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3rd collection - ”Ark"

こんにちは。

遅ればせながら3rd collectionについての想いを綴ろうと思います。よろしければお付き合いください。

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まずはじめに、創作の鍵となった大切な本を。

J・K・ユイスマンス著 / 澁澤龍彦訳 「さかしま」

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現代社会に嫌気がさした主人公デ・ゼッサントは都会から郊外へと移り住み、その家を自分の偏愛する美しいもので充たし、蠱惑的な小宇宙を部屋の中、そして心の中に構築していきます。きわめて文明的で創造力に溢れたゼッサントのデカダン生活には圧倒されつつも、私はどこか羨ましくも思います。

部屋について考えていたから思わずこの本を手に取ったのか、手に取っていたから部屋について考えるようになったのか......もう思い出せませんが、ちょうどこのコレクションの制作中に引っ越しをすることが決まっていました。どんな部屋にするのか、部屋に何を置こうか、そんなことばかりを妄想しながら過ごす日々。

しかし、デッサントほどではないにしても、かなりこだわりの強い人間である私は、"とりあえず"という気持ちでは家具などを揃えることができず、生活する準備が整わないまま引っ越しすることになってしまいました。

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(住み始めた日の写真。リビングの棚に置けるものがこれだけ。照明もひとつしか無かった...)


新しい部屋で寝て起きた朝、未完成な部屋を見渡して、ふと思いました。

「目が覚めた時、視界に映る全てが愛おしいものであってほしい」

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ノートにも残っていました。


その後部屋にある愛おしいものについて考えました。それらは他には決して替えられない、自身が偏愛するもの。たとえ世間では粗末にされるようなもの、取るに足らないものであったとしても。

"ありていに言って、それは理想への、未知なる宇宙への、また聖書がわれわれに約束する至福とひとしく望ましい、はるかな至福への跳躍であり、熱狂であったのだ。"  -----小説「さかしま」より

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私の部屋は未完成だからこそ、愛おしい欠片たちの小さなきらめきにも気づくことができました。

本、集めたポストカード、古い花器、記憶、香り、そしてこれから過ごしていく未来の時間。

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そしてテーマでもある自分の「部屋」を、外の世界に降り注ぐ憂鬱から逃れるための「方舟」になぞらえた背景には、現代社会そのものの存在がありました。

ニュースをひらけば暗い知らせばかり、外に出れば疫病の脅威、ネットで繋がれば他人の憂鬱が心に流れ込んでくる。現実と仮想現実の境目はどんどん曖昧になっていく。

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そんなものに立ち向かう勇気を持てない時に逃げ込める方舟。それは自分の愛するもので充たされた「部屋」以外に私は思い浮かびません。

もともと部屋で過ごすのが好きだったけれど、外出しないのではなく、「できない」という環境の息苦しさはこんなにも耐え難いのかと思い知らされるのと同時に、部屋に集まったものたちへの愛が深まりました。

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方舟から出た時、あたたかで穏やかな風に包まれていますように。思いっきり深呼吸して、大好きな人と心から笑い合えますように。希望を込めて。

部屋が方舟ならば、tunicaのニットはお守りであってほしいな、なんて思います。

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以下、展示受注会でそっとお配りしている文章を残しておきます。全ての人に来ていただけるものではないので、よろしければお読みください。

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降りそそぐ憂鬱が心を締め付けて離さないならば、薔薇色のワルツで充たされたこの部屋に逃れてしまえばいい。

自分を囲う卵の殻をひとつひとつ剥いで並べたように、「部屋」というものは自身が偏愛し慈しむものたちによって構成されています。私の部屋を充たす薔薇色のワルツ、それは消えないエフェメラ、香りのする生温かいデザート、透明に淀んだ記憶であったりする。

その曖昧なリズムに揺られながら夢想に耽り、現実と夢幻、過去と未来とがどろどろに混ざり合うなかで、私はこのコレクションを編みました。どうか部屋の向こうの世界では穏やかなあたたかい風が吹いていますようにと、祈りながら。

いつかは溶けてなくなってしまうとしても、私はまた、このわがままな方舟のなかで夢をみるのでしょう。

Frill Sleeve Knitted Top , Dress

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私の部屋の本棚の隅にひっそりと収められた箱、その中には蒐集しているポストカードがあります。描かれている内容はもちろん、手に入れた場所も時期も異なるのに、集まってしまったそれらにはなにか共通性(人の肌がやさしくて淡い灰色がかっていること、花が描かれていること、印象的な青色が用いられていることなど)が存在していることに気付きました。個々の要素はばらばらでもどこかで結び合わされ、綯い交ざり、より一層洗練された美しさを持つことに心惹かれたのです。

さまざまな編み柄を単にドッキングするのではなく、箱の中に蒐集されたポストカードのように集まって積み重なっている様子を表現したフリルの袖が、纏う人の所作に合わせてひらりと揺らめく。

あなたの部屋にも、気付いたら集まってしまっていた愛おしいものたちがありませんか。


Glass Knitted Dress , Skirt

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古いガラスは分厚い重々しさの中にとろけるようなやわらかい表情を持っています。祖母から受け継いだガラスの花器も、光を受けるとゆらゆらとたゆたってガラスの中にはまた別の世界があるように思えてきます。透明で静かなその世界には祖母の記憶の色があり、そして私の記憶の色も追筆されていく。祖母が赤いバラを生けていた器に、私はユーカリの緑を飾る。そのようなイメージから、玉蟲のように角度によって色の風趣が感じられる編地をたっぷりと使ったドレスとスカートになりました。

しとやかな編地が風を孕んで色を変え、深めのスリットからは危うげに素肌が覗きます。贅沢にあしらわれた編地、次第に増えていったタックの本数は恥ずかしながらわたしの我儘そのもの。


Ribbon Jacquard Knitted Vest , Top , Choker

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空気を含む軽やかな糸で編んだ身頃に、花柄のジャガードリボンをあしらったシリーズ。想起されるのは、畦目の美しいお皿に乗せられた香りのよいお菓子。切り取られた花が飾り立てるそれを口に含んだとき、幸福感と花を体に取り入れているという不思議な感覚がありました。

このシリーズを纏ってみるとふんわりと軽く、まるで焼き菓子の生地に包まれたような心地がしてくるのです。身頃部分の一見プレーンな編地にも編み目による柄の変化が緻密に付加され、揺らめくリボンもこれほど細い幅の中に柄を配置し成型するのは職人の技無くしては実現できませんでした。

はためく風、揺れる花。移ろいやすくも美しい景色を思うままに纏ってください。

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ここまで長い間お読みくださった皆様ありがとうございました。

この3rd collectionの発表時はまさに方舟に逃げ込みたいような状況でしたが、少し時間が経ち緊急事態宣言も明け、やわらかな風が吹いているように思えます。

もうすぐ発表される4th collectionは方舟に揺られて、夢うつつのなか編んでいきました。そちらも合わせてお楽しみいただけたらうれしいです。

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