山口洋・細海魚のアルバム『SPEECHLESS』を聴いて (2010年12月)

2010年12月13日の日記

昨日は始発のバスから、日暮れまで山の中にいた。今日は雨が降り出す前に近所のお米屋さんに灯油を買いに行き、ストーブをつけた部屋でコーヒーを淹れ、ステレオのプレイボタンを押す。

先日、郵便受けに届いていたサンプルCD。ヒートウェイヴの山口洋+細海魚によるそのアルバムのタイトルは「SPEECHLESS」。ふたりの「ライヴ盤」のミックスが進んでいるという話は聞いていたけど、僕は秋頃からインターネットと(音楽にも!)かなり離れた生活をしていたので、完成したことも、タイトルも、このヴィジュアルも、そしてこんな音になっていることも何もかも知らなかった! これは、ほんとうにライヴ盤なの?ってびっくりするよ。ライヴ盤につきものの「臨場感」という言葉に言い換えられるような「勢い」をアピールするようなイメージはない。でも、なくてもいいんだ。もしいわゆるライヴ盤が偶発的な要素に左右されるタイダイ(絞り染め)だとしたら、こちらは緻密で精巧なタペストリーなのかもしれない。

窓の外の雨の音も聞こえるような音量で、静かに音楽を聴く。ここはライヴハウスではなく僕の部屋だ。響き渡る音量に包まれるのではなく、この音楽に耳を澄ます。音楽によって満たされる心の静謐さ。

タペストリーは横糸と縦糸で織られる。山口洋と細海魚はライヴ音源をもとにミックス作業をインターネットを通じて「SPEECHLESS」に行なったそうだ。言葉を交わさずに、音を織る。

人は言葉をどれだけ使っても、たとえ博覧強記の学者でも、ディベートの達人でも、マルチリンガリストでも、メタファーの天才でも、100パーセントわかりあえることなんてないと思う。ならば、言葉や会話が無ければ人はもっとわかりあえないのか。おしゃべりな時代の中で(次々とリリースされてくる「コミュニケーション」のためのメディアを、僕は強迫的に感じてしまう)、差異や欠落、孤独を埋めるのが(差異なんて埋めなくてもいいのだ)、それだけなのではなく「想像/創造」の力でもあることを、その可能性を、このアルバムは示唆している。静かだけど豊潤で、あたたかく鼓舞される。

2011年1月12日の日記

横浜THUMBS UPにて、山口洋+細海魚のライヴを観ました。
横浜駅からはじめて迷うことなくこの会場にたどり着けた!

驚いたこと。偶然にもある八重山の唄者とテーブルがご一緒でした。僕は無意味な緊張をしてしまい、12年も前に僕がスタッフだったラジオ番組にゲストで出てもらったこととか話せばいいことも言い出せず仕舞い。如才ないふるまいというのができねえ! 代わりにビールをジョッキ3杯も飲んでしまった。

アルバム「SPEECHLESS」を完成させてのこのツアー。アルバム収録曲中心の選曲でも、ここのところ毎朝のように聴いているアルバム音源と、ステージから発せられるものとは、同じ曲でもやはり違う。ライヴ会場という親密な雰囲気の中ならではの、ときに「語りすぎ」に思うところもありーの、アルバムと、ある種「聞き比べ」が楽しめました。

2011年2月7日の日記

山口洋・細海魚のアルバム『SPEECHLESS』。

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ライヴ盤というのは瞬間を記録し、聴いた人が追体験できるものだけど、このアルバムはちょっと違う。

レコーディングは普通にツアー中の一会場でされた。その録音データは山口洋の手によって注意深く検分され(一ヶ月をかけたそうだ)、演奏だけの「骨」となり、そこにいくつかの新しいピースが織り込まれた。

できあがったファイルは細海魚に送信されて、今度は二ヶ月かけて鍋で煮込まれた。いや、煮込んじゃいないけど、細海魚はそれにロイヤルな魔法をかけて、「一晩の記録」ではないタイムレスな音楽に仕上げた。最後に二人でいくつかの音を足し、アルバムは完成した。

だから、ライヴでは存在してなかっただろう見知らぬ曲タイトルもクレジットされている。「本当にプレシャスなもの」が抽出された、緻密なサウンド。だけど、口ずさめるという歌の力もある。ベースもドラムもいないのに、BEATLESSではない。「STILL BURNING」なんてずいぶん進化してるよなー。この曲が初めて披露されたときは(2003年だった)、リズムボックスとアコギ一本の演奏だったのに。

新曲「Starlight」では「振り返らずに走る それしかできないから」と歌われているけど、そうだろうか。このアルバムの音を聴き、その手法を知ると、振り返ることによってその意味を、構造を、時制を変えられる「過去」もあるんじゃないかと。思いっきり直面して、ごしごしと「骨」まで削りながらも歩みを止めずに夜明けの歌を探しにいく。そんな轍(わだち)が見える。轍刻み系のアルバム。そういうところにすごく共感する。

失ったファンタジーだって取り戻せる。過去なんて書き換えられる。丹念に磨いたレンズじゃないと遠くの星の光は見えない、みたいなタフさはあるだろうけど。ジョー・ストラマーが「Future is UnWritten」というなら、それに「Past is ReWritable」と足す。Hello Regrets、後悔よこんにちは。そうすれば、そんなのそんなに怖くなくなる。

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スピーチレス 山口洋/細海魚
http://no-regrets.jp/heatwave/disc/2011/speechless/index.html

アルバムのテーマである「光」について。
僕の好きなエリザベス・ムーンの小説『くやらみの速さはどれくらい』より以下の言葉。

〈外は暗い。われわれがいまだに知らない暗闇である。それはいつもそこで待っている。それに、そういう意味では、いつも光より先にいる。暗闇の速度は光の速度より速いのではないかと元ルウ(※主人公)はいつも悩んでいた。いまのぼくにはそれがうれしい。なぜならば、もしそうなら、ぼくが光を追うかぎり、ぼくはぜったいに終局にたどりつくことはないだろうから。〉

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