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恋する女たち/堀のおばあ

   登場人物

   私
   母
   堀のおばあ(母の友人)


○居間
   テレビに映る演歌歌手を見ている3人
   私、母、老婆(堀のおばあ)
   こたつ
   おばあはガラスのコップに入った冷や酒を飲んでいる

堀のおばあ「思うんやけど。あて若い頃、こんな感じの顔してたで」

   マジメな顔
   母と私、思わず吹き出しそうになる

私(目の前にいるシワシワのおばあさんが、年齢を差し引いてみてもこの妖艶な美人とどうしても重ならないからだ)

堀のおばあ「ホンマやで」

母「そうやで、今はおばあやけど、秋田のおひいさまじゃけ」

   その場が笑い声に包まれる

   酔いが回ってきたおばあ
  『湯島の白梅』の節で替え歌を歌い出す
   またはじまった、という顔をする2人

 佐渡へあがれば思い出す
 お光・吾作の物語
 たらいにのせた恋の花
 どこの港に着くのやら
 国の境のトモン街(まち)
 咲いたふたつの紅い花
 清く咲けよと祈りつつ
 紅く咲くのよ いつまでも
 流れつきせぬトモン河
 架けた想いは一筋に
 きみのためなら命まで
 捧げ尽くさん どこまでも

母「おばあちゃんは戦時中に満州におったん。叔母さんと置屋をしてて、その時に将校さんと出会って恋に落ちたわけ」

   お茶を飲む母
   涙を流し何度も歌い続けるおばあ

母「この替え歌はな、満州から引き揚げてくる船の中で、その長谷川さんが作って歌ってくれたんやて」

堀のおばあ「波が荒くてな、もう、それはそれは恐ろしかった。怖がるあての肩を抱いてな、何度も歌って聞かせてくれたん」

母「けど将校さんはな、日本に奥さんがいてん。だから日本に無事に着いたけれど、駅でそれぞれ分かれなあかんかったんや」

   堀のおばあ、更に酔いが回り、関係の無い話をし出す。

堀のおばあ「向こうでな、猫を1匹飼うてた。真っ白い猫で、向こうでは猫のことをモゥ言うだよ。その猫が、子を生んだんやけどな、猫は隠れて生む言うやろ。けどその子はあての見てる目の前で生んだ。たった1匹だけ、真っ白い子ねこや」

堀のおばあ「チャンバラの山手樹一郎の本が好きなのも、長谷川さんのな……」

堀のおばあ「長谷川さんの家まで行って、石投げた事あんねん……」

堀のおばあ「門真の百済で売ってた朝鮮漬け、うまかったな……」

   涙がおさまり、こたつで眠りについていく

   小さく口が動いている

佐ぁ渡ぉへあがれぇばぁ 思い出す──

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