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A・K小説 ぼくらの秘密          第三章 新たなる容疑者――

いつのまにか、また元の公園にぼくらは舞い戻った。
優はこのまま公園で散会にする筈だったが、瞳の一言で、再び頭を寄せて話し合う羽目になった。
「わたし、どうしても納得できないわ。山田君は参考人って言っても、結局、黒に近いと言われたようなものよ。そうじゃないかしら……」
瞳の激しい口調に、一瞬、優たちはたじろぎ、押し黙ってしまった。
瞳の感情は押さえるのにやっとのようだ。
優は、瞳がこんなにも気性の激しい子だとは思ってもみなかった。
いや、中二の頃は皆どこか心が不安定で、やり場のない不満や不安が募り、爆発寸前でいる。
犯罪こそ起こさないにしろ、紙一重に近い者は数限りないに違いない。
「中瀬川さん。そんなに言わなくても……綿引刑事は親身になって博人の話を聴いてくれているよ」
「でもね、山田君自身が何も話さないということを聞くと、むしろ彼の立場は不利になるでしょう。綿引刑事はたぶん彼を疑っていると思うわ」
「そんな山田君の態度では、疑惑の念は拭い切れませんねえ」
翔太がもっともらしく話した。
卓夫はませた格好で、腕組みをして考えている。
優は「なるほど、どちらの言い分ももっともだ」と感心するだけだった。
これがぼくの友人たちかと思うと、誰もがしっかりとした考えを持っていて驚きだ。
人の心理は計り知れない深さ、複雑さをもっているものだ。
「だったら、どうすればいいんだよ!」
優は焦る自分を押さえられずに、瞳や翔太に気持ちをぶつけてしまった。
皆、何かを言いたかった。
「翔太がさっき『ああ、そうか』って言ったのは何なの?」と卓夫が訊いた。
「ああ、あれね。おかしいと感じたことが二つあって、その事を考えていたら、ある事に気づいたんだ。でも、何の根拠もないから……」と翔太が答えた。
優は意外と真実を見つけ出す早道ではと思った。
「焦らさないで言ってよ!」
まるで何年も前から友人であるかのように、瞳は翔太をにらむように言った。
「うん。一つ目は、何で遠藤先生は校舎の中にいたのか。または何故、学校に来ていたのか。公務であれば上の人間が何かしら連絡なり、前もって承諾を得るように話しているんじゃないかな。二つ目は、刺されたと聴いたけど、犯人が山田君なら返り血を浴びていて当然なのに、パトカーに乗車の際、衣服は奇麗だったと聴いている。だとしたら、犯人は別人だと思うけど……」
皆が顔を突き出して頷いた。
優はその話から、ひとつ奇妙な点に気がついた。
「単純なことを訊くけど、あの日すぐにパトカーが来たよね。誰が通報をしたんだろうか」
「そうよね。殺害時、山田君しかいなかったのなら、誰かしら」
瞳の言葉に、皆が目を光らせた。
それは何かを期待する眼だった。
ここで全てを解決するにはあまりにもお粗末な情報で、何の根拠もないと俊は思った。
話にならないとことは明白だ。騒ぐだけおかしな話だった。
「山田君に対する疑惑を取り除くには、疑問点の解消に心がけるしかないよ」
優は思ったままを瞳、卓夫、翔太に告げた。
「とにかく情報資料をかき集めようよ!」
卓夫の言葉に皆が頷いた。何か良い成果が生まれる気がしていた。
夕方、再び優の家で話し合うことで、この場は散会した。
瞳が先に公園を出ていった。彼女の家はここから少し離れた文具店だった。
昔から瞳は「勉強道具はタダみたいでいいよな」とクラスメートから言われ続けたようだ。
でも、そんな言葉には動じない子だったと聴いている。
その場に残った優たちは少しでも資料を得ようと、クラスメートに電話で聞くことにした。
自然と足どりは速くなった。
「なあ、優は山田君が無実だと思うのか?」と卓夫が言いにくそうに訊ねた。
「思うよ……そう思いたい」自信なげに優は答えるしかない。
