第三十七回 筒香選手の腰痛対策 (2022年8月12日)

今回も予定を変更して、打撃動作について書く事にしました。

今年はパリーグTVばかり見ていることから、あまりMLBの選手をチェックしていませんでしたが、幾つかの打席を見た限り、筒香選手の今年の打ち方そのものに大きな変化はないものと思っていました。結果が出ていなかったことについては、怪我の影響について報道されていたこともあり思い切ったスイングができなかったのだろうと、推定してましたし、今現在も勝手にそのように理解しています。
AERAに、怪我の状況を比較的説明している記事があったので紹介しましょう。

メジャー戦力外の筒香嘉智 現地メディアが「ファンの諸君、朗報だ!」と辛辣報道の理由

下記は同記事(2022年8月12日 筆者:澤良憲)からの抜粋です。

(記事抜粋) 当時、不振の原因として指摘されていたのは、「打球速度と打球角度の低下」と「引っ張る確率の低下」であった。地元紙『ピッツバーグ・ポスト・ガゼット』は、4月19日の記事で次のように述べている。「(筒香は)昨季から平均打球速度が時速4.9マイル(約7.8キロ)遅くなり、打球角度は1.9度も低下している。ボールを引っ張る確率は昨季の35.6%から今季は14.3%にまで減少している」。さらに、「打球方向が変わったのも、スイングの遅れに原因がある」とも指摘された。
 しかし、急激な打撃低下は、ケガの影響が原因でもあった。筒香は5月27日、「腰部の筋肉損傷」で負傷者リスト(IL)に入っている。本人によれば、腰の痛みは開幕3試合目からあり、ILに入るまで治療薬を飲みながらプレーしていたとも話している。戦列復帰まで42日も要するほど重傷だったこともあり、序盤の低迷理由を知った現地メディアの中には同情を寄せるものもいた。
 しかし、いくらケガの影響があったとしても、復帰後の1カ月で何も改善しなかった筒香を誰も擁護できなくなった。7月の月間成績は、15試合で9安打4打点、0本塁打に19三振。打率/出塁率/長打率は、それぞれ.158/.172/.175。全ての数字で最悪の選手となり、現地での信用は完全に地に落ちた。(抜粋終り)

私が気になったのは、なぜ「腰部の筋肉損傷」が発生したかです。

第四回で説明した通り捻りモデルは、下記のテニスのレシーブがわかりやすいのですが、前足股関節を中心に「方向の違う捻り動作」を行うことで体幹に力(歪みの応力)を溜めて、ボールに伝えるというモデルです。

この時、疲労やストレッチ不足等で股関節可動域が小さくなっていた場合、どうなるのでしょうか。股関節ではなく膝関節や腰を捻ることになった場合、故障につながるでしょう。なぜなら股関節は多少捻れる構造になっていますが、背骨や膝関節は、捻るようにできていません。
その様な訳で、私は筒香選手が、意識しないうちに腰を捻っていて故障につながったのではと危惧してはいます。

仮にこの推測が正しかった場合、今後の予防としては、捻り動作を股関節中心に柔軟に行えるように、股関節周りのストレッチが良いと思います。
「股関節ヨガチャンネル 伊藤香奈」の「股関節のはめ込み‼️むくみ解消で脚スッキリ」などいかがでしょうか。

「股関節ヨガチャンネル 伊藤香奈」(股関節のはめ込み‼️むくみ解消で脚スッキリ) から

第十三回で紹介したような、打った直後に力を逃がす動作や、スパイク底を止めるなどで体の負担を減らすやり方もあるかと思います。
改めて紹介しますが、こんな動作です。

これはインステップして体幹に力を溜めて打撃をするところです。

打つと同時に前足をずらすと、体幹に溜めた力がリリースされ体の負担は減ります。(打つ前にこうなると強い打球は打てません)
スパイクではなく、地面の上で適度に滑って適度にグリップする運動靴が良いと思います。

捻りモデルの動作を、野球の基本的な動作(打つ、投げる)と考えれば、前回のトラウト選手同様に、選手の不調や故障に対しても対策は考えられるのですが、従来の回転モデルしか頭にないと、故障の原因も対策も藪の中となり、残念なことにすぐに解雇というようなことになってしまいます。

捻りモデルが、実際の動作とは違うモデルで、理にかなっていないモデルであれば別ですが、むしろ主流になりつつあるように見えるので、パーフォーマンスを向上させるとともに、怪我を防止し選手寿命を延ばせるような実用的な応用例が増えていけばと思います。

ところで西武ライオンズの山川選手の打撃動作は、グリップを除いて、私が推奨している「捻りモデル」の動作そのものですが、この動作について落合さんがコメントしているので紹介しましょう。最近は面白い記事が多い気がします。

