才能に蓋をしていた、という話
ふとアナログ絵を描こうと思い、原稿用紙を探していたところ、昔描いた漫画の原稿が目に入りました。
15年以上前に描いた漫画。
見た瞬間思ったのが、あれ?上手いぞ、これ!!ということ。
持ち込み時代の話
当時、商業誌向けに何作か漫画を描いており、何度も持ち込みをしていました。
その原稿も複数の編集部に持ち込みましたが、良い結果が出ず。
最後に行った編集部では、漫画の内容も私の実力も全否定されました。
そのせいもあり、この時期の自分の漫画は下手だと思い込んでましたが、今見るとそれほどでもない。
自分の作品が否定されることが重なると、自覚がないままに自信を失っていくことがよくわかった。
編集者に否定されたとしても、大抵の場合は、その編集部の方針に合わないというだけ。または編集者の主観です。
というか、当たり前ではあるけど、編集者は、その雑誌に合う漫画を評価するんですよね。
たとえばロマンチックでかわいい絵柄の少女漫画誌の編集部に、おじさんしかビジネス上のバトルを繰り広げるリアルな青年漫画を持ち込んだところで、それがどんなに面白くても通るわけがない。
原稿を数ヶ所持ち込んで全ての編集部で否定されたとしても、それは商業誌向けの原稿ではないだけで、個人活動なら評価される可能性だってありますよね。
と、そんな理屈はわかってはいたつもりですが、実際に漫画を否定されることが続くと、知らず知らずのうちに自信を失うものなんだな、と実感した。
自分が思う実力は本当に正しいのか?
自分の実力は大したことがない、これが限界、と思っていると実際、それを超える力は出ないものだな、と思った。
自分は実力ないから、それに応じた活動をしよう、と考えていたけど、その実力を低く見積っていないか?
当時の自分の原稿は、確かに雑誌掲載は難しいレベルなのはわかりますが、今見ると、下手だとは思わない。時代を考えても、そこそこ上手いんじゃなかろうか?と思った。
才能は枯れず、蓋をしているだけ
これは私の持論ですが、人は誰でもその人ならではの特別な才能があると思っています。
その才能は枯れない。才能が表に出てこないのは、ただ蓋をしているだけ。
自分には実力なんてない、特別な才能なんかない、と思えば、そりゃ才能に蓋をすることになる。
それはよくないなーーと思いました。
一応、私は自分の好きなこと、やりついことを優先して創作をしてるつもりです。
が、「やりたいけど実力ないからやめよう」って、ほぼ無意識に思ってることもあるんだろうなーと思わされた。
そんな話でした。
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