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【詩の森】490 春の夕ぐれ

春の夕ぐれ
 
淡い水色の空に棚引く
薄桃色の雲
見ているだけで心が和むような
春の夕ぐれ
何十年も生きて
毎日空を眺めていたはずなのに
こんな空は初めてのような気がするのは
いったいどうしてだろう
ただ記憶に残らなかった
だけなのだろうか
 
それにしても
記憶に残るものとの差は
どこにあるのだろう
老いて新しい情報が乏しくなれば
僕らは古い記憶を呼び出して
知らずに反芻している
呼び出されるのはどんな記憶なのだろう
僕はこんこんと湧き出る記憶の泉の
ほとりにいるかのようだ
泡のような記憶のかけらたち―――
 
古い俳句を読み返すと
その時の場面が鮮やかに蘇る
ややもするとその時の心持まで
まざまざと浮かんでくる
いましがたまで見ていた夕空を
こうして詩にしているのはなぜだろう
僕はカミを見たのだろうか
カミとはなんともいえずよいもの
ことのほか美しいもの
つまりアニミズムのカミのことだ
 
そういえば学生時代
同人誌の紀行文にサロマ湖の夕日を
悲しくなるほど美しいと書いたら
なぜ悲しいのかと聞かれたことがある
もとより答えなどないのだが
あれもカミだったのかもしれない
いましがた見たあの夕空も
やがて僕のカミになるだろう
カミは僕のなかに隠れていていつか
呼び出される時を待っている―――

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