見出し画像

【詩の森】498 心を込めて此処にいる

心を込めて此処にいる
 
家族の中でいちばん
早寝早起きの僕の日課は
毎朝四時に起き
前日の洗い物を拭いて棚に収め
コーヒーを淹れることです
いつもなら
時計を気にしながら
義務のようにこなす時間ですが
何故かその日は
すこしばかり違っていました
スプーンの柄を拭き
窪みの部分を拭き取りながら
ふとありがとう
と洩らしていたのです
 
幼稚園児でもあるまいし
古稀に手が届くこの歳になって
スプーンさんありがとうもないものだ
と思わず苦笑したものの
ありがとうの気持ちだけは
ふつふつと湧いてくるのでした
僕はいつになく丁寧に
スプーンを拭き取り
回しながら茶碗を拭き
拭き残した底の部分も
まんべんなく拭き取っていきます
すると今度は
心を込めてという言葉が
浮かんできたのです
 
定年過ぎて
できるだけ今此処にいようと
心掛けてきたつもりでしたが
やっと分かったんです
今此処にいたいなら
心を込めることだと―――
それは移ろいやすい心を
今此処に引き止めることです
その糸口は
物に対する感謝の気持ちでした
物の向こうには作った人が必ずいます
心を込めて此処にいる
心を込めて
生きてみようと思います
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?