「輸出戻し税」という嘘を計算で説明します

『輸出大企業は消費税を納税するどころか、「輸出戻し税」という形の還付金を得ることが出来る。代表的な輸出大企業であるトヨタの場合、その額は年間数千億円にもなる。消費税率が上がればこの還付額が自動的に増えるので、トヨタなど経団連の会員企業は消費税率アップに賛成なのだ。』というのが「輸出戻し税」論者の主張です。この主張は全く的外れなものなのですが、ネット上ではこのような言説の支持者が後を絶ちません。

このノートでは、最近増えてきた町中のコンビニなどでの海外旅行者に対する免税販売を例にとって、「どうして輸出事業者には消費税が還付されるのか」ということと「その還付金はその輸出事業者にとって別に不公正な利益となるものではない」ということを計算で説明したいと思います。

コンビニエンスストアでの海外旅行者への免税販売

セブンイレブンの多くが外国人旅行者に対して免税扱いの販売を行っています。中でも人気のある商品がコーセーの雪肌粋シリーズですね。雪肌粋の洗顔クリームを販売する場合の消費税がどうなるか確認してみましょう。税抜の販売価格が450円、税抜きの仕入価格が350円と仮定します。

通常の国内販売の場合

まず通常の国内販売の場合です。税込では486円になり、これに対する税込の仕入は378円なので、税込の粗利益は108円になります。消費税の部分だけ抜き出して考えると、売上側が36円仕入側が28円なので差額が8円生じています。この8円はセブンイレブンが税務署に納付する額となります。

先ほどの粗利益108円から納税分の8円を引いて正味の利益は100円になります。当然ですが、税抜ベースで計算した場合の利益100円と一致します。

※説明のために単純化していますが、実際にはお店は、電気代、水道代、家賃等の諸経費に対する消費税も支払っています。そしてそれらの消費税も納税額の計算上控除されます。(「仕入税額控除」と言います。)

免税品店扱いの販売の場合

次に海外からの旅行者に、免税扱いで同じ雪肌粋の洗顔クリームを販売する場合です。免税なので消費税は0円、販売価格は税抜、税込とも450円になります。

ここで仕入の方はどうなるでしょうか?仕入れる段階ではその商品が通常販売されるか、免税扱いで販売されるか区別のしようがありませんね。また「仕入れる」こと自体は輸出でもなんでもないので仕入側は常に消費税が伴う価格で取引されます。

免税で450円で売ったものを378円で仕入れていますので、税込の粗利益は72円となってしまいます。通常の国内販売の場合より利益が28円減少してしまうことになりますね。このままではセブンイレブンは仕入側で生じる28円の消費税を負担してしまうことになります。

この場合の消費税の申告納税額はどうなるでしょうか?売上側の消費税が0円、仕入側の消費税が28円ですので、この28円は申告することにより税務署から還付されます。事業者は消費税を負担もしない、そこから利益も受けないことが消費税の制度設計なので、28円が還付されることで、事業者は損も得もない状態に戻ります。

この還付金のことを一部の方々が誤解、あるいは曲解して「輸出戻し税」という不正な利益であると主張しているわけです。

上記の説明のように「還付されて初めて事業者の利益は消費税の影響を受けないものになる」ので、この還付金は別に事業者にとって利益でもなんでもありません。

セブンイレブンの店頭で免税扱いで物品販売を行うことと例として説明しましたが、本来の輸出で、トヨタなどの大企業が国外に車を輸出する時でも、特に計算過程が変わることはありません。上記の例の28円が取引金額が大きいために、数千億円になってしまうだけの話です。トヨタは数千億円支払っているから、数千億円の還付を受けるだけのことです。

仕入先に消費税分の値引きを強要したらどうなるか?

ここまでの説明は、売上側でも仕入側でも元々の税抜き価格に対して、消費税分をそのまま8%転嫁できている例でした。

「輸出戻し税」論者の皆さんがよくおっしゃるのは、「現実はそうは行かない」ということです。「立場が強い輸出大企業は消費税の転嫁をそのまま受け入れることなどなく、必ず値切っている、それが現実だ。それをわかってない人が机上の計算だけで、輸出戻し税などデマであると言っているだけだ。」というような言い分ですね。

そこで上記の例では、仕入側について、8%の消費税の転嫁を認めず、税込で350円のままにした場合として計算してみました。売上側は免税のままの例です。

この例では、消費税を値切ったことにより、消費税の還付を受ける前の時点で、元々の値付けで期待していた100円の利益を得ています。さらに免税制度により、26円の還付を受けることができるので、合計の利益は126円になります。この26円の利益に着目して、「輸出戻し税」論者の皆さんは、「これが現実だ。この26円が輸出戻し税による不公正な利益だ。」とたぶんおっしゃりたいんだろうと思います。本当にそうでしょうか?

仕入先に値引きを強要した商品を国内向けに販売したらどうなるか?

