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短編小説「六角形のツチノコは光る電気バスの夢を見るか?」 ―北板良敷―

 屋我地(おくわれどころ)島は、沖縄県 名護城市(むなじょうけん なんじょうし)に位置する有人島だ。しかし島といえども、道路橋で本島と繋がっており、往来に難儀することはない。

 温泉玉子産業大学(略称:温玉産大)の男子学生である東冷 柚庵(ひがしひえ ゆうあん)は、莫大な報奨金を狙い、ツチノコを捕獲するために夜な夜なこの島にやってきた。柚庵は既に二回も大学を留年し、次に留年したらもう学費を出さないと親から釘を刺されている。そのためここで学費を稼がなければ、と躍起になっているのだ。

 しかし、そんなことに割く時間があるのならば、試験勉強をして単位取得に励んだ方がよほど有益であることは、誰の目にも明らかであった。だが、二回の留年でもはや冷静さを失っていた柚庵に、そんなことが思いつくはずもなかった。また、柚庵には友人という友人がおらず、そのことを指摘する人も周りにいなかった。


「よし、今日こそツチノコを捕まえて、一攫千金だ!」


 柚庵はいつもに増して張り切っていた。百円均一ショップで購入した虫取り網を片手に、闇夜に静まった集落内を闊歩する。傍から見れば(いや、どう見ても)、明らかに不審者であった。柚庵はこの時、半袖短パンにサンダルを履き、不織布マスクを着用し、頭には麦わら帽子を被るという、壊滅的かつあまりに不審なコーディネートをしていた。もしも地元住民がこの男を目撃したならば、十中八九で通報するに違いない。ツチノコなんぞよりもずっと恐怖である。

 柚庵が集落内を歩いていると、どこからか重苦しいエンジンの音が聞こえる。振り返ると、一台のバスが近づいてくるのが見えた。
「えっこんな時間のこんな場所にバスが?」
 柚庵は驚いた表情で、近づいてくるバスを見つめていた。やがてバスが売店の前に停車すると、中から一人の男が下りてきた。

 



「ふう、もうすぐで到着か。」

 この男以外に、バスの乗客は誰一人いなかった。この男は、岩本町 神奈汰(いわもとまち かなた)。名護城市(なんじょうし)内の動物園に勤務しており、マングースやマダラロリカリア、イモゾウムシの飼育係を担当している。   
 バスに揺られながら、神奈汰は小さなメモ用紙を食い入るように眺めていた。そのメモには以下のように記されていた。


電気バスの特徴
・全身に電飾を纏い、さながらイカ釣り漁船、またはとある通勤電車のようである。
・電車に似た音を出しながら移動する。
・夜行性で、昼間は充電ステーションで寝ている。冬場は充電ステーションで冬眠をする。

 神奈汰は幻の『電気バス』を探しに、遠路はるばるバスで屋我地(おくわれどころ)島にやってきた。しかし電気バスはツチノコとは違い、見つけても報奨金は出ない。神奈汰は己の知的探求心を満たすためだけに、電気バスを探しに来たのだ。

「ご乗車ありがとうございました。終点 運天原(はこびあめばり)です。お降りの際は、お忘れ物の無いようにご注意ください。」
 
 無機質な機械音声が流れる。目的地に着いたようだ。運賃箱に小銭を入れ、軽い足取りでステップを降りる。しかし降り立った瞬間、神奈汰は只者ではない気配を感じた。




 バスから降りた男は柚庵に気付くやいなや、直ぐに顔を逸らした。しかし、明らかに恐怖している様子にも形振り(なりふり)構わず、柚庵は男に近づいて話しかけた。
 
「あっ、あっ、あの、す、す、す、すみません。も、も、もしかして同業者の方ですか?」
 
 突然の問いかけに困惑し、男は顔をしかめた。しかし柚庵はお構いなしに、一方的にマシンガントークを続けた。

「あ、あの、あの、『回送のフリーゾーン』ってアニメ見てます?え、え、ええと、沖縄県(むなじょうけん)でこれ見てる人全然(じぇんじぇん)居ないので、もっと皆にもみ、み、見てもらいたいんでしゅけど?あっ、てかTwitter(自称X)や、や、や、やってます?ぼ、ぼく『冬のタピオカ背脂ティー@フォロバ100%』」って名前でやってりゅんでしゅけ、け、けど?あ、あ、て、てかLINEやってま、ます?よろしければあっ、その、こ、交換しましぇんか?」

 男は凍り付いた。あまりに突然であったことと恐怖心で言葉を失い、茫然と立つことしかできなかった。


(よし、楽しく話せたな。パーフェクトコミュニケーション!)


 恐怖する男には目もくれず、柚庵は内心で誇らしげだった。見ず知らずの人と、こんなにも円滑に『コミュニケーション』が取れるだなんて、もしかしてワイは陽キャのパリピなんじゃないか?ああ、ワイはなんて素晴らしい人間なんだ!柚庵はそんなことを『本気で』思っていた。




 恐怖に打ちひしがれる神奈汰を前に、不審な男のマシンガントークは止まる気配が無かった。むしろどんどん過熱し、ついに意味不明なギャグ(というか、そもそもギャグなのか?)を連呼しはじめた。


「この戦いが終わったら結婚するPHEV、フラグインハイブリッド。」

「那覇と読谷に生息するスベスベマンジュウガニ、楚辺楚辺マンジュウガニ。」

「わんぱくすぎる万博記念公園、わんぱく記念公園。」


 不審な男に突然絡まれ、支離滅裂なことばかりを一方的に語られ続けた神奈汰は、既に半泣きであった。時すでに遅しと分かっていながらも、今日この場所に来たことを心の底から後悔した。折り返しのバスはまだ来ないのか。電気バスのことはとうに忘れ、この場を一刻も早く離れることしか頭になかった。