「ところで長く居たいのはやまやまなんだけど、俺たち、明日は学校だから今夜には帰るよ」
翔太は申し訳なさそうに言った。
「いいんだ。感謝するよ。中瀬川さんとぼくだけではギブアップだった。みんなのお陰で糸口が見えそうな気がするよ」
「だといいんだけど……俺らもこのままじゃ、帰りたくないよな」
翔太も卓夫も溜息を吐きながら、人通りの少ない住宅街を歩いていた。
「あれ?」優が急に立ち止まり、向かう方角を見詰めた。
路上の先に見える一人の少女に三人は目をとめた。
まだ残暑厳しいこの時期に、長袖ブラウスに上着を着込んでいた。
その格好にとうてい合わないというベースボールキャップ姿。
「何だ、あれは」
卓夫が言葉にした時、優の表情だけは何か気づいたようで、少女へ控えめに手を挙げていた。
「おい!お前、あの子を知っているのかよ」
優は頷く変わりに足早に少女の方角に進んでいった。
あの子は確か……。優はおぼろげながら彼女を知っていた。
「あのう。高桑由美さんでしょう?」
優は似合わない物言いで訊ねた。
初対面で気恥ずかしさもあって、妙に言葉がぎくしゃくした。
高桑由美という少女。キャップのつばが由美の目元や鼻を隠して、口元しか分からない。
由美は微かな笑みを優に見せて、軽く頷いた。
ゆっくりとキャップのつばを横に向けた素顔の高桑由美に優の視線が合った。
由美は上目遣いで、じっと優の後ろで佇む卓夫や翔太を見つめた。
高桑由美は一学期の終わりに優が転校した際、二日間一緒のクラスメートだった。
勿論、今でもクラスメートに変りはないが、その後、由美は登校しなくなった。
周囲では不登校だといい、不良グループに入ったとか、家庭内暴力やら非行だとか――。
誹謗中傷しか耳に入ってはこない。
優は未だに彼女の不登校の経緯や理由は知らない。
由美は優を正面からじっと見据えると、小声で話し出した。
「近田優君だよね。お元気ですか」
ありきたりだが丁寧な挨拶だった。
そんな事はどうだっていい。それよりも君がどうしてここにいるのか教えてくれよ ――。
なぜか優の心を急かす。
「高桑さん……よく、ぼくの名前を覚えていたね。再会して、こんな事訊くのは失礼かもしれないけど、今までどうして学校に来なかったの?」
「別に学校が嫌いではないのよ。理由は言えなけど、近田君とは友達になりたかったよ」
「ごめん。もう、聞きません。でも、何故ここにいるの?」
「さっき買い物で公園を横切った時、瞳とあなた方が居たものだから気になって……会えると思ってね」
由美は少し恥じらうような表情で言った。
「声をかけてくれればよかったのに」
「そうしようと思ったけど、大事な話をしているみたいだったから。もしかして昨日の事件のこと?」
優は、由美の言葉に驚きを感じた。何故、分かったのか――。
それは簡単なことだと由美は説明した。
この町全体は、何処も彼処も遠藤教諭殺害事件の話題でもちきりだったからだ。
「うん。昨日の事件のことさ。山田君に面会を求めたけど、受け付けてもらえなかった。目撃者が居ないと、彼は本当に犯人にされてしまうんだ」
「山田君が……博人は目撃者がいないと駄目なわけね」
後ろから来た卓夫が大袈裟に頷いた。
「博人は先生を殺したりはしないわ。むしろ、彼は先生に感謝しているんですもの」
由美から意外な言葉が出て、優は驚きを隠せなかった。
「感謝?君は何を知っているの」
思わず優はせっかちに答えを求めた。
遠藤教諭に山田博人は感謝とは、初めて聞いた内容だ。
由美の意外な話を聞いて、今までの遠藤教諭へのイメージが変ろうとしていた。
むろん、卓夫も翔太も同様だ。優は由美を凝視した。
この子は本当に不登校なのか――とは思えなかった。
優と間近で話すのは今が初めてだ。まるで旧知の仲のように気さくに話しかけてくる。
そんな姿に驚きを隠せない。
「遠藤先生って、博人とは犬猿の仲だとばかり思っていたけれど……」と優は呟いた。
