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短編小説「憂い」 ―北板良敷―

「うー!くそくそくそボケがよぉ!このカス野郎が!」
 
 自室のベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋(うず)めながら叫ぶ。叫び終えた後、暫(しばら)くの静寂(しじま)。

「あのさ、俺が何したって言うんだよ、おい! 俺が悪いって言うのかよ!」
「何で、どうして俺だけこんなに苦しまないといけないんですか。謝れば許してくれるんですか。」
「うー!うー!うー!にゃあぁぁうあぁぁぁうううぅぅぅ・・・」

 再び枕に向かって叫び続ける。しかし、その後に訪れたのは、やはり静寂だけであった。
 
 やがて叫び疲れ、放心状態で天井を眺めた。電球が煌々と光を放っていた。こうしてどれだけの時間が過ぎただろうか。どれだけの時間を溝(どぶ)に捨てたのだろうか。自分がこうして希死念慮に苛(さいな)まれている最中にも、楽しい時間を過ごしている人間がどれだけ居るのだろうと、考えてみる。視界が滲んだ。頬を伝った涙は、シーツへと吸い取られていった。

 ベッドに横たわったままスマートフォンを手に取り、SNSのアプリを開いた。インターネットの世界では今日も、人々があらゆる物事に怒らされ、地位や財力を衒(ひけ)らかし、劣情を煽るようなイラストを流布していた。自分は辿々(たどたど)しい指使いで画面をスクロールし、虚ろな目でそれらを眺めるだけであった。
 溢れんばかりの情報が、ますます心を荒(すさ)ませていく。何よりもこの場所には、自分と違って楽しそうに人生を送る「奴ら」がうじゃうじゃと棲みついている。ああなんて腹立たしい。アプリを開いてから数分も経たないうちに、ホームボタンを二度押し、アプリを終了させた。
 
 うう、どうにかして自己を肯定しないと、このままでは己の生命活動を自らの手で終了させてしまい兼ねない。そうだ、ここは手っ取り早く、小説を書いて自己を肯定しよう!
 よし、また小説を書こう。以前にも一作だけ書いたことがあったが、一時的ではあるものの希死念慮を消し去ることができた。パパッと書きたいし、ここは、過去の自身の経験を基に小説を書くか!
 
 重い腰を上げ、ベッドから起き上がる。そして、テーブルの上のパソコンを起動した。
 『小説』フォルダ内のワードファイル『小説用基本様式』。これを開いたらまた別に新規保存して・・・タイトルをファイル名にしたいけど、今回のタイトルはどうしようか・・・とりあえず、直観で思いついた『憂い』にでもしておこう。




短編小説『憂い』

 いよいよ肌寒くなってきた、秋の日の夜のことであった。
 私はここ、太陽の子浦東(たいようのこぷーとん)駅前の、高架橋の下に居た。何を隠そう、私は伝説の「電気ウナギバス」をお目当てに、自宅のある国頭村横芭(くにあたまそん・ゆっぱあ)から自家用車を走らせここまでやってきたのだ。
 ここで、電気ウナギバスについて説明しよう。電気ウナギバスとは、その名の通り電気ウナギを動力に走るバスだ。エンジンルームで大量の電気ウナギを飼育しており、電気ウナギが放電する電力を動力としてバスを走らせる。ちなみに電気ウナギには、一匹ずつ「タクマ」「ジンベエ」「マリン」「コバンザメ」「マダラロリカリア」などといった具合に名前が付けられているそうだ。
 しかし、電気ウナギがご機嫌斜めであまり放電してくれないことや、走行に必要な充電容量に達するまでに時間がかかることから、年に一度しか運行されないのだ。
 そんな貴重な電気ウナギバスを見ることができるのは、年に一度、この日だけ。系統番号258番「場天太陽の子逢瀬(ばてんたいようのこあわせ)線」の一往復に運用入りするこの時だけだ。
 
 高架橋の下で待っていると、暫くして電気ウナギバスが近づいてきた。カメラを構える手が震える。
 だがこの時、ファインダーを覗くことに夢中になり、真横に迫りくる男の存在に気が付かなかった。真横と言っても、本当に目の前である。自分と男の間は、10cmも離れていなかったのではないだろうか。写真を撮り終えた瞬間、私はその男に気が付いた。恐怖を感じ、反射的に身を避けた。しかし、男は再び自分に近づくと、畳みかけるように話しかけた。
「す、しゅ、す、しゅみません、ど、ど、ど、同業者の方でしゅか?」
 突然のことだったので、反応などしようが無かった。だがそんなことには目も呉(く)れず、その男は立て続けに語り続けた。
「あ、あの葬送のフリーr




 過去に遭遇した人間を回想して、相対的に自分の地位を上げたように見せて安心する行為が、どれだけ虚しいことか。そんなこと、俺だってとっくに理解しとるわ!ボケ!
 
 でもねえ!そうすることでしか自分を「肯定」できない人間だっているんですよ!ほんとにさあ!いいですよね貴方みたいな人間は!人の道を踏み外すことなく自分を肯定出来てさあ!心の底で俺のこと嘲(あざ)笑ってるんでしょう?惚(とぼ)けないで貰えませんか?いま私のこと馬鹿にしましたよね⁉️ いま私のこと馬鹿にしましたよね⁉️ いま私のこと馬鹿にしましたよね⁉️ いま私のこと馬鹿にしましたよね⁉️ いま私のこと馬鹿にしましたよね⁉️ いま私のこと馬鹿にしましたよね⁉️ いま私のこと馬鹿にしましたよね⁉️ いま私のこと馬鹿にしましたよね⁉️ いま私のこと馬鹿


<了>
2024.02.14 北板良敷

(この物語は全てフィクションです。)