落合博満氏 山川の打撃フォーム見て驚嘆「しかし、よくこれで打てるもんだわ…大谷もなんだけど」(スポーツニッポン新聞社 2022/08/10 17:00)

以下は記事の抜粋です。

(記事抜粋) 落合氏が今回の山川の連続写真を見て気になる点として上げたのは肩のラインと右肘の出し方。山川は極端に右肩が下がり、右肘も右脇腹方向に出てきている。写真を見ながら、「肩のラインと平行で、バットをそのまんま、右肘を右の胸の所に持ってくるっていう…体の前にバットを出そうと思ったら、トップの位置から右肘を右の胸に出してくるっていうのが一番理想なんだろうとは思うけどね。オレの中では」と持論を展開した。
 その上で「しかし、よくこれで打てるもんだわ」と、まじまじと山川の連続写真のフォームを見て驚嘆のため息。「これは大谷もそうなんだけどね。うん。これはこれで打ってるんだから良しとしなきゃいけないんじゃないかな」とエンゼルスの大谷の名前も出し、落合氏の目から見た現代の“アッパースイング”に対して理解を示した。そして、この打ち方は決して真似ができるものでもないし、山川本人も説明できるものではないと断言した。
 動画の最後には「おまけ」と題して、再び「アッパースイング」について言及。「ダメだってことはないよ。数字さえ残せればね。数字を残せない人間がアッパースイングしてもラチが明かないと思う」と自身の考えを語った。(抜粋終り)

さて「山川は極端に右肩が下がり、右肘も右脇腹方向に出てきている。」とう箇所は、第五回で紹介した従来の打ち方が頭にあるコーチや解説者などからは、いつも「少し体が開いている」指摘されるところですが、捻りモデルの立場からは体幹に力は溜めている動作の一環でしかありません。前回紹介したトラウトの、更に「極端に右肩が下がり右肘も右脇腹方向に出てきている」打ち方を、捻るモデルのメカニクスから考えてみれば、極端な右肩下がりが故障の原因にはなったかもしれませんが打てない理由にはなりません。こうした打ち方をする選手が結果を残しているので、否定できなくなったのでしょう。茶谷選手のプロ初ホームランも、なかなか素晴らしかったですし。
日本では少ない球団に良い選手がひしめき始めたので、筒香選手が米国に残るのは正解かもしれません。NPBには球団が少なすぎると思う。

落合さんは、「この打ち方は決して真似ができるものでもないし、山川本人も説明できるものではないと断言した」とありますが、捻りモデルで説明できると思います。
説明はできますが、理論と実践は区別して考えるべきでしょう。理論は実践に役立てる知識の一つで、バッティングの一部でしかありません。だからといって実践による経験からだけで理論を構築しようとすると、個々人の肉体的、感覚的な違いから混乱するわけで、力学モデルによる交通整理が必要になるのです。

捻りモデルの動作を取り入れてパワフルな打撃をしているNPBの選手を見ていると、若い世代の方々には想像もつかないでしょうが、日本人は50年以上も左手一本でダウンスイングをして、俺たちは日本人だからパワーがないなどと自虐的人種差別に陥っていたのです。それだけならまだしも、間違った指導により有望な選手を何人も潰してきた歴史があります。若い人達は、素直に年寄りの言う事に従う前に、まず自分の頭で考えましょう。
捻りモデルが認知される事で、こうした混乱を終わらせられればと思います。

ちなみに打撃の力学モデルには、学会で主流の「回転モデル」(バットの運動量だけを考えるモデル)と、それに異を唱える「捻りモデル」(バットの運動量より体幹の応力が重要と考えるモデル)の二種類しかありません。
世にあるほとんどの○○打法は、「回転モデル」に基づいているようですが、その場合は第五回で説明した打ち方に、「捻りモデル」に基づいているのなら第四回で説明した打ち方に分類されると考えます。

「捻りモデル」に分類される○○打法があれば、学会から異端と責められる事を覚悟しなければいけません。
第二回で説明したように、下記論文に対する反論を用意しておきましょう。

Dynamics of the baseball-bat collision (Alan M. Nathan, Department of Physics, University of Illinois, March 2000 )

Model of baseball bats (Haward Brody, Physics Department, University of Pennsylvania, October 1989)

さて次回は何を書きましょうか。何か気がついた事があって気が向いたら書く事にします。

(追記 2022年8月16日)
筒香選手が、ブルージェイズとマイナー契約との報道がありました。
米国メディアでも報道されているので恐らくそうなのでしょう。

《独自》筒香嘉智がブルージェイズとマイナー契約 米4球団目 近日中に正式発表

ブルージェイズは、アストロズやドジャースなどと同様に、力学的なメカニクスには注意を払っている球団だと思います。Dan Evansの影響か、NPBの選手についてもよく調査していた印象があり、筒香選手にとっては良かったと思います。

頑張れ、筒香!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?