上に置かれたバージニアの刀を一瞥して、
ジェイコブ「不幸の元凶を追い求める、腕っこきの狩人か」
  ヒューイ、バージニアの頭から口を外して答える(ヒューイの口とバージニアの頭の間にヨダレの糸)
ヒューイ「残念。惜しいがハズレだな。オレたちはバケモノ専門のハンターで、しかもかなりの大バカ者だぜ」
ジェイコブ「なるほど。両方というわけか(ニヤリ)」
  ヒューイ、真剣な顔で首をもたげ、
ヒューイ「なあ、爺さん。よければ、アンタの家族を襲った怪物について教えてくれないか? オレたちならそいつを倒せるかもしれない」
ジェイコブ「危険な目に遭うぞ」
ヒューイ「慣れっこさ。こっちはそれで食ってる」
  ジェイコブ、深いため息をついて、
ジェイコブ「ニヶ月前のことだ。わしの娘のジェイミーが子供たちを連れて西の森に出かけた。足りなくなった焚き木を集める必要があってな」
ミンディ「……(うつむく)」
ジェイコブ「わしも手伝いたかったが、あいにくその日は風邪で寝込んでいた。代わりに、娘の夫タロンが猟を終えて後から合流した。悲劇は……その後に起こった」

◯(回想)ジェイコブ家・室内(夕)
  ベッドで寝込むジェイコブ。
ジェイコブN『夕方、わしが寝ていると家の戸を叩く音が聞こえた』
  玄関の戸を開けるジェイコブ。外には泥まみれのミンディが立って泣いている。
ジェイコブN『ドアを開けるとミンディが立っていた。ひどく泥まみれで明らかに様子がおかしい』

◯(回想)西の森(夕)
  冬の寒々しい森。五人家族(母ジェイミー、父タロン、長女ミンディ、弟ラルフ、妹メイナ)が十三匹の野犬に囲まれている。
ジェイコブN『話を聞くと、どうやら森の中で犬に襲われたという。それも大勢の犬たちに』
  タロン、木の棒を持ち、野犬に立ち向かう。
タロン「(家族の方を向き)走れ!」
  森の中を逃げ惑う家族。
ジェイコブN『無我夢中で走り出すと、一人、また一人と声が聞こえなくなって』
  ミンディ、森を抜け、平地に走り出て転ぶ。
ジェイコブN『いつの間にかミンディは一人ぼっちになっていた』
  ミンディ、転んだまま森をふり返る。
ジェイコブN『来た道をふり返ると、そこには』
  森の暗がりに立つ、巨大な犬の影。
ジェイコブN『見たこともない巨大な怪物が佇んでいた』

◯元のリビング(夜)
  テーブルの上、オイルランプの周りを飛び回る蛾。コップから出ていた湯気が消えている。
  ジェイコブ、悲しげな顔で、
ジェイコブ「以上が事の顛末だ。ミンディは運良く逃げ帰ったが、この子の両親と弟ラルフ、妹メイナは帰らぬ人となってしまった」
ミンディ「ぐす……(涙を拭う)」
  一同、しばし沈黙。
ジェイコブ「それで、いくら必要だ?」
  とテーブルの上に、金の詰まった袋を置き、
ジェイコブ「いくらで、あの怪物を倒してくれる?」
ヒューイ「金ならいらないさ。バケモノの首は高く売れる。それより爺さん。必要なのは、アンタの覚悟だ」
ジェイコブ「わしの覚悟?」
ヒューイ「バージニア。アレを」
  バージニア、部屋の隅の荷物から『布に巻かれた筒状の物』を取り出し、テーブルに置く。
ヒューイ「こいつはバケモノ退治に必須の道具」
  バージニア、布を開き、中の拳銃を見せる。形状はフリントロック式ピストル。火打ち石に魔石が装着。
ヒューイ「神獣殺しの異名を持つ、特殊な銃だ」
  バージニア、銃を両手で持つ。
ヒューイ「扱えるのはバージニアだけ。しかし単体では役に立たない。見れば分かる通り、弾が必要だ。それも特別な弾丸が」
ジェイコブ「どんな弾だ?」
ヒューイ「ズバリ、爺さん。アンタの命さ」
  ジェイコブ、驚いて目を見開く。
ヒューイ「神獣殺しが必要とする銃弾『魂命弾こんめいだん』。人の寿命や魂の重さを弾に変換し、燃えたぎる復讐の炎で撃ち出す。強力な武器だが代償は大きい」
  バージニア、広げた布の上から、小さな革袋を取り上げる。
ヒューイ「もしアンタに命を捧げる覚悟があるなら」
  バージニア、ジェイコブに袋を差し出す。
ヒューイ「この袋を握ってくれ。それで弾ができる」
  ジェイコブ、袋を見つめる。
ヒューイ「強い復讐心を秘めた者だけが魂命弾を作り出せる。オレたちじゃできない。だからどうするか決めてくれ」
ジェイコブ「その弾を作ったら……わしは死ぬのか?」
ヒューイ「作るだけなら問題ない。だが使うと24時間後に寿命が減り、最悪死に至る。そういう決まりだ」
ジェイコブ「そうか」
  ジェイコブ、一度目を閉じる。それから決意した顔で、
ジェイコブ「このジェイコブの命ひとつで、家族の無念を晴らし、ミンディの安全が買えるのなら安い買い物だ。いくらでも使ってくれ」
ミンディ「お爺ちゃん……」
  とミンディ、心配そうに見守る。
  ジェイコブ、袋を握る。すると袋からコロッとした感触(擬音で表現)
ジェイコブ「お、なんだ? 急に袋の中で何かが……」
バージニア「弾ができたんだよ」
  バージニア、袋をひっくり返す。鉛玉がひとつ飛び出し、テーブルの上で転がる。
ヒューイ(見た目は普通の鉛玉。しかし動きからすると、これはずいぶんと……)
ジェイコブ「軽いな」
  ジェイコブ、テーブルから魂命弾を拾い、
ジェイコブ「わしの使っている弾よりも軽いぞ。本当にこんなもので怪物が討てるのか?」
バージニア「大丈夫。私がなんとか」
ヒューイ「難しいだろうな」
バージニア「ヒューイ!(にらむ)」
ヒューイ「嘘ついてもしょうがないだろ?」
ジェイコブ「しょせん、老いぼれの命などこんなものか」
  とジェイコブ、落胆しテーブルに弾を戻す。
ヒューイ「できれば予備の弾丸がほしい。他に被害にあった人はいないか? どこか近くの村で、他に被害者は……」
  とミンディ、テーブルに駆け寄り、革袋をパッとつかむ。
ヒューイ、バージニア「!?」
ジェイコブ「ミンディ、何をしてる! やめなさい!」
ミンディ「お爺ちゃん。私、悔しいよ」
  ミンディ、肩を震わせ、涙を流し、
ミンディ「お父さんとお母さん、ラルフとメイナも殺されて……。でも子供だから何もできない。私は運良く逃げられたんじゃない。あいつは、あの怪物は、いつだって私を殺せたんだ! あいつは私だけ、わざと逃がしたんだ!」
ジェイコブ「ミンディ……」
ヒューイ(気づいていたのか……)