「そう見えるかもしれないわね。周囲から見れば、当然だと思う。でも大きな勘違いなのよ」
「勘違い……」優が半信半疑で反復して訊ねた。
「事情は言えないけれど、わたしは不登校を始めてしまったでしょう。その時、遠藤先生は電話や学校の帰りに家によっては、『元気かあ。元気ならそれでいい。話したいことがあったらいつでも言ってくれ』と、不登校の理由など訊かずに手紙を置いていったのよ」
由美は真剣な表情で話してくれた。嘘はないと、優はもちろん、卓夫や翔太も思った。
「へええ。心のあつい人なんだな。意外だ。じゃあ、教室や校内で暴力とか強圧的な事はなかったのか」ずり落ちそうな眼鏡を指で押し上げ、翔太が聞いた。
「暴力?とんでもない!そりゃあ、一部の不良グループが授業妨害をした時にもみ合ったことはあったよ。その際、連中が『手が俺の顔に触れた』とか『腹を蹴られた』とか周囲に言いふらしてね。生徒は皆その話を鵜呑みにして、遠藤先生を怪訝な目で見るようになったわけ。それがおかしな噂の始まりね」
一気に話した由美は、軽く深呼吸をして優の反応を見ているようだ。
「君はどうしてその話を知っているのかな」
「博人が以前、話をしてくれたからね。この間の体育祭の話も聞いたわ。あなたがらみのことよね。皆が『遠藤に何をされた?』と訊いたら『何もない』って博人は答えたそうよ」
「本当に?」優は思わず聞き返してしまった。
「あら。あなたも疑っているの?遠藤先生は『いちいち蛭野辺先生に突っかかるな』と一言だけで、肩を叩いて帰してくれたって……」
優はきつねにつままれた気分だった。
自分の思い描いた予想は、ここで脆くも崩れていった。
そして卓夫と翔太は大きく溜息をして優を見つめていた。
予想とは大幅に違いだ。
遠藤教諭が温情み、面どうみのある教師だと分かったのは大きな収穫だった。
だとすれば、山田博人の容疑は、はれるのではないか――。
優のみならず、卓夫や翔太も同様に考えをめぐらしていた。
「高桑さん。何故そんなに博人のこと、詳しいの?」
「そう訊いてくると思ったわ。君たちの発想は平凡ね。先に質問が読めてしまうもの」
図星だ。感情の思うがままに質問していた。計画的、緻密に話を進める術を知らなかった。
「それでもいいから教えてよ」
最後は泣きの一つもみせての拝み倒すしかなかった。
「博人とは小学生から、ずっと同じクラス。何かあれば彼と話すことが自然と多かった」
由美は博人のことになると目を輝かせて話す。
きっと好きなんだろうな――と優は博人を羨ましく思った。
「それじゃ、聞かせて欲しいんだけど、山田君が一学期途中から急に反抗的態度になった理由はわかる?」
「ううん。それ、言っていいのかい」黙って聞いていた翔太が突然、検事官のような質問をした。
「きっと博人の為になるから……」と優が駄目押しをした。
由美は微かな息を漏らしながら、低い声で話し出した。
「それは、以前に担任の蛭野辺が受持っている音楽の授業で、課題曲をマスターしていなくて、博人はリコーダーが上手く吹けなかったのよ。蛭野辺の怒りは普通じゃなかったわ。とばっちりはわたしにも及んだわ。『先生、もう少し時間をあげて下さい』って言ったら『何いってるの。決まりは決まりよ!』とすごい剣幕で怒られた。不機嫌そのもので、以後、ずっと嫌がらせで授業中の指名が多くなったのよね」
由美は目頭を赤く腫らせてうつむいた。思い出すのも嫌だったのだと優は察した。
優は、あの体育祭の時、蛭野辺のいい加減な態度に反抗した自分に博人が加勢した意味がわかりかけた。
あれはぼくへの加勢というより、今までの思いを博人自身が爆発させたに過ぎないのかもしれない。
優はそのことがもしかしたら、事件に繋がるのではと、少し責任を感じていた。
                 ―― 最終章へ つづく

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