では最後に、同じ税込350円で仕入れた商品を国内向けに通常販売したらどうなるかという計算例です。

こちらでは、国内向けなので税込販売価格は486円になります。税込350円で仕入れているので、税込粗利は136円です。こちらのケースでは消費税の納税額が10円生じるので、納税後の利益は126円になります。

ここで一つ前の「免税扱い」の場合とよく見比べてみて下さい。最終の利益は126円で全く変わらない結果となりました。免税扱いの場合は還付前の利益が100円、還付金26円を受けて合計126円。通常課税扱いの場合は、納付前の利益が136円、10円の納付をして合計126円。つまり10円の納税をするか、26円の還付を受けるかの違いはあっても最終の利益の数値は126円で全く変わりがありません。

「現実はそうではない」が論拠だった方は、上記の説明で理解していただいたでしょうか?理解していただけない場合は計算を丁寧にたどりながらもう一度よく考えてみて下さい。「輸出戻し税による利益」だと思い込んでいたものは、実際には「税抜きベースで仕入れ先に値引きを強いた部分が利益になっていただけ。」だと言うことがわかると思います。つまり還付される消費税が利益なのではなく、値引きで原価が下がった分が利益なのです。

「現実の取引では消費税分を値切ることによって、輸出企業の利益が増えている。」と言う主張は「原価を値切れば儲かるのは当たり前、同じ取引で国内向け事業者も全く同じ額の利益が増える」だけだったということがわかりました。

結論

「輸出戻し税」が不公正なものだと思い込んで来たみなさんは、おそらくは上記のような具体的な計算過程を検証した上でそう思って来たわけではないでしょう。消費者は通常の消費活動の中で消費税相当分を負担し、輸出企業でない事業者は、消費税を普通に納税しているはずなのに、輸出企業だけがどういうわけか還付金を受け取っているから不公正だと誤解してしまったのだろうと思います。

「建前上は、計算上は不公正じゃないけど、値引きを強いても還付されるから不公正だ。」と思い込んでいた方も多いと思われますが、上記の例の通り、値引きを強いた場合の利益は国内向けに販売する場合も全く同額を得ることができるわけです。

輸出企業は、販売側で内国消費税の影響を全く受けず、かつ、原価、経費側でいったん支払った消費税は必ず還付されるわけなので、税率がアップした時でも、極端な話ですが、税率が50%になっても、別に取引先に、それを理由として値切る必要は全くないのです。なぜならいったん払っても必ず還付されるから。(一時的に支払う資金の増減のことは別に考えたとして。)

「輸出戻し税」が不公正なものだと思っていた方は、ご自分がお店で払う額が増えたことを負担に感じ、それと事業者にとっても仕入れ、経費段階で、同じように支払額が増えることとを同一視したのではないでしょうか?「支払いが増えたから立場の強い事業者は下請けに対して必ず値切るだろう」と。実際には、消費税分で増えた支払分は、逆に税務署に対する納税額が減少するので、事業者の利益にとっては全く影響がないのです。

売上側の消費税が1,000万(A)、仕入側の消費税(B)が800万なら納税額は200万(C)、もし仕入側の消費税が900万に増えたら納税額は100万に減ります。常にA=B+Cなのです。


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2015/12/13 とりあえず雑にまとめてみました。なんらかのコメントをいただけたら、随時書き直していきたいと思います。

説明を単純化するために、実際には消耗品の購入時は総額5,001円以上購入しないと免税扱いにはならないことなどは無視しています。

セブンイレブンでの輸出販売、法令通りの文言では「輸出物品販売場」で「輸出するため一定の方法で譲渡を行った場合」ということになりますが、これは通常の輸出免税と同じ効果があり「消費税を免除する」ということになります。つまり全く同一のものです。免税品店を例にあげることで、通常の8%課税がされた販売価格と、免税の場合の販売価格という対比が明確になるので、説明がしやすくなります。

2018/04/20

私のこの記事を前提にしながら「輸出戻し税」はやっぱり不正なものだというスレが5ch に立ってましたのので紹介しながら再反論します。

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■政府が消費税を上げたがる理由を書いておく■ 

還付することで最終的な利益は変わらなくなるだけといっているが、それは税金まで計算されていない。
通常は企業が出した利益には法人税がかかる。
だが輸出戻し税のようにあとから還付金として支給されると、その分には税金がかからない!
つまり消費税分の利益を脱税しているわけ。
「還付金には税金がかからない」ってのを利用している。

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という主張です。つまり、「輸出戻し税」は法人税の対象から除外されるという見解ですね。

これは全くの間違いですというか、勝手な妄想です。この方はどうやら税務知識がないだけではなく、会計の知識もなにも無いようです。

上記がタックスアンサーによる国税庁の説明です。

税抜き処理の場合→そもそも消費税部分は仮払/仮受処理なので、還付金は収益として認識されません。5ch のスレ主があげている計算事例ですが、税抜き処理をすれば常に利益は同じ金額で2兆円になります。

税込み処理の場合→原価、経費は税込みで処理されるので、消費税相当分は、原価、費用として損金処理されています。スレ主さんはこちらを前提に計算事例を説明しています。しかし税込み処理の場合は還付金は普通に収益として認識されます。消費税の還付金を益金不算入とする別段の定めはありませんので、そのまま益金として認識され、つまりは還付金は課税所得を構成し、普通に法人税等が課税されます。

スレ主は、会計の知識があやふやで、どこかで税抜き処理の場合の事例のことを聞きかじり「還付金は収益にならないんだ!」と思ったのに違いありません。そして税抜き処理も税込み処理もなんだかよくわからないという会計の知識しかなかったので、自分の事例では税込み処理で説明を行い「還付金には税金がかからない」から不正だ!と言い出しているわけですね。

ご苦労様ですと言うしかありません。













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