◯ジェイコブ家・家の前(夜)
  玄関前にジェイコブとミンディ。階段を下りた先にバージニアとヒューイ。
  バージニア、袋から出した魂命弾を四つ、片手に乗せて、
バージニア「爺さんの鉛玉がひとつ、ミンディの銀弾が三つ」
ヒューイ「大事に使わねえとな」
  ジェイコブ、バージニアに近づき、
ジェイコブ「もし使うのなら、わしの弾から先に頼む」
バージニア「わかった。約束する」
ジェイコブ「恩に着る」
  ジェイコブとミンディが心配そうに見守る中、バージニアを鞍に乗せ、ヒューイが出発。

◯西の森・道中(夜)
  森の道。バージニア、ヒューイの背にゆられながら、
バージニア「子供って意外と鋭いんだな」
ヒューイ「そうだな。一人だけ逃がして噂を広める。ゲスい手口だ。こいつは間違いなく」
  ヒューイの確信した顔。
ヒューイ「語り部のニオイがプンプンするぜ」

◯同・小さな広場(夜)
  月の周りに不穏な雲。森の奥深く、小さな広場に焚き火、その周りで黒い犬が数匹眠っている。
  と一匹の犬、首をもたげる。近くに座る巨漢のゴライアス(プレートアーマーを装備)、犬を見て、
ゴライアス「どうした?(何かに気づき)ほう……」
  と近くの藪から、バージニアとヒューイが登場。
ゴライアス「よくぞここまで、と褒めてやりたいが(ヒューイを見て)そいつがいるのでは来れて当然か」
  バージニアとヒューイを犬たちが囲む。
  ゴライアス、ゆっくりと立ち上がり、
ゴライアス「罠を張ったかいがあった。待ちくたびれたぞ、語り部。俺様と同じ、グルム神話の継承者。神話上の魔獣を操る、選ばれし者よ」
  と地面から、巨大なモーニングスターを持ち上げる。
ゴライアス「まだ若いな。偶然手に入れたのか? だとしたら、忠告してやる」
  とバージニアにモーニングスターの先を向け、
ゴライアス「お前が持っている神話の一ページ。ここに置いていけ。そうすれば命だけは助けてやるぞ。その狼は俺様の持つ『十三匹の山犬』と相性がいい。きっと上手くやれるだろう。だから――」
犬「キャンッ」
  とゴライアスの前に、切断された犬の首が転がる。
  バージニア、血の付いた刀を構えている。
ゴライアス「お前……人の話聞いてんのか?」
ヒューイ「バッチリ聞いてたぜ。バージニア、何体やった?」
バージニア「まずはひとつ!」
ヒューイ「オレは二体かみ殺した」
  とヒューイ、ゴライアスの前に死んだ犬二匹を放り投げる。
ヒューイ「犬は全部で十三体。残るは十体。このクズもろとも斬り捨てて、とっとと終わらせようぜ」
  ゴライアス、頭を覆うグレートヘルムに手を当て、
ゴライアス「ククク、愚かな……。では強制的に奪い取るとしよう。見せてやる。神話の持つ力の神髄を!」
  と両手を広げ、
ゴライアス「古代グルムの呼び声が、大地をひどく震わせると」
  犬たちの耳がピクリと反応。月に雲がかかり始める。
ゴライアス「彼らはお互いの区別なく、いずれも――」
ヒューイ(詩の朗読? いや、神話の一節か!)
ゴライアス「その歯と肉と骨が混じり合って」
  犬たち、ゴライアスの前に集合し、噛みつき合う。その過程で焚き火を踏み荒らし、火が消える。辺りが暗闇に包まれる。
ゴライアス「やがて十三匹はひとつとなった。二度と怖れは抱くまい」
  雲が薄れ、月が顔を見せる。月明かりに照らされたゴライアス、片手には神話の一ページを掲げており、それが不思議な光を放っている。
  ゴライアスの隣には、巨大な犬の姿(目が26個、身体はヒューイの倍以上)。
ゴライアス「これが我が魔獣の真の姿だ! さあ来い、小娘! 従者の狼共々、血反吐、内臓ぶちまけて死にさらせ!」
ヒューイ(想像以上にデカイぞ。どうする?)
  焦るヒューイ、決然と刀を構えるバージニア。

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