「東西線沿線に住んでる聖徳太子、行徳太子。」

「吸って食べるビーフストロガノフ、ビーフストローガノフ。」

「ガチ恋するスキピオニクス、すきぴオニクス。」


 不審な男はそれでも喋ることを止めなかった。
 もはや神奈汰の耳には、何も入っていなかった。やがて、この場所から早く離れたいという感情すら消え、今はただこの時を耐えるために、無心であろうと思うばかりであった。




 意気消沈とする神奈汰。するとその時、はるか遠くから甲高いエキゾースト音がした。段々と近づいてくる。もしかして電気バスなのか。すると、遥か遠くの暗闇から、電飾を纏った物体が近づいてくるではないか。神奈汰は不審な男のことなどお構いなしに、スマートフォンのカメラを起動した。間違いない、電気バスだ。スマートフォンを持つ手が震えた。
 しかし、物体が近づくと、それが全くの別物であることに気が付いた。それはセダン型の普通乗用車だった。いや、様子は全く普通ではなかったが。その乗用車はボディ全体に電飾が散りばめられ、近くで見ると目が眩むほどだった。車高は限界まで下げられ、ボディがアスファルトに着きそうなぐらいだ。それにタイヤはあらぬ角度に取り付けられていたし、マフラーは竹槍の如く、天に向かって3m近くまで伸ばされていた。

 自動車は爆音を鳴らしながら、二人の前を走り去っていった。期待していただけあって、神奈汰は肩を落とした。

「ああー!光る自動車だなんて!無許可での遺伝子改変はカルタヘナ法に抵触するんだぞ!」

 自動車が通過するやいなや、不審な男が絶叫した。電気バスへの期待と落胆から、神奈汰は一瞬この男の存在を忘れていたが、この絶叫を聞いた瞬間、再び思い出したのであった。

 



 するとその直後、近くの茂みから物音がした。音のした方向に目をやると、そこには体長1mを優に超すであろう蛇が、街灯に照らされていた。しかし普通の蛇とは違い、腹のあたりが不自然に膨らんでいた。
(恐らく、大きな獲物を丸呑みして間もないハブだろう。)
 動物園に勤務する神奈汰は、専門外ではあるものの爬虫類の知識もある程度持っていた。そのため、不自然な姿をした蛇を前にしても、冷静さを欠くことはなかった。神奈汰は蛇を刺激しないように、ゆっくりとその場から遠ざかろうとした。


一方の柚庵は正反対であった。

「あ゛― ! ツ゛チ゛ノ゛コ゛た゛―!!!」
 柚庵はありったけの声で叫ぶと、蛇のところへと駆けだしていった。
「これで三留しても安心だあ!賞金貰ったら、武宇留原アーカイブ(ぶうるばるあーかいぶ)の限定水着ガチャに全額突っ込むもんね!待っててね!ヒナちゃん!ナツちゃん!アリスちゃん!!!覚悟しろ、規則違反者共め!ギャッハッハ!」

 その直後、目の前で繰り広げられた光景に、神奈汰は絶句した。柚庵は蛇に近づくやいなや、大きく飛び上がった。そして、牙をむき出しに威嚇する蛇を、勢いよく踏みつけたのだ。

「暴れてんじゃねえぞ!うー!俺のこと馬鹿にしやがってよお。俺の苦しみも知らねえ癖に調子乗ってんじゃねえ!」

 その後も柚庵は滅茶苦茶なことを叫びながら、必死に藻掻(もが)く蛇を何度も執拗に踏みつけた。


 気が付くと神奈汰は走り出していた。早く逃げないと。
 
 数百メートル先に、先ほど乗ってきたバスが折り返し時間を待っているのが見えた。神奈汰は無我夢中でバスに駆け寄ると、ドアを何度も叩いた。運転席で寝ていた運転手は、突然のことに驚き飛び起きた。

「どうしましたか。なにがあったんですか。」

「助けてください!変な人に絡まれているんです。」
 
神奈汰は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。

「わ、分かりましたから、とりあえず中に避難してください。」

運転手がドアを開けると、神奈汰は急いで飛び乗った。

「あなた、さっき乗ってたお客さんですよね。どうしたんですか。」

「あ゛っ、さっき降りたときから・・・う゛っ・・・」

 神奈汰は声にならない声で、一連の出来事を運転手に説明しようとした。するとそのとき、遠くから叫び声が聞こえた。


 何か近づいてくる。バスのヘッドライトがその姿を照らした瞬間、暗闇の中に柚庵の不気味な笑みが浮かび上がった。

「イェェェイツチノコゲットォォォォォ!!!これで俺のことを馬鹿にしてたアイツらを見返せるぜえ!!!!!」

「わあーーーっ!!!」

 神奈汰と運転手は二人して叫んだ。驚いた運転手は、慌ててクラクションを鳴らした。しかし柚庵はそれでも怯まず、バスの前で発狂し続けた。しかもよく見ると、柚庵は全身返り血に塗(まみ)れながら、ハブ(だったもの)を片手に握っている。

「は、早く通報しないと。あ、あ、あ、」

 恐怖のどん底に叩き落された神奈汰と運転手は、その場で泣きじゃくることしかできなかった。


 


 秋の夜長。長い長い夏も終わり、あの茹(う)だるような暑さも、嘘のように過ぎ去った。心地の良い涼風が吹き抜ける。満月が、優しく地面を照らしていた。
 二人の絶叫と一人の発狂、そして虫たちの鳴き声だけが、屋我地(おくわれどころ)島に響いていた。


<了>
2024.01.29 北板良敷


※この物語は全てフィクションです。登場する人物、団体、地名等は実在のものと一切関係がありません。