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【詩の森】642 カミのいる場所

カミのいる場所
 
学生時代の友人は
子どもの頃から
何か嫌なことがあると
いつも海を見に行くといっていた
海を見ていると
不思議と心が落ち着くという
外房の海辺で育った彼は
寮生活をしながら
あの海が恋しい
とつぶやいた―――
 
僕がよく散歩にでかけるのは
近くの小貝川の土手だ
河川敷の野球場には
土日たくさんの人が集い
たくさんの鳥たちも住んでいる
冬鳥が夏鳥に入れ替わる
初夏のこの季節―――
鴨の一群は遠くシベリアへ発ち
蘆原には東南アジアから来た
葭切が盛んに啼いている
 
葭切の一声ごとに
青蘆がずんずんと伸びていく
やがて去年の枯蘆を
覆い隠してしまうだろう
葭切の巣を狙って
郭公がやってくるかもしれない
風の梢では
頬白や四十雀も啼いている
ぼんやり川の流れを見ていると
大きな魚がジャンプする
 
自然のなかで
五感がひとりでに開放されていく
風の香を嗅ぎ
日の温もりを感じながら
まぎれもなく
僕は今ここにいると
信じることができる
僕はこの一刻を惜しむように
そこに佇む
五月の風に吹かれながら―――
 
詩人の山尾三省さんは
たとえば海が与えてくれる、善いもの、
広がりがあるもの、美しいもの、
なぐさめてくれるもの、
それらをほかに呼びようがないから
カミというのだという。
カミのいる何でもないような場所―――
いのちかがやくその場所で
僕らは生きる力を
取り戻すことができるだろう
 
2024.5.23
 

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