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嘘はえらい

わたしは物心ついたときから、今現在とほぼ同じ精神構造をしていた。たぶん発達が早かったし、オナニーも小2からしている。こっそり読んでいたお父さんのヤングマガジンの袋とじを開けようか開けまいか悩んでいたくらいには可愛らしい子どもではあった。ちなみに中身はグラビアアイドルのセミヌードトランプだった。めちゃくちゃ良かった。危ない橋を渡る価値があった!


その時からほぼすべての人間の考えていることが手に取るようにわかり、もしくはわかった気になり、自分がどうするべきか、何を求められているのか、どう動けば相手の言動を動かせるかわかった。


それもあってわたしは不幸なことに今の今まで、家族以外に怒られたことがない。
悪いことをしても怒られないような人間性の作りをしてしまった。


わたしの人生は、ただ「怒られないため」から始まった。




どうすれば相手の同情心が煽れるか、警戒心を解けるか、わたしを好きになってもらえるか、笑ってもらえるか、ここをクリアしないと許されない。


気持ち悪さや居心地悪さ、好き嫌いも自分には不要で、相手が話しやすく害のない人間であり、なおかつ絶対に相手が求めている正解のレスポンスをしなければいけなかった。


相手が気持ちよくなるための言葉しか吐いてはいけない。

母親はなにかとヒステリックにわたしを罵倒し暴力を振るい、最終的にネグレクトした。
なにをしても怒られた。泣いている母親を慰めても怒られた。テストで100点とっても、「それ以外なにもできないからね」と詰られた。父親に話しかけているだけで、後から「ブスのくせにぶりっ子だ」と笑われる。




だから絶対に怒られたくない精神で世界と向き合った。家のなかでこんなに怒られているのに、外の人間にも怒られたりしたら、わたしは本物のカスで価値のないダメな人間ということになってしまうと怖かった。


だからわたしはずっと知っていた。どんな立ち振る舞いが求められているか、どんな仕草表情言動空気行間があれば相手が満足するのか。命を掛けて知っていた。


人間を好き嫌いではなく、正解しなければならないテストのように思っていたから、誰かを嫌いになったことが生きてきて2回しかない。


夏になると楽しいバーベキュー、冬には美味しいジンギスカン、そして年中無休の性欲と暴力、ぶっきらぼうで寂しい愛とおさがりの教訓が溢れる、人間を演じられないほど小さな町で産まれた。それは北海道の上のほう、限りなく上の位置にある、雪が2階の窓まで積もる小さな町。



父親は不倫でほとんど帰ってこなく、母親は父親の親友と不倫していた。母親は7歳のわたしに、父親の悪口と不倫相手との惚気話しを永遠にして笑っていた。

今思うと、7歳の子どもに愚痴っても惚気けても楽しいわけがない。母親も相当キツい状態だったのだろう。

そして恒例のバーベキューが何度も行われる。その場にはもちろん仮面夫婦の両親と、父親の親友兼母親の恋人もいる。

その隣に座っている別の夫婦たちも、この中にいるメンバーと不倫している。ここはスワッピング工場か!?

わたしは大人をよくよく観察してみた。

へえ、不倫する人間はこうやって笑うのだなと思った。嘘をつく人間はこうやって笑うのだな、理解した。それをずっとインプットして育って、わたしができた。わたしは嘘をつきたくなくても、もうその場にいるだけで嘘つきになってしまう。だから、嘘を吐いてもいいことにした。嘘はバレなきゃ正義なのだった。母親と父親を傷つけず、わたしも怒られないのだ。だから嘘はえらい。

わたしはその気持ち悪い嘘をずっとえらいと思いながら装備して、相手の喜ぶことやほしい言葉を吐き続けてここまで育って、そうやって生きることが、褒められるべき大人で賢い生き方だと思ってしまって、そうじゃないと気づいてからもそれ以外は知らなかったし他は難しかったけど、これだけは生存本能で身についた技だから、できてしまった。怒られたくなかったのだ、どうしても。

 



誰もわたしのことなど求めていない。ただ気持ちのいいことを言ってくれる人間がいればいいのだ。自分はそれができる才能がある。だからこれで正解なのだと思っていた。みんなを満足させる嘘ならいくらでも吐いていい。




今もそう思っている節はどうしてもある。
だけど、今は誰の気持ちもわからない。気持ちが簡単にわかってしまうような人間と付き合っていないということもあるけれど、わたしは自分を許したから誰かを喜ばせる必要に追われなくなった。


喜ばせなくたって生きていてもいいと思えた理由が、この20数年生きてきて、わたし以外の人間だってクズでどこかしら馬鹿で変でキモくてでも面白くてかわいいことを知ったから、わたしが許されないなら全員許されないに決まっていると知ったからだ。


上記、2.3か月前に書いて残した下書き。


歴史の上になりたつ脳みそに作られた脳みそのわたしは、誰を責める気持ちもないし、根本的にはこの世は自分以外のすべてで調合されて動いているから、自由意志は無いと考える派だ。

ただ事実は事実で、真実は人の数だけある。

なにひとつ汲み取られなかった7歳のわたし。10歳のわたし。15歳のわたし。

環境を作るのは大人なのに、環境を踏み越えていくのは子どもで、そんなの当たり前だろって突き放された先にわたしはいつも自分で立っていました。


子どもが子どもを育て、子どもが子どもを殺め、子どもが子どもと子をつくる、子どもだけの青い部屋。(青い部屋/大森靖子)


母親は泣いて、「あんたが1番かわいいと思ってきたから、ブスだなんて言ったことない」「言ったとしても冗談だった」と歪んだ。


「パパもママも弟も顔がいいのに、あんただけ違うね。どこの子?」「ブサイクだね〜」と、祖母と母親に毎日、低いわたしの鼻に洗濯バサミをつけられたのだから覚えている。


でもわたし、それだって、タイミングや運を拾うだけの意思があったから、今自分をかわいい人間だと思っている。

女の子として生きちゃいけないとショートカットにしてズボンしか履かず、男の子にタイマンをけしかけるような嘘は死んだ。

そうやってひとつずつ、わたしは自分をどんな形であれ許した。


誰のせいにして生きているとかではないだろ。
過去環境事実のうえになりたつ人格に向き合ってるだけだろ。


わたしのことなんにも知らないくせに、不幸せだとか行き詰まってるとか、人のせいにして生きてるとか、そんなこと言える知能に殺されたくなんかない。うれしいことにおまえの想像力の欠如は治らない。


嘘をついた。
母親に、「母親が1番好きだよ。」と言った。


嘘はえらいんだよ。
バカを綺麗にしてくれるから。



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