第四十二回 Daveがカーブを投げなければ (2023年5月22日)

Dave Baldwinの最初の質問は、「ジャイロボールについてどう思うか」というものでした。当時は、松坂大輔がジャイロボールという魔球を投げると話題になっていた時期で、同じ日本人として私が、何か力学的知識を駆使してジャイロボールについて一席ぶつと期待したのかもしれません。
しかしDaveは、「ジャイロボールというのは存在しないと思う。あれはスライダーだと思う」という私の回答が気に入ったようでした。

このハンサムな投手がDave Baldwin。

Dave Baldwin

Daveは若い頃は、速球派として期待された投手だったそうです。
写真は、ボブ・フェラーからアドバイスを受けている時のもので、"Next Bob Feller"と呼ばれていた時期もあったようです。

しかしある時カーブを投げた際に肘を痛め、剛速球を投げられなくなってしまいました。プロ入り後は、試行錯誤を繰り返しながら横手投げにすることで生き残り現役を全うしたとのことです。

セネターズ時代には、打者をいかに抑えるか不正投球も含めて様々な変化球を試していて、当然その中には、いわゆるジャイロボールと言われる回転の球種もあったとのこと。それはスライダーだったと確信していました。
Daveは、現場で十分に検証されないまま「魔球」に対して想像を逞しくしている記事を読んでは、苦々しく感じていたようです。

豪速球で抑え込むのではなく、配球や変化球で抑える投球術をSnake Jazzと言うそうです。彼の生い立ちからプロ生活を終えるまでの野球人生は、Snake Jazzという本にまとめられていますが、これは、当時の選手達がいかに勝利を得るための不正ギリギリの工夫をしていたかなどについても書かれており大変興味深い本です。

現役を引退後は、遺伝学の博士号を取得しエンジニアとして過ごしたとのこと。MLB出身者の博士として、新しいキャリアをスタートした人というのも、それほど多くはないでしょう。

エンジニアらしくピッチャー出身でありながら打撃動作のメカニクスについても知見があり、MLBにおいても大まかに長打より打率をねらう打ち方と打率より長打を狙う打ち方の二種類があるといった事を教えてくれました。
捻りモデルのメカニクスについても、回転モデルとの違いや研究の意義ということを最初に認めてくれたのは、Dr. Dave Baldwinであったと言って良いと思います。

野球動作についてやりとりをしているうちに、彼が「なぜ自分がカーブを投げた時に肘が壊れたのか」という事を知りたいと思っている事がわかりました。その時に、捻りモデルのメカニクスからどの様に考えるかを説明したのが下記の内容です。

捻りモデルは、体幹に歪みのエネルギーを溜めてリリースするモデルですが、それは投球動作についても同じと考えます。下は上体を前に向けて腕とボールを引っ張ってエネルギーを溜めているところです。

ここから更に腕とボールを引っ張っていくと、二の腕(肘と肩の間)が捻られて、ボールの位置がより後ろになっていきます。

体幹に溜まったエネルギーを、キャッチャーに対して真っ直ぐにリリースしています。

ボールを投げた後に、先に捻られていた二の腕部分に捻り戻しが起こるので、腕が反対方向に内稔しているのがよくわかりますますね。

これは、以前マリーンズにいた藤岡投手の様子で、同じく投球後に腕が内捻しているのがよくわかる写真です。

ここでDave Baldwinが肘を壊した時の様子について見てみます。Snake Jazzから抜粋しましょう。読んでいて痛々しくゾッとする箇所です。

The pivotal game occurred on March 24, 1958. We came into the contest against the University of Utah that day with 10-0 record…. I had won my first two games of the season, and I had a 3 to 1 lead going into the top of the sixth inning. 
On about the third pitch of the inning, I threw the curveball. The one that made my forearm pop loudly and made my elbow feel like it was falling aport-the one that radically changed the rest of my pitching career. 

当時、どの様にカーブを投げていたかについても記述があります。

I threw an overhand curve in the conventional way-with a sharp clockwise torque of the forearm and a downward, inward snap of the wrist just before the ball is released. This supination of the hand provided the fast spin to make the pitch break down and out to a right-handed batter. 
"Sharp" and "snap" are the key words here because without this violence in the appropriate arm parts, the ball has a slow spin resulting in a lazy deflection. 

今では、カーブを投げる時に「手首を捻って投げてはいけない」と指導していると思いますが、当時のカーブの投げ方は、ボールに鋭い回転を与えるために手首をスナップさせてボールに鋭い回転を与えるということだったのがわかります。

ではボールがリリースされた後にも、(タイミング悪く)手首を外回転していたらどうなるか見てみましょう。

一目瞭然で、この動作で肘が壊れてもおかしくありません。
この説明に対してDaveは無言で、何も返信もコメントもありませんでした。

その後、2013年にBaseball Research Journal に回転モデルに代わるモデルとして、捻りモデルを紹介する記事を投稿したのですが、Peer reviewer2名の推薦をいただかないと掲載されません。誰が推薦してくれたか公にはなりませんが、文章を見ればおおよそ書き手は想像がつくので、その一人はDr. Baldwinだったと思います。

Daveが肘を壊さなければ、MLBでも指折りの大投手になっていたかもしません。しかし仮にそうだったとしても、彼の人生がそれでより良いものになったのか誰にもわかりません。彼がSnake Jazzに、"Winning games builds confidence; losing builds character. "と書いた通り、勝っても負けても得るものはあるものなのでしょう。

しかし65年前のある日、Daveがあのカーブ("the curve")を投げなければ、捻りモデルが世に出ることも、私がこうして日本語でDave Baldwinについて書くようなことも無かったのだろうかなどと、不思議な縁を思うのです。



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